ライオンファミリー006話「はずれでした」
【〇〇六 はずれでした】
「何だろうね、見せたい物って」
「手がかりなら僕たちにも教えてくれるとは思うよ」
ふと、まだ形をなしていない、疑問にすらなっていない疑問が頭の中に渦巻いているような感覚がしていた。
その気配を、彩里花は気が付いているらしく。
「考え事?」
「うん。ちょっと」
彩里花は僕が考え事をしていると、話しかけることが多い。
「どんなこと?」
これは邪魔をしているのではなく、助けてくれている。僕はそう頭の良い方ではないので、考えを頭の中だけで完結させるのは少々苦手らしい。
だから、まずは声にした方が良い。そのことを、彩里花はなんとなく、過去の経験を踏まえて覚えていてくれている。
「まず駐車場の襲撃なんだ。どうして僕たちを襲ったのか。今回の事件とこれは切り離して考えた方が良いかもしれないって思ったけど、それにしてはタイミングが揃いすぎている。やっぱりあの襲撃と今回の事件は同じ事件と考えるべきなんだ」
「ふむふむ。つまり?」
「つまり、襲撃者を犯人として……そう、襲撃者を犯人として考えているから、僕たちはその因果関係を探していた……いや探していたんじゃない。手持ちの情報から因果関係を創作しようとしていたんだ」
「なるほど。じゃあ、どうすればいい?」
「来る途中に警部が言っていたように、もっと単純に考えた方が良かったのかもしれない。彩里花も言っていたよね。美玲が襲われた理由は、犯人の動機は可愛いから襲った、そんなものかもしれない。そうすると――」
カチ。
カチリ。
何かが揃い始めてきた。
「そうすると……そうか」
智也は美玲を噛んじゃいない。
和也が智也に会っていないと嘘をついたのは、和也も智也が噛んだと思い込んでいたから、そうとした思えない状況になったから。
「それに、溶血性の毒が出たって言ってたよね」
「うんうん、言ってた言ってた」
「でも思い出して。警部はたしか、美玲は『呼吸困難と出血で意識がない』って言ってた。それに美玲も病室で警部に『息ができなくなって』と証言していた」
「うん、ヘビ毒で」
「そうじゃないんだ。そうじゃないんだ彩里花。ヘビ毒じゃない。彼女が受けた毒はヘビじゃない! だとしたら――」
僕たちは勘違いをしていた。
毒を持つ『獣の因子』という名前に騙されていた。
ぞわりと、背筋が冷たくなった。
「どうしたの晃志?」
「嫌な予感がする。なんだろうこれ」
「奇遇だね、あたしも。これってもしかして……」
「警部が危ない!」
僕も彩里花も、同時に車を飛び出した。
野生の直感とでも言うのか。これも『獣の因子』によるものだとしたら、僕は『獣の因子』の存在に感謝をしても良いかもと思った。
おかげで不自由や制限はあまりにもたくさんある。だけど、この『獣の因子』によって僕は自分の命と、大事な人の命を守る機会も与えられているのだから。
車を出て駐車場の出口の方へ走ると、すぐに彩里花が叫んだ。
「警部!」
返事はない。
見ると、警部は街灯に背を預けるように座り込んでしまっている。その傍らに倒れているのは、あの田崎という警官。ふたりを前に、一人の男が突っ立っている。
迷彩柄の半袖シャツ、同じく迷彩柄のズボンを履いた男。なるほど、このせいでもやっとした人影に、僕は見えたのだ。
彩里花は叫ぶ。
「あいつだ!」
臨戦態勢になった彩里花はダンと地面を蹴り、迷彩服の男へと飛びかかった。
「くっ!」
男はすぐに両手を軽く握り、彩里花に対して正面を向いた。
ボクサーのような構えをし、突進してきた彩里花に先手を打った。
「シャッ!」
短く息を吐きながら左ジャブ。鋭い。――が、彩里花に見切れない速さでない。
彩里花は避けることはせず、ジャブをフックのような一発でたたき落とした。
「うぐっ」
男は手首へ彩里花の一撃を受け、ダメージを負う。
大丈夫だ。彩里花なら負けない相手だ。
彩里花の持つ『獣の因子』は集団での狩り――戦闘を得意としているが、無論一体一の状況でも決して弱いわけではない。むしろ強い部類に入る。
高い動体視力の他、バネのきいた体から繰り出す一撃は彼女の体格からは想像もできない重さがある。それらに加え彩里花の持つ最大の武器は戦ってきた場数だ。彩里花は僕と出会う前から、多くの『戦闘』を経験してきていた。
だからこの相手くらいでは、彩里花は負けない。そう思った僕は警部へと駆け寄った。
「警部、警部しっかりしてください」
「うっ、く……お、檻枷か……」
警部は頭を抑え、軽く振った。
「抜かったよ。まさかこんなことになっていたなんてな」
どこか朦朧とした感じで警部が喋る。さっと見る限り外傷はなさそうだ。でも、頭を打っているのかもしれない。
「どこか痛みますか?」
「あぁ、大丈夫だが少し頭がな……やられたよ。ん、彩里花は何と戦ってる?」
「あいつが智也、なんですかね」
「智也……だと?」
彩里花の方を見ると、智也と思われる男が一見、攻勢に出ていた。
鋭く、絶え間ないパンチを彩里花に繰り出している。ボクシングの試合でも中々見られないほどの猛攻だ。
体の反応から見て、彼が『因子持ち』であることは間違いない。
だけど、彩里花はもう相手の動きを完全に見切っている。細かなフットワークだけで、相手の攻撃を全てかわし切っているのだ。
「警察の犬がっ! おまえら全員グルなんだろうが!」
攻撃が通じない焦りか、一発だけ男は大ぶりのパンチを繰り出した。
彩里花はこれを待っていたに違いない。さっと身をかがめてその一撃を交わすと。
「何を言ってるのかわかんないけどさっ」
男のあごを蹴り上げる、サマーソルトキックを繰り出した。
「あたしはオオカミだっ!」
顎を蹴り上げられ、男の体が宙に浮く。
すると、僕のとなりにいた警部が叫んだ。
「やめろ彩里花! そいつは違う!」
「え?」
しかし、蹴り上げられた男はどすんと地面に倒れてしまった。
彩里花はすぐに困惑の表情を警部へと向けた。
「け、警部違うってどういうことだよ?」
「まさかっ! 見て彩里花! 田崎って人がいない!」
「くっ、おまえたちは先に病室へ行け。やつの狙いは美玲だ。こいつはわたしが後で連れて行く。やつに美玲をやらせるな」
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