第59話 遊びに行こう
大学生の夏休みのことを人生で最大の長期休暇と言う人もいるが、それを有意義に過ごせるかどうかは当の本人たちにかかっている。いや、もっと正確には本人の行動にかかっていると言い換えた方がいいだろう。
この長期休みを活用して新たな技能を身に着ける者。資格などを取る者。インターンに参加する者。免許合宿に参加する者。アルバイトに熱を注ぐ者。はたまた、人間関係において何かしらの変化をつくる者まで。
それでは、夏休みに大学生らしいイベントはグランピングに行ったのみでほとんどを塾講師のアルバイトで時間を潰した俺は有意義な夏休みを過ごせたと胸を張って言えるのだろうか。その答えは将来の俺が結論付けてくれるだろうが、今は目の前の現実に向き合わなければならないだろう。
「履修登録めんどくせー」
そう、つい先日夏休みが終わり大学が再開。すなわち後期課程が始まったのだ。そうして大抵の大学生が時間割の構築に時間を割くことになる。かくいう俺も例に漏れず大学内に併設されているカフェの隅っこで友人たちと共にパソコンの画面と向き合っていた。
「必修はこれとこれ……あっ、これもか」
そうして絶対に外すことができない授業のコマを埋めて、その他の授業を埋めていくことになるのだが、この時ばかりは俺も慎重にならなければならない。大学生にとって履修登録とはそれほど重要なものなのだ。
「これは確か……げっ、俺が嫌いな教授のやつじゃん。あぶね」
必修でないとはいえ大学を卒業するためには一定の単位が必要。だからこそ選択授業を選ぶ必要があるのだが、あまりにも難しすぎる授業や苦手な教授の授業を受けては苦痛となってしまう。それに贅沢を言うのであれば朝はゆっくりしたい。だからこそ一限に授業を入れるはなるべく避けたいのだ。だからこそ、地雷となり得る授業の選定をするために必死でリサーチをしている。
「俊太、お前はどんな感じにした?」
「いや、前期と一年の時に落とした授業があるからまずはそれ取るわ」
「……お前に相談しようとした俺が馬鹿だったよ」
俺の向かいに座る俊太も履修登録をしているのだがあまり参考にはならなさそうだ。こいつにとっては卒業すら危ういし、頑張れと他人事みたいに祈るしかない。とすると、隣に座ってスマホを弄っている宮子が頼りだ。せめて参考程度にどんなふうに履修を組んだのか見たい。
理由としては知り合いと同じ授業を受けていれば、その授業内での柔軟性が上がるからだ。万が一休んだ時は友人を頼ればいいためかなり安心できるのだ。
「宮子はもう終わらせたのか?」
「うん。というか、一年生と二年生の前半で頑張ったからフルで授業を入れなくても余裕で卒業できる」
「あー……やっぱそうだよな」
一年生のうちに漏らさず単位を取っていれば大学生活後半でそこまで頑張る必要はない。せいぜい卒業研究などに力を注げばいいだけだ。宮子の履修を見せてもらうが比較的時間に余裕が生まれるスケジュールだ。俺もこれと似たような感じで良いかもしれない。
「なら、金曜日を全休にして夢の三連休を実現するか?」
「おい! それは卑怯だぞ!」
「うっさい。一年の時に単位を取ってなかった自分を恨むんだな」
「くっそ~」
まぁきちんと学業に力を入れていればこういった選択もできるということだ。そうして俺は必要のない授業を除去し、必要となるであろう授業を午後中心に入れていく。そうするとあっという間に後期の時間割が完成した。あとは忘れずにガイダンスに出席するだけだ。
「ソーマ、どんな感じ?」
「こんな感じ」
「……私と結構被ってる」
「やっぱり同じ学科だとこうなるよな」
「うん」
同じ学科で同じくらい単位を取っている人間がいるとしたら、必然と似たような時間割になって来る。だからこそ抽選がある授業であぶれる学生がいるのだろうが、そこは運も実力の内ということになってくるだろう。
「……」
俺はふと、隣に座る宮子のことを眺めた。グランピングで同じベッドで寝て一晩過ごしたとはいえ、大学が始まる前とほとんど距離は変わっていない。いや、俺たちがくっつくことは高校を卒業してからめっきり減った。まぁあんなことがあった後では仕方ないだろうさ。俺も宮子との距離感をどうするべきかずっと考え堂々巡りをしているのだから。
「それじゃ、俺はもう授業がないから帰るわ」
「おう、お疲れー」
そうして俺は大学を出て一足先に帰宅する。このガイダンス期間は授業と呼べる授業がほとんどないため夏休みが終わって生活習慣が変わってしまった学生にとっては最後のオアシスと言えるだろう。まあ今のうちに体を慣らしておかないと朝起きれなくなってしまうのだが。
とりあえず、今日は久しぶりに大学に来て妙に疲れたし家でゆっくりしよう。
そう、思っていたのに。
「ねぇセンセ、この漫画の続きないの?」
家に帰ると雲母が俺のベッドの上で寝転がり漫画を読んでいた。そしてその横では楓ちゃんが掃除機をかけてくれている。きっと掃除の途中だったのだろう。
「お前さぁ、なに自然に入り浸ってんだよ」
「えーいいじゃん。楓っちは自然に部屋に入ってるよ?」
「お前と楓ちゃんは違うから」
そう、夏休み終盤を迎えた頃、雲母が俺の家に遊びに来ることがあったのだ。正確には、楓ちゃんの家に遊びに来た雲母が隣にある俺の部屋に遊びに来たいと言ったのがきっかけだったが。それ以来、俺の家に不定期で入り浸るようになってしまった。しかも事前に連絡をよこさないあたり質が悪い。
「それより二人とも、学校はどうしたんだよ?」
「今日は午前中で終わったんです。ほら、私たちは今日が始業式だったので」
そしてその帰り道に雲母は楓ちゃんを通じて俺の部屋に侵入したようだ。ここにきて、楓ちゃんを信頼して鍵を渡したことが仇になるとは。
「すいません奏真くん。私も言ったんですけどどうしても来たいって懇願されて……」
「大丈夫。楓ちゃんが悪くないっていうのはなんとなく毎回察してるから」
雲母が楓ちゃんのことをうまく言いくるめて俺の部屋に入ってきたのだろう。夏休みも終わったのでこういうことはさすがに減ると思うが後で厳重に注意しておかねば。男子大学生が一人暮らししている部屋にいきなり押しかけられては心臓に悪いのだ。
「そういえばセンセ。あたし聞いたんだけどさ、グランピング行って来たん?」
「ああ、行って来たよ」
「えーずるい。あたしなんて海外旅行くらいしか行ってないのに」
「嫌味か?」
どうやら雲母にとっては海外を旅行するよりも国内で羽を伸ばす方が良いようだ。だがあれに関しては俺も自分の意志で言ったわけではないためそんな風に羨ましがられても困る。
「だからさセンセ、私たちも三人でどっか遊びに行かない?」
「雲母ちゃん、私も?」
雲母は俺と楓ちゃんの三人でどこかに遊びに行こうと提案してくる。せめて夏休み中に言ってくれればよかったのにどうして今になって。少なくとも今週は大学もガイダンスだけで楽な一週間なのでそういう突発的な予定は入れたくないのだが。
「ねぇ、いいでしょセンセ」
「めんどい」
「むぅ、センセそういうとこノリ悪いよね」
こちとら大学に入ってから根は陰キャみたいなものになっているので軽いノリを求められても困るのだが。しかし意外にも賛成の意を示したのは棚の上のほこりを払っていた楓ちゃんだった。
「奏真くん、正直いいんじゃないですか? 私もせっかくなら奏真くんが忙しくないうちにどこかに行ってみたいです」
「……楓ちゃんが?」
「はい。私、こっちに引っ越してきてからあんまり遠出をしてないので」
確かに楓ちゃんは暇があれば家事か勉強をしているイメージがある。高校生としては些かまじめすぎると思っていたが、もしや彼女に羽を伸ばさせるいい機会になるかもしれない。
「……それじゃ、どっか行ってもいい、かな?」
「センセ、私が提案した時よりも前向きになりすぎてない?」
「気のせいだ気のせい」
そうして俺は性格が正反対の女子高生二人と週末にどこかへ出かけることが決定したのだった。
——あとがき——
すいません、コロナになったり課題が多すぎて更新が全然できてませんでした。
彼女なんて欲しくないと呟いたら大学一の美少女に迫られた件 ~でも彼女は俺のことが好きではないようです~ 在原ナオ @arihara0910
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