第14話 上弦の月 大切な一日
みんなで行った海は楽しかったな。
そんなことを考えながら、今日も病院に行く準備をしていた。
ガチャ……
玄関の扉が開き、両親が帰ってきた。
こんな時間に帰ってくるなんて珍しいなと思った。
「おかえり。僕はまた出かけるから」
そう言って二人の横を通り過ぎた。
両親は何も言わずに僕を見送る。
親子の会話としては寂しいものだが、これが僕たちの普通だ。
僕は自転車に乗って病院へと向かう。
病院の屋上にはすでに陽菜ちゃんがいる。
「冬夜くん!」
彼女は僕の名前を呼ぶ。
それに答えて僕は手を降る。
このやり取りも何回目だろうと考えたら面白くなった。
でもこのやり取りが、あと一週間だと考えると寂しくもなった。
「冬夜くん?」
彼女は僕の顔を覗き込む。
僕は彼女を心配させないように笑顔を向け
「ん?どうしたの?」
と聞き返した。
「ちょっと変な顔してたから気になったの」
彼女はそう言った。
僕は気持ちを悟られていなくて少しホッとした。
「変な顔って……失礼だな〜」
僕はおどけて笑う。
「ふふっ、ごめんね。そういえば冬夜くん。今日なんの日か知ってる?」
彼女は僕に聞いてくる。
今日は特に何もない日だった気がする。
僕はなんの日だか、全く分からなかった。
「冬夜くん、凄い悩んでるね」
彼女は僕の顔を見て、ニヤニヤしている。
「お手上げだよ陽菜ちゃん。なんの日なのか全然分からないよ」
僕は両手を上げて降参のポーズをする。
「正解はね。なんにもない普通の日だよ〜」
彼女はドヤ顔で言った。
「えぇ……それは正解出来ないよ。問題の出し方がズルいよ〜」
僕は彼女に視線を向けて小さな笑いを浮かべる。
そんな僕とは裏腹に、彼女は満面の笑みを浮かべる。
「でも面白い問題でしょ?」
彼女は手を広げる。
「だって普通の日が正解になる問題なんてみんな作らないでしょ?なにもないんだもん。でもみんなにとっては何でもない日だけど、私にとっては大事な一日なんだもん」
たしかに何気ない普通の日が、正解になることなんてない。
けど余命が決まっている彼女にとっては普通の日ではなく、特別な一日になる。
そう思ったら、この問題は納得できるのかもしれない。
「僕の負けだね」
僕は彼女に敗北宣言をした。
「勝ち負けじゃないんだけど……でもいいや、冬夜君に勝ったー」
彼女はガッツポーズをして喜んだ。
その様子を見ていた僕は、彼女があと一週間で死んでしまうなんて信じられなかった。
「ねえねえ冬夜君、また変な顔してるよ?」
彼女に言われて、またそんな顔をしていたのかと自分で驚いた。
「そんなに考え事してると老けちゃうよ?」
僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女はそんな言葉をかける。
「ごめん、ちょっと陽菜ちゃんのこと考えてたんだよ」
僕はそう言った。
「私のことって、それ本人の前で言うことじゃないよ」
彼女は少し照れて、僕を軽くたたく。
「ごめんごめん、気を付けるよ」
僕は叩かれた腕を抑えながら笑う。
何気ない日々の一瞬が、僕と彼女の思い出になっていく。
しかし、彼女と噛み合っていたはずの歯車はその時を待たずに崩れ去る。
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