アッツアツ温泉旅行

砂漠の使徒

ある日の二人

「わぁー! きれいー!」


 ここは火山の町。

 どうしてここに来たのかっていうと、温泉に入るため。

 佐藤が旅行に誘ってくれたのだ。


「湯加減は……うん、大丈夫」


 ゆっくりと、少し熱いお湯に足をつける。

 だいぶ山を登ってきたのですごく汗をかいたが、その分見晴らしがいい。

 豊かな山の自然と町並みを眺めながら、うっとりする。


 チャポン……。


 後ろで音がして水面が揺れる。

 誰かが来たみたい。


「ふぅー……」


 気の抜けた声を出す誰かさん。

 なんだか佐藤みたいでかわいい。

 どんな人だろうと、私はちらりと振り返る。


「あれ……?」


 一瞬見えた顔。

 黒い髪や顔つきがどこかよく知る人に似ていた。

 でも、ここは女湯だからそんなはずない。

 湯気でよく見えなかったから見間違えただけ。


 ジャバ……。


 お湯から上がったらしいその人。

 あ、そういえば私、体を洗ってない。

 景色を見ることしか頭になくて、忘れちゃってた。

 いけないいけない。

 あの人も同じだったのかな?

 とにかく早く体を洗おう。

 お湯から上がり、たくさん並んだ椅子の一つに座る。

 さっきの人は向こうで頭を洗っている。


「あ……」


 ここで問題が一つ。

 シャンプーを忘れてきちゃった。

 どうしよう。

 洗わないわけにはいかないし……。

 かといって、ここまで来て上がるのは。

 仕方ない、あの人に借りれるか聞いてみよう。


「あの〜、すみません。シャンプーを貸していただけませんか?」


 私は今まさに頭を洗っているその人に話しかける。


「え? あぁ、いいですよ。そこにあるんで使ってください」


 振り向きもせずに頭を泡立てながら答える彼。


 彼?


 ここは……女湯じゃないの?

 しかも、この男の人の声、聞き覚えがありすぎる。


「どうしてここにいるの、佐藤?」


「え……」


 彼の手がピタッと止まる。


「シャ、シャロール!?」


 素っ頓狂な声で驚く彼。

 私も驚いてる。


「あっ! 痛い!」


 私の間抜けな彼は、あまりの衝撃でシャンプーが目に入ってしまったみたい。


「も〜、佐藤ったら。ほら、動かないで。頭流してあげるから」


「あ、うん……。ありがとう……」


 私は洗面器にお湯をつぎ、頭に優しくかける。

 泡が流れると佐藤は目をこすり、振り返って私を見……。


「見ないで!」


「あいたっ!」 


 回りかけた佐藤の頭を抑える。


「それ以上振り向いたら私の裸が見えちゃうでしょ」


 恥ずかしいんだから。


「え〜、別にいいじゃないかシャロール〜。僕らはもう夫婦なんだし〜?」


 さっき温泉に入る前に飲んだお酒のせいなのか、佐藤は少し変。


「夫婦でもいつでもそういう気分ってわけないの!」


「ちぇ〜」


 聞き分けのない子供みたいな佐藤。


「それより佐藤はなんでここにいるの!」


「シャロールこそなんでここにいるんだ?」


 お互いにわからない。

 まずは状況確認をしてみる。


「私は向こうから来たけど?」


 私は脱衣所の出口を指差す。


「僕はあそこから」


 佐藤は反対にある、別のドアを指さした。


「も、もしかして」


「混浴……?」


 脱衣所は分かれてるけど、温泉は同じなのかも。

 混浴なんて知らなかった。


「佐藤は知ってたの?」


「え、いや違うよ! 偶然だよ偶然!」


 妙に動揺しているので、嘘かどうかわからない。


「本当に?」


「そうだよ! けっして君の裸が見たかったわけじゃない!」


「怪しい」


 言葉に出したということは、私の裸を少しは意識しているってことだ。


「知ってたらこんなところ来ないよ!」


「なんで?」


「だって、君の裸を見ていいのは僕だけだもん」


「……っ!」


 私の顔がみるみる紅くなる。

 まだ温泉にちょっとしか浸かっていないのに。


「なぁ、それより早く洗わない? 他のお客さんが来ちゃうよ?」


「う、うんそうだね!」


 佐藤の言うとおりだ。


「ほら、シャンプー」


「あ……ありがとう……」


 佐藤はシャンプーを手渡す。

 私は内心……がっかりしてしまった。

 ううん、シャンプーを貸してくれたのはとっても嬉しい。

 でも、佐藤に体洗ってもらえるかなって期待しちゃったから。


「はぁ……」


 私はさっき座っていたところに戻り、ため息をつきながら洗い始める。

 こんなんじゃ、だめだ。

 せっかくの旅行なんだから、楽しまないといけないのに。

 けれど、思いがけないハプニングに期待してしまった。


「せっかくの旅行なのに、なんでため息ついてんだよ?」


「あ……え?」


 馴染みのある手が、私の頭を泡立てる。


「もしかして、僕に洗ってもらいたかったのか?」


「……」


 図星の私は、うつむいて黙る。

 その間も彼の大きな手は私の髪の毛を、猫耳を優しくなでる。


「いくら僕が鈍感だからって、愛する君の気持ちに気づかないわけないじゃないか」


「佐藤……」


 最近の佐藤は、前よりもかっこよくなってしまった。

 いい意味で悩みの種だ。


「さぁ、シャロールどうする? 体まで洗ってやろうか?」


「え……! いや、いいよ! 恥ずかしい!」


「そっか。じゃあ、僕は先に入ってるからな」


 佐藤はそう告げて、去っていった。


「佐藤ってば」


 ……そこは強引にでも私の体を洗わなきゃ。

 やっぱり勇者に女心はわからないみたい。


 そこが好きなんだけどね。


―――――――――


「はぁ~」


 温泉は体も心も癒す。

 日々の疲れが吹き飛んでいくな。

 混浴なのには驚いたが、これも旅の思い出だ。

 シャロールが楽しんでくれたなら……。


「さーとう!」


 きれいな景色を見ていて、後ろの気配に気づかなかった。


「シャロー……あれ?」


 呼ばれたので振り向こうとしたが、手で目隠しをされた。


「こっち見ちゃ、だーめ。恥ずかしいじゃん」


「あ、あぁ。そうだね」


 その気持ちは僕もわかる。

 夫婦とはいえ、なかなかお互いの裸を見るのは緊張する。


「まっすぐしか見ないなら、目隠しやめるよ」


「わかったわかった。一緒に景色見よう、シャロール?」


「うんっ」


 彼女の小さな手のひらが僕の顔を離れる。

 次に彼女の顎が、僕の肩に乗せられた。


「ほらあそこ、ギルドじゃない?」


「そ、そうだね」


「あー! あれって新しいモンスター?」


「た、たぶんあれはスライムの一種だよ、うん」


 僕の返答がぎこちない理由?

 それはシャロールがどんどん僕に密着してくるから。

 背中に当たるオンナノコ(それも、僕のパートナー)の柔らかい肌の感触で、僕の思考はフリーズ寸前だ。


「あれ、佐藤!? 顔が赤いよ!?」


「だ、大丈夫だよ……」


 ただ頭がうまく……働かない、だけ。


「全然大丈夫じゃない!!!」


「ぐぅ……」


―――――――――


「佐藤? 起きて、佐藤?」


 なんだか頭がぼんやりする。

 目を開けると、視界もはっきりしない。

 顔を薄ピンク色に染め、僕の名前を呼ぶ彼女の名前は……。


「えーと、シャロール?」


「佐藤! 大丈夫!?」


 僕が返事をすると、少しばかり彼女の顔が明るくなった。


「ううん……ぼんやりする」


「のぼせたんだよ、きっと。早くお部屋に戻ろう?」


「わかった……」


 僕はどうやらのぼせてしまって温泉の床に寝ているらしい。

 とりあえず起き上がろうと寝返りを……。


「ん?」


 床がこんなに柔らかいはずがない。

 それにシャロールを下から見上げるこのアングル、もしかして。


「ひざまくら……?」


「え?」


 なんて幸せなんだ……。

 僕の意識は、この極上の枕に引き寄せられるように再び眠りについた。


―――――――――


「いや~、勇者様でものぼせるんですね~」


「あはは、すみません」


 シャロールが従業員さんを呼んできてくれたので、なんとか回復した。

 そのかわり、あれ以来口を聞いてくれなくなっちゃったけど。


「しかし、こんなにかわいい奥様と混浴じゃ、そうなるのも当然ですね?」


 意地悪な笑顔を浮かべる従業員さん。


「シャロールは」


 僕は隣にいるシャロールの肩に手を回す。

 不機嫌に顔を背けていたが、驚いて僕を見つめる。


「あ、ちょ、佐藤!?」


「誰にも渡しませんからね!」


 彼女は僕だけのものなんだ!!


「もうっ……佐藤のバカ」


(了)

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