第4話
俺とフローさんが通路から飛び出ると、そこは戦闘の真っ只中だった。
「ネ子! モー!」
「あ、コウさ~んっ!」
「にーちゃーんっ! 早くきて~~♪」
ネ子の放つ矢は雲を通り抜けるかのように貫通し、モーの一撃はまるで霞を打つかのように有効な攻撃とならないそいつは、……!
……茶色のふかふかした巨大なクマのぬいぐるみゴーレムだあ?!(うわわわわ)
「ふむ、これは、すごい。いい趣味しておるのぅ、ここの製作者は」
「何、落ち着いてるんですかっ!」
「コウ、あそこを見ろ」
フローさんの指差した方を見ると、複雑な文様が描かれ、古代の文字の書かれた壁がある(俺には読めないが書いてあるのは分かる)。フローさんなら、〈魔術師〉なら、読むことができるはず……!
「……『迷路を抜け、正解のボタンを押せ』と書かれておる。まぁ、かなり要約したがな」
「それで?」
「あの文様が『迷路』なのじゃろうし、壁の下の方にあるのが『ボタン』なのじゃろう。“魔法の時代”の人間ならば、《魔法》で何とかなるやもしれぬが、今の我々にとっては失われた《魔法》じゃな、それは」
「じゃあ、どうすれば……」
「……ネ子に賭けてみるか」
「はいぃ?」と聞き返した俺には答えずに、フローさんはネ子に声をかける。
「こういうのは、職業柄、得意じゃろ? のう、ネ子?」
「や、やってみますう~~~!」
き、聞いてたんかい! クマたんゴーレム(仮)(たった今命名した)の攻撃かわしながらっ!
「わしは、モーの援護に回る。ネ子のことはお主に任せたぞ?」
「は、はいぃい?!」と俺が動揺している間に、フローさんはモーたちのところに行ってしまう。
……任せるって言われても、なあ。
「ネ子、頼んだぞ?」
「ねーちゃん、がんば♪」
「は、はいぃぃぃ!」
ネ子は敵を引き受けた二人の声援に答えて壁へと向かうが、
「あうっ!」(何もないところでコケた)
「何やってんだよっ!」
俺は駆け寄ってすぐさまネ子を助け起こすが、
「ごっ、ごめんなさい……」
起き上がったネ子の表情は緊張のしすぎでガチガチだった。
このままじゃ、だめだっ!
「ネ子、ちょっとまて!」
俺は、壁へと走り出そうとするネ子の肩に手をかけ振り向かせようとする。
「は、はいっ!?」
何事かと振り返ったネ子の両頬を(むにっ)と俺は優しくつまんでやる。
「!?」
「はははっ。ヘンな顔っ!」
戸惑いを見せるネ子のほっぺを俺は軽くむにむにしてから離す。彼女の肩に手を置いてアドバイスを送ろうとしてみる。
「ネ子、肩の力を抜け。お前、緊張しすぎですごい顔してるぞ?」
「そ、そうですか?」
そう言われてもどうしたらいいのか分からない様でおろおろとするネ子の肩からため息を吐きつつ手を離して、俺は大声で叫んだ。
「ネ子、深呼吸!」
「え?」
「いいから、深呼吸!」
「は、はい~~」
返事をして、自己流の「深呼吸」をネ子は始めるが、全然、リラックスできていない。見かねた俺は苦笑しつつ、助け舟を出してやることにした。
「ネ子、俺の言うとおりに、やってみな?」
「は、はい~~」
「まず、両足を肩幅と同じぐらいに開いて、」
「はい……」
「次に、両腕から力を抜いて身体の脇に垂らして、」
「はい……」
「肩から力を抜いて、目を閉じる」
「はい……」
ネ子が目を閉じるのを見計らって、俺は号令をかけてやる。
「はい、吸って~」(すうぅ~~)
「はい、吐いて~(はあぁ~~~)
「はい、もう一回、吸って~」(すうぅ~~
「はい、吐いて~」(はあぁ~~)
俺に言われたとおりに深呼吸を繰り返したネ子を見つめ、
「どうだ? 少しはラクになったろ?」
ニヤリと笑いかけた俺の前で、ネ子は深呼吸のときに閉じていた目を静かに開いた。
「はい……」
そう言って、かすかに口元に笑みを浮かべたネ子は、程よく緊張の解けた良い顔つきになっていた。
「息つめてばっかりじゃなく、そーやって、たまには息を抜いてみな、ネ子?」
「はい!」
肩の力の抜けたいい声で返事をして、ネ子は俺の顔をじっと見つめた。……あれ? ネ子のやつって、こんなに美人だったっけ?(って、うわ、何言ってるんだ、俺!?)
「ありがとう、コウさん……」
少し上気した顔で言って、ネ子はぺこりと頭を下げた。
「あの、私、やってみます」
「お、おう」
顔を赤くして答えた俺(どぎまぎ)のことを嬉しそうに微笑んで見つめてから、ネ子は壁に向かって走り出した。それを見届けてから、俺は、モーとフローさんのフォローへ向かうべく駆け出したのだった。
「うおおっ!」
クマたんゴーレム(仮)の攻撃を(ファンシーなその外見に似合わず、非常に重い攻撃だ。骨(あるのか?)は鉄製に違いねー!)、俺は《全力防御》や《アーマーガード》といった《戦士系スキル》で受け止める!
「サンキュー! にーちゃん♪」
「おう!」
モーが俺の背後から飛び出て、クマたんゴーレム(仮)の膝(?)あたりに回し蹴りをぶちかます! かなりぐらつくが、膝が折れる(関節あるのか?)まではいかない。
「これでも、喰らうがよい! 《炎 熱(ファイヤー・バレット)》!」
フローさんが炎の《魔法》をクマたんゴーレム(仮)に向けて放つ!
が、ちょっとしたコゲ目を作っただけで大したダメージにはなっていない。
「むぅ。耐熱処理か?」
「単なるぬいぐるみだったら、あっさり燃えちゃうじゃん♪」
「《魔法》対策ということかっ!」
舌打ちしながら怒鳴った俺は、ちらりとネ子の方を見た。……壁を見ながらぶつぶつ言っている。正解を見つけ出すにはもう少々時間がかかりそうだ。
「つぶらな瞳で見られても手加減はしねーぜ! クマたんゴーレム(仮)!」
「え~~。可愛いのに♪」
「関係あるかっ!」(苦笑)
「わしも、家に持って帰りたいぐらいじゃ」
「どーやって、あんなデカイもの運ぶんですかっ!」(実は、ぬいぐるみ集めてるんですか!?)
余裕を失わないメンバーを頼もしく思いながら、俺は剣を構えなおした。
「皆さん! お待たせしました!」
ネ子の声が凛と迷宮に響き渡る!
「よしっ! ボタンを押してくれっ! ネ子!」
「はいっ!」
迷いなくボタンのひとつを押し込むネ子!
その瞬間!
ガクン!とクマたんゴーレム(仮)の動きが止まる!
「いまだっ!」「はい!」「うん♪」「うむ!」
俺たちは一斉に自分の持てる最高の技の準備に入る!
「いくぜっ! 《聖なる剣》っ!」
「いきますっ! 《クリティカル・ヒット》!」
「いっくよ~♪ 《烈閃掌》!」
「喰らうがいい! 《エナジー・ミサイル》!」
眩いばかりの輝きを放つ剣が、正確な鋭い短剣の一撃が、凄まじい『気』を伴った掌打が、空間を歪める程の魔力を注ぎ込まれた《魔法》の矢が、クマたんゴーレム(仮)の頭と目と腹と胸にそれぞれ叩き込まれる!
「やったか!?」
グラリ……!
クマたんゴーレム(仮)がぐらつき、
ドォォォォォォォォォン!
地響きを立てて仰向けに倒れこみ、その機能を停止した。
「よっしゃあ!」
「やったー!」
「やったね♪」
「まあ、本気を出せばこんなもんじゃな」
俺たちは、強敵に勝利した喜びをあらわにして、はしゃぎまわった。
……戦いの後の静けさが、この場所本来の沈黙がゆっくりと満ち始めていた……。
「ふぅ……」
抱き合って喜んでいるモーとフローさんを横目で見ながら俺は床に座り込んだ。
「お疲れ様です。コウさん」
ネ子がそう言いながら俺の隣に軽やかに座る。
「おう。お疲れ」
笑顔で迎えて、俺は口を開く。
「それにしても、正解、よく分かったな」
「え?」と、きょとんとした顔で俺の顔を見つめてくるネ子に、
「俺だったら、絶対間違えてるぜ、あんなの」
壁の方に頭を向けて、俺は忌々しげに肩をすくめる。
「職業柄、得意なんです」
そう言って微笑むネ子に俺も笑みを返す。……まあ、今だけは、そういうことにしといてやるか(内心、苦笑)
「あの、コウさん。…ありがとうございました」
「ん? 何がだ?」
「コウさんの助力がなければ、私、また失敗していたと思います。ですから、その、……」
恥ずかしそうに目を伏せてネ子は呟く。
「お、おう?」(な、何だか、俺も恥ずかしいぞ!?)
「これからも、私のこと、よろしくお願いしま…」
「あっ! ねーちゃ~~ん! こっちに宝箱があるよ~~♪」
「あ、……う、うん。今、行くね~~」
向こうで手を振っているモーに手を振り返してから、ネ子は俺を顧みる。
「……じゃあ、ちょっと行ってきますね?」(ちょっとだけ顔に朱がさしている)
「お、おう」(少しだけ顔が赤くなっている)
立ち上がってモーのところへと歩き出したネ子をかすかに苦笑を浮かべて俺は見送った。
「どうやら、少しは自信がついたようじゃな」
入れ替わりにフローさんがやってきて、その顔に優しげな微笑を浮かべる。
「ええ。あの調子で今後も行ってくれると助かるんですけどね」
「そうじゃな」
俺とフローさんが視線を合わせて笑い合おうとした瞬間、
「あ~~~~~!」
ネ子の悲鳴が響いた。
「ど、どうしたっ?!」
思わず立ち上がった俺の脚に、不気味な振動が伝わってくる。も、もしかして、これは……(いや~な予感)
「し、失敗しちゃいました~~」
……やっぱりそーかよ。人はそうそう変わらないもんなんだぁぁぁ(トホホホホホ~)
「ええい! みんな、走れ!」
「うむ」
「りょーかい♪」
「あうぅ~~」
俺たちは出口へとひた走る。
「や、やっぱり、お前は『ネコイラズ』だぁぁ!」
「いっ、言わないでくださいぃ~~」
涙ぐむネ子のことなどお構いなしに、俺は、……俺たちは迷宮の通路を突っ走った。
イキぬけ、(外伝) @nanato220604
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