第60話 グルーン・前
3月―――卒業は目前だ。
これから話す物語は、俺の学園生活最後の物語となる。
つまりこの物語のフィナーレなのである―――。
俺たちは全員人界に来ていた。
俺は身分を人界にも複数持っているので、それを利用しての旅行だ。
ここは惑星「
俺の身分は資産家のボンボンで、遊び暮らしていた人物を乗っ取ったものだ。
親族との顔合わせも済んでおり、全く疑われている感じはない。
そして、ボンボンは湖畔に屋敷があり、皆で湖で遊んでいるという訳だ。
魔界は学園もその外も早春で寒いからな。
そんな感じで昇級試験前だというのに(時戻りで戻るとは言っても)遊んでいる俺たちだが、俺あてに小包が来た。差出人は(仮の)叔父であるバーナード。
なんと彼は亡くなったらしい。優しい人物だった記憶があるので残念だ。
そして、俺に財産を分けてくれたらしい。50万ドルにこの小包の中身である。
みんなで、小包を開封する事にした。
箱の中に入っていたのは高さ20㎝ぐらいの彫像で、月桂樹の冠を頭に乗せた全裸の男性像をかたどっている。黄色っぽく変色した象牙製で、彫り方は精巧。
痛んでいる所もなく骨董品としての価値もありそうだ。
丸められた短いメモにはバーナードおじさんの痛々しい筆致で―――彼はマレーの海賊との戦いで両手の先がなく、2本のフックとペンを固定するホルダーを手の代わりにしていた―――親族の中で不思議な物への興味を持っているのは俺だけだと見込んでこれを残すのだと書かれている。そりゃあまあ、持っているけれど。
取り合えず金は銀行から引き出し、屋敷の金庫に納めたが、問題は彫像の方だ。
だってこれ、バリバリに邪気がするのである。ろくでもない事が起こりそうだ。
その日の晩から俺は―――
海の中の巨大で奇妙な都市の夢だ。水中の花崗岩の塔や、表面にフジツボがびっしりと付着した神殿が、俺の眠りに入り込んできたのである。
学園に戻った頃には(彫像は離すのも怖いので持って帰ってきた)1つの場面を繰り返し見るようになっていた。
途方もない大きさの玄武岩の神殿が目の前にあって、その扉や無数の窓からはほのかな輝きが発せられているという光景だ。
神殿の入口の上には、俺が受け取った彫像と全く同じ姿が高さ3m程もある玄武岩の浅浮彫として掲げられている。
俺の『勘』はあの像の仕業であると告げていたが『予感』はあの像を壊した場合、決して夢は終わらず、悪夢となって進行するとも告げていた。
そして培ってきた「クトゥルフ神話」の知識では、この像を神殿まで戻さない限り、自体は解決するどころか悪化しそうだと判明した。
俺はジークに如月ちゃん、ミランダとモーリッツ、イスカまで動員して図書室で調べものをした。同じような例がないか調べるのである。
結果―――
「神殿」:HPラヴクラフトの短編小説。
第一次世界大戦中のドイツのUボート(潜水艦)が、象牙の小像の頭部を 艦に載せた事から悲劇的な運命を辿る物語で、現在所有している彫像と大変似ている像だ
「海底の都市」:エドガー・アラン・ポーの詩。
海の底に横たわる大きな都市の事が書かれている。
「古典彫刻全集」
何巻かに分かれている内容を吟味したところ、あの彫像は古代ヘレニズム期のものではないかと判明した。
「幻覚症例集」
この本の中では、他の症例と共に第一次世界大戦のドイツのUボート艦長の日記が引用されている。日記の物語は「神殿」の内容と同じものだ。
ただ、場所が分かったのが収穫だ。人界は大西洋のベルデ岬海盆のあたりである。
それでも広いが、近くまで行けば俺には場所が分かるという確信があった。
調べ終わって、全員が解散した所で、人界に置いていた俺の分身から連絡が入る。
ウォルター=バウアーズ博士と名乗る人物から小像についての手紙が来たのだ。
内容を要約すると、バウアーズ博士はおじさんのあまり誠実でなかった弁護士から俺の事を聞き出し、連絡して来たらしい。
何年か前に、叔父から写真を送られ、ヘレニズム様式だという事以外判明していなかったあの彫像だが、最近になって新たな情報を得、見解が大きく修正されたのだという。是非ともこの彫像が見たいという連絡であった。
そして、持ち主の俺たちと今後の相談をしたいとか。
俺は分身に、会う旨を電話させ、会談の日付を明後日(人界の明後日。魔界では数時間後)に取り付けさせ、再び皆を招集した。
会談までにバウアーズ博士の身辺を魔界から調査する。非実体の小悪魔を放って情報を集めさせたのだ。―――するとこんなことが分かった。
バウアーズ博士はアトランティスの存在の証拠を集めている。
そして月桂冠を頭に載せた小さな像は、アトランティスから来たと信じている。
彼はいくつかの似たようなアーティファクトを整理してみて、いずれも魔術的な品物ではなかったが、博士の説を支持するものであった。
これらの断片1つ1つはつまらないものに見えるのだが、博士の目から見れば全部をつなぎ合わせると未知の文化の存在が暗示されるのだ。
バウアーズ博士はその失われた文化のあった場所を探るために実地調査の準備を進めていた。大型の旗艦一隻と、小型潜水艇三台である。
これは使える。最悪自分で潜水艇を用意する羽目になると覚悟していたのだが。
バウアーズ博士が調査隊を出すというのなら便乗させてもらおう。
人界でのバウアーズ博士とのやりとりはうまくいった。
彼は彫像を詳しく調べて「ふむふむ」とか「ああ、やっぱり」とかもらした後、ポラロイド写真を6枚ほど撮り、彫像を返却してくれた。そして―――
「実は今回、その彫像と多くのアーティファクトの出どころを潜水調査することになっておりまして。それで資金難なのです。融通してもらえないでしょうか?」
「(お。こっちが言い出すまでもなかったか)構いませんけど条件が一つ。ここにいるメンバーを潜水艇の搭乗員として使って貰えませんか?ああこの2人と俺だけでいいです(とミランダとモーリッツを指し示す)」
制限空間なのだ。ヴァンパイアである2人はともかく他の面子は足手まといになりかねないと、事前に納得している。
ちなみにミランダとモーリッツには潜水艇の基本的な操縦については『記憶球』で授業してあるが、バウアーズ博士はきちんとした訓練を用意するだろう。
「人員不足ですので、それはありがたいですな!それで………」
「1人につき5万ドル融通いたします」
「是非おいで下さい!」
見つかった物の権利や、著作関連の権利などは、全てバウアーズ博士に譲るとしておいた。博士は大喜びであった。俺は呪いが解かれる事以外に何も関心はない。
さて、調査隊の準備はもう最終段階に入っている。
俺たちはミスカトニック大学の海洋研究所で、集中トレーニングを受けることになった。1週間ほどかかる。最近では夢で目が覚めたら体と寝台が海水で濡れていることもあるため早くしてほしかったが―――トレーニングは必要だ。
小型潜水艇に乗るとすぐに海面下に留まる方法を習う事になった。
その後3日間は、個人用調査潜水服REXの使い方を教わる。
装甲宇宙服とでもいえばいいのか、完全な環境の中に着用者の体を保っておくためのものだが、水には浮かない。活動時間は4時間だ。
ともあれREXを着けていれば、推進240~300mの海中でも自由に行動ができる。
顔の部分の透明なマスクの両側に強力なハロゲンライトが装備されている。
それぞれのスーツには目立つようにN-1、N-2、N-3とついており、これが今回俺たちが使うREXの番号になる。
ちなみに意思を伝えるにはジェスチャーか、ヘルメット同士をくっつけて喋るか、意識を向けさせるために空気タンクをトントンしなければならない。
俺たちヴァンパイアは『教え:感性:テレパシー』が使えるので問題ないが。
REXを着て歩き回ることは可能だが、水の中で移動するには水中スクーターに似たものが用意されている。ウェッジというそうで、深海用に調節されている。
これの操作も教わった。普段は潜水艇の外側に人数分固定されている。
俺たちが乗る、6人用の潜水艇に乗るのは5人なので、REXもウェッジも5つか。
俺たちがトレーニングの仕上げにかかるころ、調査隊の母船である「アーキテューシス」はアーカムからカーボベルデに向けて出港する。
トレーニングが終わった俺たちはカーボベルデのサル島にあるペドラ・ト・ルメに飛行機を乗り継ぎしまくりながら到着し、そこからさらに大学の研究所が所有する水上機に乗って220㎞離れたプライアに向かう。
全工程で17時間もかかるとても疲れる旅だった。
が、それでもバウアーズ博士の乗った「アーキテューシス」よりは早かった。
船の補給の時間も入れ丸一日暇になったので、そんな気になれない俺以外、つまりミランダとモーリッツは、他の乗組員と仲良くなりゲームの類で遊んでいたようだ。
そして翌日の夜、「アーキテューシス」はバウアーズ博士がアトランティスある位置だと推定した広い海中の高原に向けて出発する。
「アーキテューシス」は深海調査用に設計された船だ。
上部構造物は低く、船幅は広く、竜骨が深いので、安定性に特に優れている。
新型船であるこの船はほとんどが自動化されており、全船員定数は高級船員5名と彫り組員14人だ。科学者・技術者スタッフは40人までが定員だが、今回の航海ではかなりの人数不足となっている。
バウアーズ博士が無理した結果、相当な反感を買っていたためだ。
あのおっさん、今回功績を上げられなければ干されるんじゃなかろうか?
「アーキテューシス」は6人乗りの小型潜水艇「ココ(俺たちはこれに乗る)」と2人乗りの「ローバー1」と「ローバー2」を搭載している。
「ココ」の活動時間は72時間、2隻の「ローバー」は12時間の活動時間を持つ。
さて、船が北西に向かっている間に科学者たちは議論を重ねた。
海に対しては素人である俺たちは黙って聞いている事しかできない。
科学者たちは船を縦横に計画的に動かし、海底の台地の地図を制作する事で意見が一致した。深海ソナーを用いて地形構造の規則性を明らかにするのだ。
地図の基準点を作るために「アーキテューシス」は進路の10㎞ごとに、無線発信機付きのブイを残していくことになる。
船が調査する進路に沿って進んでいる間、小型潜水艇はブイを設置した場所を立体的に調査し始めることになった。
俺たちは早速「ココ」に搭乗することになった。
俺たちは海洋考古学上の発見をいくつも成し遂げた事で名を知られている「ランディ=ミッチェル博士」と才能あふれる若手海洋学者であり潜水艇はの専門家である「マックス=トルノフスキー博士」が「ココ」の指揮をとる。
だが初日は何とも言えない一日になった。
電気的な故障が発生し「ココ」は母船に搭載されたままになったのだ。
「ローバー1」は出発したものの、こちらも電気的な故障ですぐ帰ってきた。
こんなんで本当に神殿を探し出せるのか、暗澹たる気分になるな。
ミランダとモーリッツは俺の気分をおもんばかってだろう、俺に干渉せずに科学者たちと交流を図りに行っているようである。俺としてもその方がありがたい。
2日目。
「ココ」の受けた損傷は原因不明の電気の火災によるものだったことが分かった。
トルノフスキー博士は大変時間のかかる面倒な修理作業に入った。
お昼ごろ「ローバー1」がイルカの大群に取り囲まれていると報告してくる。
その夜に再生されたビデオテープには、何百頭というイルカが潜水艇の周りを泳ぎ回り、視界が遮られるほどの状況になっているのが映っていた。
(テレパシー:雷鳴、なんかあのイルカ、ろくでもない感じがするんだけど)
(テレパシー:ミランダもか。俺もだ)
(テレパシー:俺も首筋がチリチリします。先輩)
3日目。
サイクロンのため波がうねり、10mを超す高さにまでなる。
「アーキテューシス」はさすがに作業を中断せざるを得なくなり、小型潜水艇はまたも出発できなくなる。だが午後遅くなってからは波が穏やかになる。
しかし、ごごになると「アーキテューシス」に大群でトウゾクカモメ(普通のカモメより大きい。肉食)が群れて来て、甲板に出るもの全てに襲い掛かる。
おかげで全てのハッチや窓を封鎖せざるを得なくなった。
邪気がかすかにした。さすがにあの像のせいだという事はないとおもうが………
とするとヤバイ海域に入ってきているのか。期待はするが不安である。
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