オアシス奇譚 後編

 旅人達は村じゅうを歩き回った。


 旅慣れた彼らのこと、歩くのは何でもなかった。


 水も飲んだし、これまでだってさんざん歩いてきたのだ。


 酒場での一杯を思えば、ちっぽけな村を歩き回ることなど造作もなかった。


 酒場に入ると、二人は明かりの下で互いの姿をまじまじと見直し、改めてそのひどさに大笑いした。


 帽子も服も埃まみれ、靴は雑巾みたいでまるで靴に見えない。


 顔は日に焼けて真っ黒であった。


 東から来た旅人の方が、若干若そうに見える。


 二人とも口元が半開きでだらしなく、目ばかり異様にギラギラしていた。


 会ったばかりだが、旅の理由が似ているせいか、酒場を探すうちにすっかり意気投合していた。


 年嵩の旅人が事情を話して頼み込むと、親切な店の主は快く風呂を使わせてくれた。


 彼らは久しぶりにゆっくり垢を流し、やがて酒を飲みに戻ってきた。


 親切な主は、旅人達が風呂へ入っている間に彼らの服の埃を払い、とりあえず服らしく見える程度に繕ってくれた。


「いや、ご亭主。ありがとうございます。私らもやっと人心地つきました」


 と、年嵩の旅人が礼を述べると、若い方もすかさず相槌をうった。


「まったくその通りです。何とお礼を申し上げて良いやら、ありがとうございます」


 旅人がやってくる前から店で飲んでいた二人の賢者は、その様子をカウンターから物珍しげに眺めていた。


 やがて、若者らしい好奇心の抑えられなくなった青マントの賢者が、立ち上がって歩み寄った。


「もし。あなた方は旅をなさっているのですか?」


 突然話しかけられた二人の旅人は、驚いて肯いた。


 老賢者も、教養を象徴する紫のマントを波打たせてやってきた。


 若い賢者にすすめられるまま椅子に座り、すすめた若者も隣に腰を下ろした。


 ちょうどテーブルを挟んで二人の賢者と二人の旅人は向き合う格好になった。


 老賢者は旅人たちに問うた。


「お前様方、どちらからいらっしゃったのかな?」


「もう忘れました」と、年嵩の旅人が答えると、


「ずいぶん長く歩いたので、わからなくなりました」と、若い旅人も言った。


 若い賢者がさらに問いかけた。


「道中は御一緒だったんですか?」


「いいえ」と、若い旅人が首を振った。「私は東の門から村に入りました」


「私は西の門から」


「ふむ。すると、まったく正反対の方から来られたわけですな」と、老賢者は興味深げに首を捻った。「で、旅の目的というのは?」


 その言葉が終わるまでもなく、二人の旅人は同時に応えていた。


「何か素晴らしいものを求めて!」


 まるで申し合わせたように声を揃えた彼らに、半ば呆れ顔の老賢者は釈然としない様子で、


「それだけのために?」と、念を押した。


「他にはないのかね?」


 二人の旅人は賢者の反応が腑に落ちないように、当然のごとく首を振った。


「では、まだ旅を続けるのですね」と、若い賢者は旅人たちが認めるのに驚いた。「だって、それぞれ逆の方角から来られたのでしょう。ここへ来るまでお互い何も見つけられなかったわけですから、これ以上旅を続けても無意味じゃないですか。愚かな行為だと思わないんですか?それより、この村で暮らす方が幸いですよ。そうは思いませんか?」


 年嵩の旅人は応えた。


「私に素晴らしくなくても、彼には素晴らしいかもしれません。それに、私も彼も見落としただけかもしれんのです」


「それに、ここも素晴らしいかもしれないけど、もっと素晴らしいものがあるかもしれない。私達はそれを探して旅を続けるのです」


 旅人たちにはこの村が素晴らしくないとわかっただけで充分だったので、賢者たちとの会話はひどく退屈であった。


 それより、もっと酒が飲みたい。


 二人の賢者は、旅人たちがあまりにも愚かなのに、開いた口が塞がらなかった。


「あなた方は、それを多すぎる欲だとは思われんのか」


「これは欲ですか」


 年嵩の旅人が会話の終わりを告げるようにポツリと呟き、それを潮に二人の賢者と二人の旅人はテーブルを分かった。



 翌朝、東から来た旅人は西の門から出て行った。

 西から来た旅人は東の門から出て行った。

 彼らは再び何か素晴らしいものを求めて旅立ったのである。

 賢者達もまた、荒地の村で民の幸せのために働き続けた。

 彼らの賢政により、村人達はその後も長らく平和で幸福な日々をすごしたという。    

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オアシス奇譚 令狐冲三 @houshyo

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