初仕事は難事件?

西野ゆう

第1話

「行方不明?」

 見たところ小学三年生くらいの男の子。背中のランドセルが、その子の物だと背中になじんでいる。

「それじゃあ、私は電車に乗らないといけないので」

 男の子を私の前に連れてきた二十歳前後の女性は、ローファーの踵をカツカツ鳴らしながら、名乗りもせず改札の方に向かった。

 私は残された男の子の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。

「ボク、今日学校行かなきゃいけないだろ?」

「行方不明になっちゃったんだよ! 学校どころじゃないよ!」

「そうは言ってもなあ」

 私は警察学校を出て、駅前の交番に配属されたばかりの新人だ。交番の中で遺失物の書類を作っている先輩から「やることがなければ、とりあえず改札前に立ってろ」と言われて立っていたところだ。

「交番の中で詳しく聞こうか。ここじゃ、いろんな人の邪魔になるし」

 私の提案に、その小さな市民はこくりと頷いた。それを見て、私は右手を出し、彼の左手を握って交番へと引き連れたが、彼の左手は終始グーの形で握りしめられていた。

「グーとパーで、お巡りさんの勝ちだなあ。何か大事なモノでも持ってるのかい?」

 交番までの短い道のりで、私は少年に尋ねた。

「宝物」

 彼はそれだけ言うと、笑いを堪えているような、あるいは嬉しそうな顔になった。

 交番の扉の前に立つと、中で遺失物の申請にきていた老婆が頭を下げていた。書類の作成が終わって、出てくるのだろうと、扉を開けてその場で待った。

「宜しくお願い致します」

 丁寧に先輩に向かって頭を下げると、やはりその老婆は交番から出て行った。すれ違いざま、私にも会釈して。

「じゃあ、中に入って、そこの椅子に座ろうか」

 何を隠そう、私の最初の市民対応だ。それがこの小さな子だとは、丁度良いのかもしれない。そう思ったが、先輩が立ち上がってこちらに歩み寄ってくると、思いがけない言葉を発した。

「またキミか。キミの宝物はここでは見つからないっていっただろう?」

「でも、このお巡りさんが連れてきたから……」

 先輩の視線が私を責めるように射抜き、少年の視線はすがるように見つめている。

「あれ? え? 初めてじゃないんですか?」

 分かり切ったことを私は聞いた。先輩は無駄な質問をするなと言わんばかりに、視線の棘を鋭くした。

「左手、開いて見せてみなさい」

 先輩が少年の握られたままの左手首を掴んだ。

 少年は激しく首を横に振って抵抗した。

「な? こっちにも『宝物』を掴んでいるから開けないそうだ」

 先輩が私の顔を見てそう言うと舌打ちをした。

「何か月に一回か来るんだよ。な大人に連れられてな」

「じゃあ、行方不明になっているのは右手に握られていたものですか?」

「そうだな。……ほら、親に電話してやれ」

 先輩はそう言うと、引き出しから巡回連絡のファイルを出し、付箋の張られたページを開いてよこした。

「ちょっと待ってください。私は、その行方不明になったものを探してみたいのですが、ダメでしょうか?」

 先輩は少し考えたが、意外なことに私の要求を聞き入れてくれた。

「まあ、初めてだしな。一度ぐらいはその子に付き合ってやるか? どうせ暇だし」

 最後のひと言は、言葉にならないくらいごく小さく出された言葉だったが、口の動きと表情で何と言ったか分かった。実際他にやることがあったのなら、親に電話してこの件は終わりだったのだろう。

「ありがとうございます。じゃあ、ボク、まず宝物って何か聞いてもいいかな?」

 この子本人の情報は、巡回連絡カードに書かれているから聞くまでもない。私は、まず私自身が気になっている、彼が言う「行方不明になった宝物」の正体を聞いた。

「わからない」

「ん? キミの宝物だよ?」

「行方不明なのは僕の宝物じゃないもん。こっち来て!」

 少年はそう言うと、交番から出て、スクランブル交差点の角に立った。

 そして、交差点に背を向ける。

「お巡りさんも隣に立って」

 私は言われるままに、少年の右隣に立った。彼の左手はまだ固く握られている。

「ちょっとしゃがんで、交番の屋根を見上げるように見て」

 また私は少年の言う通りに動いた。腰の装備品が地面につく。その時、彼は私の背後に回った。そして、これまで握りしめていた左手を、私の目の前で広げた。

「え?」

 そう私が軽く驚いた瞬間、なんとその少年が、右手で私のホルスターの拳銃に触れた。

「行方不明なのはね、僕のじゃなくて、お巡りさんの宝物」

 わたしは一瞬背中に押し付けられた銃口の感覚に冷や汗が出たが、右手で銃が抜かれていないことを確認し、嘆息した。こんな子供に抜けるような作りにはなっていない。

「私の宝物かあ。それなら今見つけたよ。このお仕事だ」

 私はそう言って立ち上がり、人差し指を一本伸ばしている少年の頭を撫でると、先輩の方を向いた。

「完走おめでとう。初仕事お疲れ様」

 肩の無線から先輩の笑いを含んだ声が届いた。どうやら私は罠に嵌められていたらしい。

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