ライオンファミリー008話「事件と恋の顛末」

【〇〇八 事件と恋の顛末】


 終わったことになるのだけど、今回の事件の概要は次のような顛末だった。


 彩里花と戦った迷彩服の男は、やはり篠原智也。

 羽馬勇気の話を知るうちに彼に感化されたことで、彼の中にあった『獣の因子』が活性化し、それに気付いた自分は家族を危険にさらすまいと、単身引っ越しを決意したと言う。

 因子の活性化を知らない和也と美玲は元通りに兄妹三人で暮らしたいとこの街まで智也の説得に来たのだが、智也は説得に応じなかった。また、美玲に会ったら美玲を泣かしてしまうと思い、会うのは和也だけということにした。

 その会った場所が美玲の噛まれた現場のすぐそばだった。智也と和也が話す間、美玲は待たされることになり、あの暗がりへと近づいてしまったのだと言う。

 あの暗がりは巡回中の警官、田崎の縄張りにしている場所だった。

 田崎は智也以上の、羽馬のシンパで、何かの役に立つために因子検査を偽装し、警官になっていたのだと言う。その田崎の縄張りに美玲は入ってしまい、襲われた。

 後にわかったことは、田崎は美玲という美少女を一目見て、羽馬への『生け贄』にしようとして襲ったらしい。殺すつもりも悪さをするつもりもなく、まずは自由を奪うために毒を打ち込もうと、噛み付いた。

 田崎はヘビではなく、ムカデだった。

 ムカデの毒は通常、痛みを起こす毒なのだが、美玲はこの毒に強いアレルギー、アナフィラキシーショックを起こしたのだった。それは呼吸困難という症状で現れた。

 まさかの症状に田崎も動揺し、すぐに闇に身を隠したと言う。

 この時の田崎の気配を察し、智也は無言で和也の前から美玲の元へと駆けつけた。

 しかしそこにはもう田崎の姿はなかった。後から追いかけてきた和也が見たのは、立ち尽くす智也の姿と、倒れた美玲の姿だった。

 和也はこの時、智也が『獣の因子』を発動させてしまい、美玲を傷つけたのだと思っていたと言った。

 だから、弟を庇い、和也は智也に会っていないと嘘をついたのだ。和也が美玲のために助けを求めて叫ぶと、田崎は巡回中を装い何食わぬ顔で現場に顔を出し、救急車を手配していた。

 智也は田崎の姿を一瞬だけ見ていたらしく「警官が美玲を狙っている」と思っていたらしい。しかし警官がすぐに大勢集まり出したために、誰が美玲を襲った警官かの特定はできなかったという。

 智也は暗闇の中でじっと周囲を観察していた。そこへ警部に招かれて僕と彩里花がやってきた。僕と彩里花のバングルを見て、『因子持ち』ということがわかったらしく、美玲を襲ったのは僕という判断をしたと、後の供述で明らかになった。

 これが、駐車場で僕を襲った動機になる。あの駐車場まで僕を追跡したと聞いた時は、僕も彩里花も、警部も驚いた。ヘビというのは執念深いらしい。

 一方の田崎は、何としても美玲を手に入れたいという強い願望に狩られた。

 まずは僕たちと警部を引き離す必要があると考え、警部を呼び出し昏倒させた。そこまでは田崎の計画通りだったのだが、誤算は智也だった。

 智也は田崎を見るなり、「こいつだ!」という確信を得たらしかった。その後はムカデ対ヘビとなり、田崎は智也からの不意打ちを受けたらしい。

 田崎が言うには大した一発ではなかったが隙をうかがうためにダウンした振りをしていたということだった。そこへ彩里花と僕が乱入し、あの事態となった。

 彩里花と智也がやり合っている間、注意の逸れた田崎はこれを好機を思い、美玲の病室へと侵入した……というのが全貌だ。



「まったく、ムカデというのは知らないうちに入り込んで人をぎょっとさせるものだな。まさか警官の中に『因子持ち』がいたとは、上も頭が痛いだろうよ」


 僕と彩里花を送ってくれている車中、警部はそんなことを言った。

 彩里花はというと、あれ以降どこかぼうっとしていて、何を聞いても上の空だ。

 どこかやられたのかと聞いても「それはないから大丈夫」としか言わない。

 でも、心配はないだろう。連戦であったし、少し疲れたのかもしれないと思っていた。


「もうすぐ夜明けだが……うん、今回も助かったよ。予定通りに昼までには片付いたのだからな。礼を言わせてもらう」

「いえ。『因子持ち』の事件は『因子持ち』が片付けるっていうルールが守れて良かったです。これができなかったら、また自由が減りますから」

「そうだな。少なくとも『因子持ち』同士の恋愛は自由というのが守られるな」


 なぜ警部が今それを言ったのか、僕にはわからなかった。

 警部は僕と彩里花を家の前で降ろすと、さっさと走り去って行った。


「はー、終わった終わった。と、彩里花、お腹空かない? 何か作ろうか?」

「ううん。平気」

「いつもなら食べるのに……大丈夫?」

「うん。大丈夫」


 相変わらずの上の空だ。

 いったい、どうしたのだろうか?


「あ、そういえば彩里花。何か大事な話があるって言ってたんだっけ。警部からの電話でうやむやになっちゃったけど」


 家の玄関に入るながら僕が言うと、彩里花に背後から袖を掴まれた。

 そして。


「うん。大事な話はあるよ。あたし、晃志が好きって言おうとしてた」

「……え?」


 思わず振り返ると、そこには真っ赤になって僕から眼を逸らしている彩里花がいる。


「そ、そ、そ、それって……ど、どういう……?」

「好きって……そういう意味しかないっしょ……。今みたいな優しくてちょっと頼りない晃志も、今日みたいにライオンモードになった晃志も……あたしはどっちも好きなんだ」


 ライオンモード。

 自分の大事な人が傷つけられ、僕の中にある『獣の因子』が活性状態になった時のことを、彩里花たちはそう言う。

 だが今はそんなことより――彩里花の話だ。


「もうかなり長く一緒にいるし……あたしはすごく楽しい。あたしたち『因子持ち』が差別されてることは知ってるし、これから先どうなるかとか全然わかんない。わかんないけど、あたしは晃志といたいって思ってたんだずっと。だから晃志、あたしと……あたしと付き合って欲しい」

「つ、付き合うと言いますと……」

「だ、だから、恋人になってって言ってんの! わかれバカ!」


 バカ、まで言われてしまった。

 ――そう言われて、始めて思った。今まで一度も、彩里花をそういうふうに見たことがなかったと。

 見た目は確かに可愛い。性格に至ってはもう一年近く一緒に生活をしていられる。合わないということはない。

 それよりなにより、僕は今、真っ赤になって、微かに瞳を潤ませて上目に僕を見る彩里花を心から、可愛いと思った。

 だから。


「うん。いいよ彩里花」

「……え?」

「付き合おうよ。恋人になろう」


 僕はこの日、築島彩里花と付き合うことになった。

 先の事件よりも大事件が、この日には起こったのだった。

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