無属性

イレナは頭こそ下げていないものの、強張った声音から真剣さが伺えた。

一国の王でありながら、ふてぶてしく太っているわけでもなく、窶れて目にクマが出来ている。

状況は相当悲惨なのだろう。


先ほどまで『異世界転移だよっしゃー!』『俺たちの人生勝ち確です。ありがとうございました』

『お前ステータスって言ってみろよ?』なんて騒いでいたクラスのオタク連中もこれには息を飲んでいる。


「待ってください。話が唐突すぎます。ここはどこなんですか? それに僕たちは勇者なんてそんな大それた人間じゃありません」


ある程度オタク知識がある物たちは状況が理解できているのか、に王の発言を聞いて尚、ニヤニヤしているが、他の者たちは違う。


委員長含める陽キャグループは涙の卒業式が終わり、新たな道を歩むため、友人らと中学生活最後の時間を楽しんでいたのだ。

胸中に湧き上がっているのはどうしてこんな場所に? という疑問と最後の一時を邪魔された憤りだろう。


俺? 俺はもう開き直ったよ。

高校生活はもちろん楽しみにしていたけどさ、こうなってしまったものはどうしようもないじゃん?

これから王の説明とか長話とか始まるんだろうけど、正直どうでもいい。

そんな事より、こうなってしまった以上大事なのは俺がどの程度の能力を持っているか、だ。


「うむ。慌てるのも当然だろう。一から説明しよう。まずは――」

長すぎた王様の話を要約するとこう。

この世界は多かれ少なかれ誰もが魔力を持つ世界。

王の発言から読み取るにステータスやレベルのような概念は存在しないが、亜人などの多種多様な種族が存在する。


で、この世界を破滅に導くとされ、魔属がここまで勢力を拡大させることになった原因である『魔王』を倒して欲しいという事。

王様が大方概要を話し終えたのか、口を閉じたところで、それでも納得がいかないのか委員長が声を上げる。


「待ってください。僕達にそんな力は――」

「其方たちは『勇者』は世界を渡った際に、強大な魔力をその身に宿すと天使様方から伺っている。上位魔属や悪魔に対抗できるほどの逸材は世界規模で見ても三桁にも届かないのだ。衣食住は保証する、それぞれに専属の侍女メイドも付けよう。名声が広がれば、貴族たちとの交流会なども手はずする。戦うのがどうしても許容できないならばそれについてもこちらで考えよう」


この発言にクラスメイトがざわつきだす。

男子陣は『メイドキタコレ』、『お持ち帰りどころか一緒に暮らせる…… だと。デュフフフフ』、『ごはん食べ放題ぐふふ』、『ついに俺でもハーレムを作れる時代が!』

女子陣は『交流会、王子様』『金髪王子はいますか!』『私の時代がキター!』『ここは、天国か』『待って、クラス全員神代君と結婚できるじゃない!』


などなど。

委員長の名が挙がった時はクラス女子陣のほとんどから黄色い声が上がり、男子たちはそれを白い目で見つめ、神代に向かって舌打ちする。



突如カオスと化したクラスメイト達を神代がどうにかなだめ、王の話が再開するまでに十分ほどかかった。


「話に前向きなようで何よりだ。突飛な事態に疲れているものも居るかも知れないが、最後に勇者である其方たちの魔力の計測と適正魔法を図らせて頂きたい」


王がそう発現すると、甲冑を纏った騎士が柱のようなものを持ってきて、その上に水晶玉を置いた。

「こちらは魔法適正を調べる魔道具です。火魔法に適性があれば赤く、水魔法なら、青くといったように魔法の適正に応じて色が変わります、魔力量に関しては光りの強さで判別できます」


騎士の説明が終わったのを皮切りに、クラスメイトが殺到する。

陽キャ、陰キャ問わず、RPGや魔法の概要くらい知っているのだろう。

みんな興奮した様子で手を翳し、落胆したり発狂したりしている。

先ほどの王様との口論? で疲れたのか委員長も止めないため、列もクソもなかったが、身体測定見たく、一人終わったら散らばるためか、だんだんとその数も減っていく。


そうしてだいぶ人がばらけたところでクラスの中心人物たちも手を翳し始める。

王含めるクラスメイトがそれに感嘆の声を上げる中、俺たち孤立組は機を窺っていた。

あのスーパーのタイムセールのような惨状に突っ込んでいくことが出来ず、呆然としていたが、半ば発表会のような状況と化した現状。


後手に回れば回るほどクラスメイトの期待は高まっていく。

クラスの中心人物たちの適性検査でさらにそのハードルが上がってしまったのだ。

このライブ会場の如き歓声が響く中、無作為に突っ込めば、クラスが静まり返り、何とも言えない雰囲気がこの場を包むだろう。


中二病を卒業した俺にとって、クラスメイトの白い目は毒でしかない。

もうこうなったらやけで、自分の魔力が主人公級であることを祈るしかない。


俺が思考する間に、中心人物たちの魔法適正検査が終わる。

よし、次は俺の番だ。

しれっと終わらせて見せる!


そうして俺が水晶玉に向かい踏み込んだのと同時、人の波を掻き分け、同じく誰かが踏み込んできた。

「あ、どうぞお先に…… ん?」

「やばっ」


咄嗟に遠慮してそう譲ったものの、思わず声を漏らした。

女子生徒。ここまではいい。


ただなぜかだぼだぼな男子制服を纏っていて、おまけに葵と見まがうくらいに背が小さい。

女子の中でもなかなか見ない肩よりも長いロングヘア。


俺と目があった少女はそそくさとクラスメイトの波を掻き分けて去っていく。


それを呆然と見つめ、疑問に思いながらも、取り敢えずさっさと適性検査を終わらせるため、水晶玉に手を翳した。


するととんでもない程の光が室内を埋め尽くして……

なんてことにはならなかった。


「なんだ、あれ?」

「星宮、お前中二病の癖にしょぼすぎだろ。がハハハハハハっ!」

「雄吾様の足元にも及ばない石ころみたいな魔力っすね」


雄吾とその取り巻きが声を上げると嘲笑が辺りを支配する。

水晶に起きた変化は少し輝いて、ヒビが入っただけ。


そう。俺はどの属性の魔力持ちでも可能で、身体強化の魔法が強いだけが取り柄な無属性だったのだ。


別に期待してたわけじゃない。

俺はもう中二病は卒業したし、一市民だという事は自覚していた。


けど、それでもここまで底辺だったのはさすがに凹む。


俺が内心、滅茶苦茶げっそりしていると、意外にも時雨しぐれが声を上げた。


「別に弱いのは悪い事じゃない」

そんな時雨のセリフで大笑いしていたクラスメイト達が鎮まる。


葵の凍てついた声、というのもあったが、事実、これから生死を掛けた戦いが始まるというのに、能天気すぎるクラスメイト達への忠告だろう。


事実、適性検査が終わって早々に戦うのを拒絶して、王様からお金を貰い、既に城を出ていったクラスメイトもいる。


葵にとってはきっと、仲の良かった友達の苦笑いでも見ての真剣な発言だったんだろうが、今の俺にとってはありがたかった。


しんと鎮まり返り、勢いをなくしたクラスメイトの波を掻き分け、再び最後尾に移動した。

周りのクラスメイトが気まずげに俺に視線を送ってくるが無視だ無視。


そんな俺の思いが通じたのか、前方から声が上がる。

自分から視線の嵐が過ぎ去ったことに俺は心から安堵した。



★★★★★★

魔族が『魔属』となっていますが誤字ではないです。

きちんとした(たぶん)理由があります。

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