文化祭準備 前


「蒼、そっちのダンボール持ってきてくれ」


 床に段ボールを置きながら何やら作業をしている誠に、教室の隅に積み上げられた段ボールを持ってくるように声をかけられる。待ってて、と返し段ボールの山からいくつか手頃な段ボールを抱えていく。


 6時間目の授業が柊木先生だったので早めに切り上げ文化祭の準備が始まったけど、昨日の放課後病院に行くために出なかったので詳しいことが何もわからずにいる。段ボールを渡すついでに誠に何をすればいいか聞いて自分でできることをやろう。


「はいこれ、色々持ってきたから使えそうなやつ使って」

「お、サンキュー。さすが気つかえるねぇ」

「お褒めに預かり光栄でーす。ところで僕何すればいいかな? 昨日の話し合いでれてないから何をやればわからないんだよね」

「そっか、そうだよなー。あっ! 昨日話したことは後で詳しく説明するからさ、今は備品室行って来てくれよ」

「備品室?」

「うん今瑞樹ちゃんが色々取りに行ってんだけど、一人じゃ持ち運べるかわかんないから一応な」


 備品室は確か一階の奥だったかな、というか誠もそんなところに瑞樹一人で行かせるなよな。


「ほら行ってこい、なんかあったらどーすんだよ」

「言われなくてもいくよ。てかなんかありそうなところに行かせるなよな。じゃまた後で」


 何もないだろう。


 何もないだろうけど一人で備品室に行った瑞樹が少し心配になって、早足で教室を出ていく。


 階段を降りて騒がしくなっている一年生の教室とは逆の方向に歩いていく。


 そのまましばらく歩いていると、だんだん人気がなくなりついには誰ともすれ違わなくなった。


 放課後に入りみんな文化祭準備に取り掛かっていて、廊下を歩いている人がいてもおかしくなく、実際にここにくるまでは何人かの生徒や先生ともすれ違ったけどこのあたりは生徒も先生も見かけない。


 さっきも思ったけどこんなところに女の子一人で向かわせるべきじゃないな、それに足りない物持ってくるのだって一人だったら限界があるし。早く行かなきゃ。


 そうして歩いていると「備品室」と書かれた室名札がある部屋を見つけた。

 一応のためノックをして扉を開くと、背伸びをして上に置いてある段ボール箱に必死に手を伸ばす瑞樹がいた。


「手伝おうか? 瑞樹」

「え? あ、蒼くんきてたのね」


 背伸びをやめこちらへと向き直った瑞樹の顔は少し驚いている様子だった。


「誠に瑞樹がここにいるって聞いて手伝おうかなって思ってさ、一人じゃ大変でしょ今も背伸びして腕思いっきり伸ばしてたし」

「......見てたのね。はぁ、それじゃあ遠慮なく手伝ってもらおうかしら」

「こう見えても男だからね、任せてよ」

「っふふ、頼りにしてます」


 笑顔になった瑞樹はポケットから紙を取り出し見せてくる。

 そこには必要なもののメモが書いてあった。


「うわぁこのメモ結構書いてるね。これ一人で運ぶつもりだったの?」

「......誠くんは何か作業してたみたいだし紬はどっか行っちゃったから、その」

「そっか、僕もいなかったもんね。でもこういう時は一人で行かない! 今日みたいに誠とか紬に頼れない時は......その、僕を待ってて」

「......うん、次からはそうするわね」


 瑞樹は僕のことをじっと見て微笑んでくる。

 あぁやばい、僕は今どんな顔をしているのだろう。


 だんだんと顔が熱くなっていくのを感じる、今になってさっきの言葉が恥ずかしく思えてきて上手く目を合わせられない。



 どこを見ればいいかわからず目を泳がせた時、ふと視界にあるものが見えた。それは先程瑞樹が手を伸ばしていた、段ボールだった。瑞樹が触ったことで運悪く段ボールの位置がずれバランスが崩れたのだろう今にも落ちてきそうな様子だった。


 あ、やばい


 そう感じた瞬間には反射的に体が動き出していた。


「瑞樹!!」

「え? きゃ!?」


 咄嗟に手を引っ張り抱き寄せる。

 その刹那今まで瑞樹がいたところには大きな音をたて段ボールが落ちてくる。途端に室内は静寂に包まれその早すぎる出来事に驚きを隠せずにいた。それは僕の腕の中に居る瑞樹も同じようで自分のいた場所、段ボールが落ちてきた場所をじっと見つめている。


「......危なかったぁ。って瑞樹大丈夫!?」

「え、えぇ蒼くんのおかげでだいじょう......ぶ」


 『腕の中』にいる瑞樹は落ちてきた段ボールから視線を外すと僕の方を向く、ドクンと大きく心臓が脈打つのを感じる。昨日倒れた時とは明確に違う感覚。


 反射的とはいえ抱き寄せてしまったから腕の中には瑞樹がいる。そしてその存在を主張するかのように彼女の吐息やいい香りが鼻腔をくすぐる。


 この状況に動揺しているのは僕も瑞樹も同じで、僕は鼓動がうるさいほどに鳴り、背中は汗が滲み、顔はとても熱い。


 目の前にある瑞樹の顔はいつもの白く透き通る陶器のような肌とは違い、赤い花が咲いたかのように染め上がっている。


 このまま背に手を回して抱きしめることだってできてしまう、そんなこと瑞樹だってわかってるはずなのに、抱き寄せた体は抵抗の意思など微塵も感じないほど僕に委ねられている。


 離れるなら今だ。


そんなことはわかってる。でもなぜかわからないけどもう少し、ほんの少しこのままでいたいそう思ってしまう。


「えと、その、蒼くん」

「ん? ってあぁ! ごめん!!」


 静寂を破った瑞樹の声で平静を取り戻し、慌てて距離をとる。


「ほんとごめん! 助けるためとはいえ、だ、抱き寄せちゃって。嫌だったよね」

「全然嫌なんかじゃなかったわよ! ただ少し恥ずかしくて、それと助けてくれてありがとう。蒼くんが引っ張ってくれなかったら私、危なかったから」

「瑞樹が危ない時はいつでも助けるから安心して」

「ありがとう」


 いつものようなキリッとした顔が崩れ、とても和らいだ表情になる。

 そんな表情に見惚れているとちょうどピッタリ目があって少し変な空気が流れた。


「は、早く備品集めて教室戻ろうか。落ちてきた段ボールは戻しておくから瑞樹はメモにあった物探してもらえる? 届かないものあったら声かけて」

「わかったわ、それじゃあお願いね」


 そうして段ボールの中身に傷がついていないことを確認して元々あった場所へと戻し、僕もメモに書いてあったものを探していく。


 意外にもメモに書いてあったものを集めるのにそう時間は掛からなかった。去年も使ったのか2箇所ほどに固まって置いてあった。必要なものだけ取り出し手に持とうとしたが少し多かったので、端に置かれていた段ボールを組み立てその中に入れていく。


 完成した段ボールの中にメモに書かれていたものを入れると一つを除いて一箱に収まり、段ボールに入らなかった少し大きめの黒いカーテンを瑞樹に持ってもらうことにして備品室での作業は終わった。




「よし!これぐらいかな。じゃあこれ持って教室戻ろうか」

「そうね、でもよかったの? 私が持ってるの黒いカーテンだけだけど」

「これで段ボール瑞樹に持たせてたら何のために僕がきたんだい?」


 瑞樹は「それもそうね」と納得した様子で備品室のドアを開けてくれる。


「とりあえず教室に戻ったら誠叱らないとだね」

「どうして?」

「誠は瑞樹が備品室に一人で行ってたこと気がついていたんだよ。だから一人で行かせた罰を喰らわせてあげなきゃ」

「確かに誠くんは少し痛い目を見たほうがいいのかもしれないわね」


 冗談混じりでそう言いながらくすくすと笑う瑞樹に、気づかれないように横目で楽しそうな姿を見る。


 そんな姿を見るとやはり心が温まるような感じがして、それと同じくらいなぜか胸が痛い。


 僕が思っていることを瑞樹にバレないように気づかれないように、冗談を言ったり、談笑をしながら一歩一歩確かめるように噛み締めるように、僕がここにいることを証明するように階段を登り教室へと向かう。



 ふと思う、あぁこの時間が終わらなければいいのに。

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いつか終わる日 佐野 千歳 @Tatarian_aster

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