第61話 グルーン・後

 4日目。

 「ローバー1」と「ココ」は朝早くから海に潜る。

 「ココ」の乗員は前述の五人―――ミッチェル博士とトルノフスキー博士、俺たちである。無線ブイ網は完璧に位置を示してくれるし母船との連絡は良好だ。

 母船は先に進んでいき、午後には戻って来る。

 当然だが俺は「ココ」に例の彫像を持ち込んでいた。

 どこに神殿があるか分からないからだ。


 海に入って3時間ほどしたら、地層の露出面が奇妙な規則性を持っていることに気が付いた。その場所は小さな渓谷になっており「ココ」のマニピュレーター・アームは届きにくいが、十分近付けば海中を通して何らかの光が見える。

「ミッチェル博士、REXで行ってみませんか?」

「そうね!その価値はあると思うわ。トルノフスキー博士、留守番をお願いね」


 4人でREXに着替え、ミランダが最初に露出面に到着する。

(テレパシー:雷鳴。これ、人工物だよ!)

 確かに。フジツボや沈殿物の下には丁寧に切り出された石が敷き詰められている。

 「ココ」からライトが向いたので、写真をとるようミランダを促した。


 俺たちはこれが古代に建造されたものであり、道路であることを理解する。

 道路は壊れているが、山に沿って続き―――やがて長い下りの階段に変わった。

 俺はミッチェル博士にヘルメットをくっつけて、下りてみようと提案した。

「そうね、この先を確認しないなんて嘘でしょう」

 賛同が得られたので、ミランダとモーリッツにおいでおいでをし、ミッチェル博士と共に階段を下りていく。「ココ」もそばを進んでくれている。

 途中は深海生物の住処だった。

 階段を下りてREXの深度限界近くまで来ると、崩れた石の飾り板が階段の脇に落ちているのが見える。よく見ると図形のようなものが彫りこまれているのがわかる。

 これは………プラトンのアトランティスの概要によく似ている。


 飾り板に近付いてよく見ようとする前に、モーリッツがいきなり体勢を崩して、階段の亀裂の間に落ちそうになった。慌てて受け止めると、イルカが1頭離れていくのが目に入った。こちらが体勢を立て直すと、先程のイルカが周囲を旋回しており、次の攻撃に備えて速度を上げている。なんて攻撃的なイルカだ。

 モーリッツは先程の一撃で肩の骨が外れたようだが、もう回復している。

 俺たちは「ココ」の中への退避を決めた。

 ミッチェル博士は3人で囲んで守りながら行くことにする。

 その間にもイルカは1頭2頭と増え続け―――俺たちがヴァンパイアじゃなければ死んでいた、というほど厳しい状況に追い込まれた。

 

 ほうほうの体で「ココ」の中に退却すると、トルノフスキー博士からさらに悪い報告があった。無線装置が焼き切れているというのだ。

 だがそういうのが得意なミランダが見てみると、原因ははんだごての先が差し込まれているだけだというのだ。「どういうことよ!?」

 糾弾してもトルノフスキーはそっぽを向くだけである。

 その様子はやつれきっており、体調が悪そうに見えた。

 と、いうか彼の顔にインスマス面の兆候がある。

 簡単に言うと「深きもの」への変容が進んでいるのだ。


 ミッチェル博士は計器が示す「アーキテューシス」の方向に潜水艇を進めるが、多分それは間違いだ。信じてもらえないだろうから言わないが、船はどんどん離れていっていると『勘』が言っているのだ。

 そのうちミッチェル博士も自分たちがどこに居るか分からない事に気付いた。

 最初は15分ごとに浮上して位置を確認していたが。午後になると風が強くなり、海上に出ているのは不可能になり、潜ったままになってしまう。


 夜には仕方なく30mぐらいの水深に「ココ」を落ち着けて休むことになった。

 『教え:疑似人間:フルタイム』を使っている俺たちには不要だが、博士たちには必要な休息だろう。トルノフスキーが味方と言えるかは、もう怪しいが。

 ミッチェル博士が眠って、俺たちが目を閉じて1時間ほどの後、全員がトルノフスキーの金切り声で目を覚ました。彼は観測窓の向こう指さして人がいっぱいいると叫んでいる。見えるのはイルカの大群だけなんだが?

 それから2~3時間のうちに、トルノフスキーの変容が急速に進むさまを目にすることになった。髪の毛がばさばさ抜け始め、首には深いしわが現れる。体ががっちりして来て、火焼けのように皮膚が剥けはじめるのだ。

 ミッチェル博士がさすがに引いているのでトルノフスキーとの間に入っておいた。


 そしてほとんど寝られないうちに朝食になった。

 俺たちは辞退する、口実は昨日の事で食欲がない、だ。

 それでも食べておくように言われたが、いらない助け船が来た。

 イルカだ。

 イルカは人間の対象がいなくなったので、小型潜水艇へと狙いを変えたのだ。

 1度に50か100頭ずつ「ココ」へ突進している。

 「ココ」はフラフラと回避するばかりだが、俺は規則性に気が付いた。

「ミッチェル博士、イルカはイルカから遠ざかる方向に進む限りは何もしてこないようです。遠ざかって下さい」


 30分ほどすると、小型潜水艇は高い丘に近付く。

 そこには一見して無傷の構造物がいくつか立っている。

 これは―――おれが眠った時に悩まされている夢の中で見たものだ。

 この近くに神殿があるのかもしれない。

 ちなみにイルカは構造物の周りで跳ね回っているものの危害は加えてこない。


 トルノフスキーは興奮状態になり「われわれを待っているんだ。我々が必要なんだ」などともごもご言っている。彼の皮膚は前述したように剥け始めているが、今やベロンと向けた皮膚の下は光沢を帯びて赤くはれており、見るからに痛そうな感じがするが、本人は痛がってはいないようだ。

 それにトルノフスキーは瞬きというものを全くしなくなった。

 寝ているときでも目は完全に閉じてはいない。深きもの一直線だ。


 ミッチェル博士はトルノフスキーにあなたは病気だと言い、仕事を全て休ませる。

 そして俺たちに、監視しておくように頼んできた。

 彼からの指示は絶対受け付けないようにとも。

 俺は了承し、ミランダを見張り役に選んだ。一番目端が利くからだ。


 さて、海上は豪雨で視界は0だ。また潜るしかないわけだが―――。

 ミッチェル博士は発見した構造物―――遺跡に潜る事を提案する。

 もしこのまま助からなくても、この機会を逃すのはあまりに惜しいというのだ。

 俺たちはそれに賛同した。

 最悪の場合でも、俺たちは魔界に帰るという選択肢も残っているのである。

 帰還陣はちゃんと携帯しているのだ。

 それだと俺の夢の解決にならないのが痛い所だが………


 その時俺は俺が涙を流していることに気が付いた。

 そんな感情の変化は無かったのだが―――ヴァンパイアの涙は血の涙である。

 俺は慌ててタオルで顔を拭った。

 理由が分かったような気がする。

 恐らく俺は今、夢の中の神殿に行こうとしているのだ。


 潜水艇は海底の谷に到着する。谷の斜面には岩でできた黒い神殿がある。

 これは夢に出てきた神殿そのものだ。

 何故か歓喜と恐怖と、これを予期していたという感覚にとらわれる。


(テレパシー:雷鳴ッ!トルノフスキーが!)

 テレパシーでそう言うと同時、ミランダが動いた。

 トルノフスキーが取り出した銃を叩き落としたのである。

 その代償にミランダはトルノフスキーに突き飛ばされ、壁に激突した。

 トルノフスキーはエアロックに向かう彼を止めようとした、俺とミッチェル博士を殴った。俺のダメージは大したことないが、気絶した博士を俺が受け止める。

 モーリッツには動かなくていいとテレパシーで伝えた。

 トルノフスキーはエアロックに上がっていくとREXを着用せずに外へ出ていく。

 それを目で追うと、彼は突然けいれんを起こしたように身を震わせ、血を吐く。

 それでも変容は続き、瞬く間に深きものに変わってしまう。


 俺はREXを着こんだ。ミランダとモーリッツもである。

 「ココ」に何かあった時のためにミッチェル博士にも着せておく。

 そしてエアロックを開け外に出る。

 ミッチェル博士は「ココ」に寄りかからせておいた。

 

 今や神殿の中からは眩い光が明滅し始めている。

 神殿は真っ黒い石で造られた巨大な建物だ。1階建てで、巨大な戸口がある。

 俺たちが近づくと、光が弱くなって消えてしまう。

 神殿の内部は古代のアトランティスの様式で統一されていることが分かった。

 月桂冠を頂いた若者の像もある。


 神殿の中に入って行くと、REXのヘッドライトが粘液のようなものに覆われた石と、2~3匹のタコを照らし出すだけだったが、変化はすぐに訪れた。

 一点の光が現れたのだ、最初は豆粒ほどの大きさでしかないが急激に大きくなるとともに、明るさを増し巨大な球体となる。

 この球体は『門』だったのだろう。

 中から3mほどの体格のいい月桂冠を頂いた青年と、円錐形をした触手と牙を持つ魚のような生物が2体、出てきた。


 制限空間で邪神と戦うのは自殺行為。

 だがヴァンパイアだけのこの面子なら何とかなりそうだ。

(テレパシー:モーリッツ、進路上にいる男に攻撃を集中させるぞ。この『門』の中に彫像を放り込みたい。ミランダ!従者らしき2体は任せた!)

(テレパシー:任せて下さい!『剛力7』『頑健7』『瞬足6』!)

(テレパシー:分かった、部下っぽいのをやる『剛力5』『頑健6』『瞬足10』!)

「『剛力10』『頑健10』『瞬足10』『教え:血の魔術:血の炎!』」


 『血の炎』で邪神の親玉が苦痛の声を漏らした。

 振り下ろされる手をおれは高速でかわす。当たると余計な事があると見た。

 モーリッツが転がる瓦礫を高速で投げ打った。目標は顔っぽい。

 目に直撃して邪神はもだえ苦しんでいる。しめた。

 モーリッツに倣って俺も瓦礫を目に向かって投げる。

 それは辛うじて手でガードされたが、手を貫いて目に突き刺さった。

 俺の攻撃はモーリッツの比ではないのだから当然と言えよう。


(テレパシー:こっち、ちょっとキツイ!)

(テレパシー:モーリッツ、ミランダの方に行け)

(テレパシー:了解です。大丈夫か、ミランダ!)


 要は背後の光の中にこの像を置けばいいだけだと『勘』は囁く。

 なら………『瞬足:飛行』

 目の見えない邪神の上を飛び越えて、俺は光の中へ彫像をぽん、と置いた。


 まばゆい光が広がり、急速に失せていった。

 今俺がいるのは、さっきの神殿の中である。

 だがもう、何の力も感じることができない。

 ほっと息を吐いてから、まだ困った状況にいることに思い当たる。遭難だ。


 ミランダとモーリッツを連れて「ココ」まで戻るが「ココ」はもうエネルギー切れである。中に入って、救命ボートを出さねばなるまい。

 圧縮されたボートを引っ張り出し、圧縮空気の入ったシリンダーを空ければ瞬く間にボートは膨らみ、海上に向けて上がっていく。

 俺はミッチェル博士を抱えながら先行した2人を追った。


 天候は嘘のようにおさまっていた。幸いボートには信号拳銃が1丁ある。

 「アーキテューシス」が来てくれることを祈って、発射した―――。


♦♦♦


 後日。俺は発見したものの権利を全てバウアーズ博士に譲ると、その後の調査に協力するだけ協力して、仮の身分の持つ屋敷に帰ってきた。

 もちろんミランダとモーリッツも一緒である。

 屋敷を分身に任せて、帰還陣と時間転移で3月初めの魔界に戻るのだ。

 正確に言うと、如月とジークが、旅立った翌日に俺たちが帰ってきたと思う時間軸の魔界に帰るのである。正気度の治療は進級の後でいいだろう。


 本当に急ぐのは俺とジークの卒業式だ。

 帰って早々、俺たち2人は段取りに追われ、卒業式の練習を余儀なくされた。

 本番ではちょっとしなびていた、ような気がする。

 だがこの学園で過ごすのは最後だと思うと、少し涙ぐんでしまったかもしれない。


 サヨナラとは言うまい。俺はこの学園のOBになるのだから。

 寮もミランダとモーリッツ、イスカのために残していく。

 またな!学園!


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 「冒涜的な呼び声」は雷鳴の卒業を持ってフィナーレとなります。

 ですがミランダたちが残っていますので、外伝とかはあるかもしれません。

 なので分類は「連載中」のままにしていきます。

 また気まぐれで物語をつづったら―――その時はよろしくお願いいたします。

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冒涜的な呼び声 フランチェスカ @francesca

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