第3話

 先行していた二人はすぐに見つかった。あまり部屋数がなかったからだ(“温泉”を含めて5~6部屋ぐらいのものだった)。作りかけの部屋とかがあるところを見ると、未完成のままで放置された施設なのかもな。案内看板とかもないし。



「もう、いいのか、コウ?」

「心配したんですよ~~、コウさん?」

「ええ、大丈夫です。心配かけてすみません」


 笑顔で出迎えてくれたフローさんとネ子に俺も笑顔を浮かべて軽く頭を下げる。


「わしは、心配なぞしておらん」


「え?」と怪訝そうな表情を浮かべた俺に、フローさんは「身体は、な?」と言いつつ、にやりと笑い、モーにも「な?」と片目をつぶってみせる。


「や、やだなぁ、ばーちゃん」


 ポッと顔を赤らめるモーのやつを「はっはっはっ」と豪快に笑い飛ばし、


「いいのぅ。若いものは」


 冷やかすように言ってフローさんは、俺のわき腹を肘でつつく。


「……で、ここは、何の部屋なんです?」(オッホン!)


 少し赤らんだ顔を意識しつつ、咳払いなどしながら、俺は質問する。わ、話題を強引に変えるためじゃないぞ!?(ばればれか……)


「分からん」

「はぁっ!?」


 あまりにも肩透かしのフローさんの返答に、俺はズッコケそうになった(オヤジ臭いもの言いだなぁ、我ながら)


「先行して調べていたんだから、何か少しぐらいは分かってるんじゃ?」

「うむ」


 フローさんは、にやと笑って(またからかわれた……)、自分の後ろに視線を向けた。


「転移装置が四つあるのじゃが(転移装置を指差す)、いったいどこへ飛ばされるのかが分からん。おまけに、四人でいっせいに転移装置に入らないと作動しない仕組みになっておるようでな、一人が入ったら、みなでそれを追いかけるという方法もとれそうにないのじゃ。他の部屋も調べたのじゃが、転移装置があるのはこの部屋だけで、レクリエーション・センター(仮)の出口につながっていそうなのはここしかないとわしは結論づけた」

「どこに飛ばされるのかは分からないが、とにかく行ってみるより他に仕方がないということですか?」

「うむ。誰ぞ、何か他に提案があるか?」

「……俺は、ないです。ネ子は?」

「ないです~~」

「モーは?」

「おいら、頭脳労働は苦手なの知ってるでしょ、にーちゃん?」

「意見がないのとは違うだろ。まぁ、提案がないのは分かった」


 ニヤ~リと笑った俺に、「意地悪ぅ♪」とモーがふざけるように軽くパンチを繰り出す(ボスっ!と鈍い音を立てて、鎧の胸部分に命中)。う、結構、衝撃くるぞ?(今更ながらに、怪力だなぁ、お前)


 おっと、じゃれてる場合じゃないか。


「……とにかく、やってみましょう。誰か一人でもこの迷宮を抜け出せれば、助けを呼びに行くこともできますし」

「うむ」

「そーだね♪」

「はい~~」

「よし、それじゃあ、行動開始だ」


 俺たちは、転送装置のところに移動した。



「じゃあ、みんな、頼むぜ?」


 左から、俺、ネ子、モー、フローさんの順で転移装置の前に並んだのを確認して、俺はみんなに声をかけた。


「うむ」

「おけ~♪」

「はい~~」

「じゃあ、一、二の三!で踏み込むぞ?」


 みんなが頷くのを確認して、俺はニヤリと笑う。


「一、二の三!だぞ、ネ子? 一、二の三!ハイ♪じゃないぞ?」

「分かってますよぅ~~」


 ぷうぅと頬を膨らませるネ子に「冗談だ」と親指を立ててやる(一応の、確認のためだ。確認のため)。ネ子が親指を立て返すのに頷き、俺は号令をかけた。


「じゃあ、行きます! 一、二の三!」


 そして、俺たちは同時に転移装置に踏み込んだのだった(お、珍しく失敗しなかったなぁ)

(ちょっと、残念なよーな気も……)





「う……」


 気がつくと、そこは薄暗い空間だった。


「……いきなり死ぬとかはなかったみてーだが、ここはどこだ?」

「まだ、迷宮の中、じゃな」

「!」


 俺のほかにも誰かいる!? 


「その声は……」

「わしじゃよ、コウ」


 その言葉とともに俺の視界に入ってきたのは、


「フローさん!」


 案の定、フローさんだった。


「うむ」


 安堵の表情を浮かべる俺に軽く頷いて、


「ネ子とモーのやつとは別になってしまったようじゃの」


 フローさんは少しうつむいた。


「ええ。まさか、ランダムで二人ずつペアにされるとは思いませんでしたね」


 俺は苦笑を浮かべて頭を掻いた。俺の隣はネ子だったはずだから、四人をランダムにペアわけする仕組みだったのだと理解するのが自然だろう。しかし、よりにもよって、魔法が使えないペアと使えるペアに別れちまうとはな……。


「……うむ」


 フローさんは思案顔でかすかに頷いた。


 ……何だか、フローさんの様子が変だな。


「どうかしましたか?」

「! い、いや…」


 努めて軽い調子で聞いた俺をはっとした表情で見上げ、


「なんでも、ない……」


 フローさんは視線を逸らした。


 ……何でもなさそーな感じじゃないが、答えてくれそーな感じでもないな。


「フローさん、暗いんで、《明かり(ライト)》を点けてくれます?」


 ほんとーは、「暗いから」じゃなく、雰囲気を「明るく」しようとしたんだが、


「……できん」


 あっさり言って、フローさんは首を横に振った。


「えっ?」


 「したくない」とかじゃなくて、「できない」!?


「ど、どうしてです?」

「……どうやら、この場所では《魔法》を使うことができないようなのじゃ」

「ええっ!?」


 驚いた俺は、自分でも魔法を使ってみる。


「……聖なる礫となりて我が敵を討て! 《聖 弾(ホーリー・ブリット)》!」


 聖なる力を持った魔力の弾丸が俺の手の平から、……射出、されなかった。


「ふむ。《司祭系魔法》もだめ、か。あるいは、《魔術師系魔法》だけが封じられておるのやもと思うたが……」

「まぁ、何とかなりますって!」


 悔しそうに唇をかみ締めるフローさんに努めて明るい声で、


「ここで立ち止まっていてもしょうがないですから、先に進みましょう」


 俺は前進を促した。


「うむ……」


 ぎこちないながらもフローさんが笑みを浮かべてくれるのに俺も笑顔を返して、


……俺たちは前へと歩き始めたのだった。





 長い通路が続く。


「……《魔法》が使えぬ〈魔法使い〉など、ただの足手まといじゃな」


 俺の背後でぽつりとフローさんが呟いた。


「そんなことないですよ」


 剣と盾を構え、周りに注意を払いながら、俺はきっぱりと言った。


「単に《魔法》が使えないだけです。……できることはたくさんあります」

「この場面でか?」

「はい」


 背後のフローさんを意識しつつ(さすがにそちらを見る余裕はなかった)、俺は首肯した。


「この通路にどういう意味があるのか推測したり、知識の中にこれと似たような遺跡はなかったか探ったり、……そーいうことは、フローさんにしかできないでしょう?」

「……優しいのじゃな、お主は」


 フローさんが小さく笑った。……いつものよーに、俺をからかうような気配は、皆無だ。


「そ、そんなことないですよ」(こ、こんなフローさんは、初めてだ)


 ……何だか調子狂うな(いつも、からかわれてばっかりだからなぁ)。


 ボウッ!


「うおっ!?」


 突然、俺の前方に謎の発光体が出現する! 


「フローさん下がって!」


 俺はフローさんをかばいつつ、じりじりと発光体から距離をあけた。


「こ、こやつは……!」


 背中ごしにフローさんの驚きの声が聞こえる。俺の額にも冷や汗がにじむ。


「……『ゴースト』ですね?」

「うむ。こんなときにやっかいな相手に出会ってしまったのう」

「ええ」


 『ゴースト』(いわゆる、「幽霊」だ。生者の命を吸い取る攻撃をしてくる)は、『魔法の剣』もしくは、《武器強化系魔法》をかけた武器でしかダメージを与えることができないのだ。俺たちのどちらも《魔法》を使えない今の状況では逃げるしかないが、……。


「……二人で逃げても、逃げ切れんな」

「フ、フローさん!?」


 何故か俺の前に進み出ようとするフローさんを俺は慌てて押さえた。


「わしが、時間を稼いでいるうちに逃げよ。通路を戻るのではなく、進むのじゃぞ?」

「そっ、そんなことできるわけないじゃないですかっ!」

「いいのじゃ、わしは、もう充分に生きた」


 思わず振り返った俺の目に穏やかなフローさんの顔が映る。


「お主もうすうす気がついておろうが、わしは、十九歳などではない」

「そ、それは、」(何で、今、その話題を?)(確かに、十九じゃないとは思ってたけど)

「おそらく、わしは、お主の十倍は生きておる」

「えええっっっ?」(想像を遥かに超える言葉を受けて絶句)

「ちょっとした呪いを受けておってな、寿命で死ぬことも歳をとることもない身体なのじゃ。もっとも、『ゴースト』相手に不死なのかは試したことはないがの」

「そ、そんなこと、信じられません!」

「であろうな、だが、冗談を言っているわけではないぞ?」


 ……それは、真剣なフローさんの目を見れば分かる。でも、


「例え、それが真実であろうと、フローさんをここにおいてはいけません」


 俺はきっぱりと断言した。


「コウ……」


 やれやれといった調子でフローさんがため息をついた。


「駄々をこねるでない。生き残れるものが生き残るとというのが、我々〈冒険者〉の掟じゃろうが?」

「そんなの知りません。それに、俺が一人で逃げないのは、あなたをここに見捨てていったら、仲間のネ子やあなたを慕うモーシンに顔向けできないからです」

「コウ……!」

「不死身だろーが、歳をとらなかろーが、だから、なんなんです?」

「コウ!」

「俺は、仲間を見捨ててはいきません。二人で生き残る方法を考え」

「おい、コウ!」

「な、なんです?」

「後ろを見てみよ」

「……その手には乗りませんよ。見え透いた手を使わないでください」

「……『ゴースト』がおらぬのじゃが?」

「はぃぃ!?」


 思わず俺は振り返った。……た、確かに、『ゴースト』が、


「いない!?」

「だから、そう言うたじゃろうが?」


 フローさんは苦笑した後、はっとした表情を浮かべた。


「もしや、……」

「な、何か?」

「コウ。先ほどの地点にまで前進してみぬか?」

「? 『ゴースト』が出たところまで行ってみるってことですか?」

「うむ」

「ど、どーしてです?」

「行ってみればわかる、はずじゃ」


 そう言って自信ありげに頷いたフローさんの笑顔に勇気付けられるように(ようやくいつものフローさんが戻ってきた!)、俺は恐る恐る前進してみる。


 すると、


 ボウッ!


「うわっ!?」


 さっきの発光体が姿を現す! 飛びのいて距離をとろうとする俺の肩をフローさんが、


「やはり、な」と勝ち誇ったような笑みを浮かべて掴んだ。


「よく見よ、コウ。あやつは、出現した場所から動いておらぬじゃろ?」

「え?」


 フローさんの言葉に驚いて『ゴースト』を観察してみると確かに、


「固定されている?!」

「そのようじゃな、おそらく」


 すたすたと歩いて触れるか触れないかの距離まで『ゴースト』へと近づき、


「ふむ。やはりな」


 満足そうにフローさんは呟いた。


「ど、どーいうことなんです?」

「前に言ったじゃろ?」


 フローさんはにやりと俺に笑いかける。


「ここは、れくりえーしょん・せんたー(仮)かもしれないと?」

「はい?」

「つまり、これらは、あとらくしょん、だということじゃ」

「えええーーーっ!?」


 驚きのあまり絶叫する俺に苦笑して、フローさんは言葉を続ける。


「おそらく、今より二千年以上前の“魔法の時代”の遺跡じゃ。我々より進んだ《魔法》技術をもった彼らを楽しませるための施設として作られたものじゃろう」

「そ、そーですか……」(今までの俺たちの苦労って、いったい……)

「もともと、わしがこの依頼を引き受けたのは、この遺跡が、わしの呪いを解く何らかの鍵となるような古い時代のものらしかったからなのじゃが、……まぁ、そっちは期待はずれじゃったようじゃな」

「そーいうわけでしたか……」(何だか、妙に納得してしまった)(トホホ~)

「おそらく、これからも死ぬような難関はあるまいて。あとらくしょんで死んでいては馬鹿馬鹿しいからのう。まぁ、あくまでも、“魔法の時代”の彼らにしたら、じゃろうがな」


 フローさんは、はっはっはっと大笑してから、不意に俺を真剣な眼差しで見つめた。


「言っておくが、」

「は、はいぃ?」

「みなには、さっきの話は内緒じゃぞ?」


 ……ぱちり、とウインクされてしまった。


「わしとお主だけの秘密じゃ」


 にやりと笑うフローさんに、俺はかねてよりの疑問をぶつけてみることにした。


「……ひとつ、聞いてもいいですか?」

「なんじゃ?」

「モーのやつが、フローさんを『ばーちゃん』と呼ぶのは、」

「ああ、そのことか」


 フローさんは苦笑を浮かべた(フローさんにしては珍しい、自分に対する苦味を含んだ笑みだ)


「モーの祖母の若い頃の絵にわしがそっくりらしいのじゃ。母親を出産時に亡くし、母代わりだった祖母も幼いときに亡くし、父親の手で育てられたやつにとっては母親的な存在がいないのは寂しかろうと思うてな、モーには特別に許してやっているのじゃ。血縁関係はないはずなのじゃが、まぁ、あっても驚かぬがな」

「そ、そうでしたか……」(そーいうわけだったのか、って)


 さらっとすごいこと言ってるなぁ(あんまり、さらっと言われたんで驚き損ねたよ、俺)(苦笑)


 ……まぁ、いいや。それでも、フローさんはフローさんだ。


「……ネ子たちと合流しますか」

「うむ」


 俺たちは、それからも『ゴースト』と度々遭遇しながら(そして、律儀に驚きながら)、通路を駆け抜けたのだった。

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