ライオンファミリー007話「百獣の王」

【〇〇七 百獣の王】


 守衛の「なんだキミたちは!」の声を無視し、僕と彩里花は階段で美玲の病室のある四階まで全力で駆け上がった。

 途中、言葉は交わさない。全速力で。

 病室のある廊下に辿り着くと、きゃああという美玲の悲鳴が聞こえた。

 僕の先を行っていた彩里花はドアを壊さんばかりの勢いで開ける。


「そこまでだっ!」


 中を見ると、そこには肩口から血を流しうずくまる和也と、その和也に寄り添い震える美玲がいた。

 長い黒髪で清楚な顔立ちの、聞いた通りの美少女だった。

 その美玲と和也の前に、警官の服を着た男、田崎が立っている。


「もう来たのか、ちくしょう!」

「こんのぅ、警官になりすますなんて面倒なことして! 許さないんだからな!」


 戦闘準備の整っている彩里花は田崎目がけて踏み込んだ。

 彩里花の踏み込みの迫力に、大抵の相手は圧倒される。おおよその場合防御の姿勢をとるか、その場での迎撃を試みる者が多い。

 だが田崎は違う反応を見せた。


「うぉおりゃぁっ!」


 突進する彩里花に対し、田崎も踏み込み背中からの体当たりで彩里花を迎え撃つ。


「なっ!?」


 この行動は彩里花にとっても予想外だった。目測を誤り、体当たりを正面から受けてしまう。


「うぐっ」


 体重差もあるせいで彩里花は病室の壁まで吹き飛ばされ、叩き付けられた。

 ――マズい。


「こ、こいつ……」


 体勢を崩した彩里花に、田崎は追い打ちの体当たりを喰らわす。


「ぐわっ!」


 凄まじい衝撃で、病室の壁にはびしっと亀裂が生じた。

 彩里花は立てないでいる。


「う、うぅ……」


 ――ヤバい。

 ぞわり。

 僕の全身が震えた。

とてつもない恐怖が僕の中に沸き上がる。


「人間に与する裏切り者が! ここで死ね!」


 田崎が彩里花の顔目がけて拳を振り上げた。

 瞬間、僕の中の恐怖に、怒りが引火して爆発を起こす。


「おい」


 自分でも驚くほどの低い声が出る。そして、僕は瞬間移動でもしたかのように動き、田崎の振り上げた腕を捕まえていた。


「なっ」


 田崎はぴくりとも腕を動かせない。

 その田崎に『僕』は言った。


「おまえ、『俺』の女をどうする気だ?」

「な、んだ、おま、え……!」

「二発だな。おまえにも、二発だ」


 そう言った瞬間、俺の腕が容赦なく動き、ぼきりという音と共に田崎の腕を通常では曲がらない方向へと曲げていた。

 腕をへし折られた田崎が叫ぶ。


「いぎゃあああああーっ!」

「まだ一発だ。気を失うんじゃあねぇぞ、このゲス野郎」

「はぁっ、あ、や、やめ、やめて、これ以上はもう……俺、死んじまうよぉ……!」

「それがどうしたぁ!」


 左手で田崎の襟首を掴み上げ、俺は言う。


「てめぇがおとなしくしてりゃこうはならなかったんだぞ。おまえがな、俺の女を傷つけたのが間違いだ。あの世で後悔しろ」

「ま、まままま待って! それほどの力があるなら――羽馬さんの役に立てる! 世界を変えられる!」

「はぁ?」


 羽馬の役に立つとか、世界を変えるとか。

 俺には関係ない。

 そもそもにして――。


「百獣の王はな、誰にも従わねぇんだよ!」


 右の拳が田崎の顔面にぶち込まれる。


「ぷぎゅるぁああーっ!」


 ぶっ飛ばされた田崎は窓をぶっ壊し、四階から下へと落下。どさりという音も聞こえた。


「くたばれ、このゲス野郎が。彩里花の顔に傷をつけなかったんだ。この程度で済ませてやる」


 彩里花を見ると、彩里花はぼうっと俺の方を見ていた。


「悪い。恐い思いをさせたな」


 倒れている彩里花の腰を抱くように、俺は彩里花を抱き起こす。


「ひゃっ」

「よし、外傷はねぇな。まったく、不意打ちとは言え酷かったな。痛いところはねぇか?」

「う、うん、全然……全然痛くない……」

「なら問題ねぇ」


 彩里花の無事を聞き、俺はようやく、僕へと戻った。


「ふぅ……ごめんね彩里花」


 彩里花から手を離すと、彼女は引き続き赤い顔でぼうっと僕を見ている。


「どうしたの?」

「う、ううん……。も、もう……これがあるから……あたしはやっぱり……」


 何かもごもごと話をしているうちに、警部と迷彩服の男が病室へとやってきたのだった。

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