最終話 十三夜月 狂う歯車

 僕は咲真たちと今日も病院へ向かう。


 最近は彼女と他愛のない話をして、代り映えのない日々を過ごしていた。


 それでも、陽菜ちゃんに会いに行くのは楽しかった。


 友達と他愛のない話をするのは、思っていたよりも楽しいものだった。


 月が照らす病院の屋上で何気ない話をする。


 非日常のなかに日常が混じる。


 僕にとっても特別な時間だ。


 彼女にとってはもっと特別な時間なのだろう。


 今日はパトカーのサイレンが鳴り響いている。


 こんな田舎に珍しいなと思いつつ、僕は自転車をこぐ。


 病院に近づくにつれて、サイレンの音が大きくなっていく。


 胸騒ぎがする。僕は漕ぐスピードを速めた。


 いつもは月明かりしかない病院の周りに、赤いランプがチカチカと光る。


 黄色いテープで規制線が張られ、病院の中に入れない。


 心臓の鼓動が激しく脈打つ。


 僕は近くにいた警察の人に何があったのか聞いた。


 その人から出た言葉は耳を疑うようなものだった。


 僕は規制線を乗り越え、一心不乱に走り出す。


 彼女が待っているはずの屋上へ。


 後ろから何か言っているような気がする。


 けれど僕は足を止めなかった。


 屋上へ続く重い扉は、冷たい風を院内に送り込んでいる。


 扉をくぐると月明かりが彼女を照らしている。


「陽菜……ちゃん?」


 月が照らす血溜まりは赤黒く、彼女を染める。


 満月のように美しく輝いていたはずの瞳が、新月の日のように暗く沈んでいる。


 太陽のように明るかった笑顔が、苦悶の表情を浮かべている。


「なん……で?」


 僕の言葉は冷たい夜空に溶けていく。


 彼女が病気で死ぬまで、あと二日の猶予があったはず。


 満月の日に死ぬって。


 なのに、どうして……


「君!ここは立ち入り禁止だ!どうやって入ってきたんだ!」


 すでに屋上にいた数人の警察官に、体を取り押さえられた。


「待ってよ!なんで陽菜ちゃんが……なんで!」


 僕は訳が分からないまま、外に連れていかれる。


 彼女が血だまりの中に横たわるその光景は、僕を暗闇に落とすには十分すぎるものだった。


 俺はその後警察所に連れていかれ、何度も同じことを聞かれた。


 陽菜ちゃんのことを知っているのか。


 なぜ陽菜ちゃんが屋上にいるのが分かったのか。


 なぜ……陽菜ちゃんだけを狙ったのか。


 最後の質問だけは、何度聞かれても意味が分からなかった。


 まるで俺が彼女を殺したかのような言い方だ。


 俺が彼女を殺す理由なんか何もない。


 俺は次の日の昼頃まで、警察署で拘束された。


 幸い、いつもの看護師さんと咲間たちが証言してくれたおかげで、俺の疑いは晴れた。


 俺はいまだに実感がわかない。


 昨日まで普通に過ごしていたはずの、彼女の命の輝きが消えている。


 そんなことは信じられない。


 警察が言うには鍵の空いた扉から侵入し、彼女だけを殺害して逃げたと言っている。


 鍵の開いていた扉は、あの日開いていた扉と同じ場所だった。


 犯人の動機も、目的も、何も分からない。


 なぜ彼女が狙われたのかも分からない。


 何も知ることが出来ないことに、俺はいら立ちを覚えずにはいられなかった。


 無力な自分に腹が立つ。


 あと二日で、彼女は穏やかな死を遂げるはずだった。


 約束の一ヶ月のはずだった。


 それなのに、瞳の中の輝きを失うほどに苦しい思いをさせられた。


 俺の目に、陽菜ちゃんの最後の姿だけが焼き付いて離れない。


 愛おしいほどの輝きがあった瞳も


見るたびに胸が苦しくなるようなあの笑顔も


 俺にはもう……思い出すことが出来なかった。


 夜中に俺は外に出た。


 満月になる1日前。少しだけ欠けた月が静かに輝いている。


 俺はその月を見上げて、暗い夜に涙を落とした。

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月の夜空に浮かぶ君 神木駿 @kamikishun05

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