ライオンファミリー005話「真実はどこに?」
【〇〇五 真実はどこに?】
「篠原智也については確かにこの街に転入届が出ている。住んでいる場所もすぐに確認させたがもぬけのからだ。二日三日、戻った痕跡がないらしい。和也、美玲兄妹は近くのホテルに滞在していたようだ」
美玲の病室から出て来た警部と、僕たちは別の階の待合室でその話を聞いた。
「警察って優秀だね。ものの一時間でそんなに調べられるんだ」
警部はどこか得意げな表情で、火のついていないタバコを彩里花に向ける。
「おいおい、警察を侮るなよ築島。ましてやこの街の警察は特に優秀だぞ」
「それで他にわかったことは?」
「優秀ではあるが今はここまでだ。駐車場の襲撃はまだ伏せてある。あの人物が智也の可能性は高いが、どうだ築島。自慢の鼻で兄弟の匂いというのはわからないか?」
「あの人、匂いを消してるっぽくて」
「……なるほどな。それなりの覚悟を持って行動を起こした、ということか」
「羽馬勇気のシンパとしてなのか、それとも別の動機なのか」
「そこも問題だな檻枷。どうやらわたしの休暇は返上になるんじゃないかという気がしてきたよ」
警部はタバコをくわえ、ライターをいじっていた。一服付けたい場面なのだろう。
「あ、そうだ警部。あの和也って人、嘘をついていたよ」
「なに?」
「あぁ、そう言えば彩里花が嗅ぎ取ったんです。こっちに来て智也には会っていないと言ってたあれがどうやら嘘らしくて」
「なんだと?」
「だけどどうしてそんな嘘をつくのかまでは」
「そんなのは決まっている。弟を庇っているんだろう。……なるほどな。そうなると和也も美玲も、智也をあの場で見ている可能性が強いな。……ふむ、おまえたち、ひとつ聞いてもいいか?」
僕と彩里花はほぼ同時に頷いた。
「『獣の因子』が完全活性状態になるということがあるらしいが、そうなるとどうなる?」
「どうって、あたしはなったことないし」
「僕もないですけど、知識の上では、完全に理性がなくなり『獣の因子』が本能を乗っ取り、その本能のままに行動するように、文字通り『獣』のような状態になるとは聞いています」
「ひぇっ、そうなんだ。治るのそれ?」
「時間による沈静化か、八〇パーセント以上の失血、未確認ではあるけど『停止因子』の注入で沈静化するって言われてるよ」
「あたし、初めて聞いた」
「バングルをもらう時とか聞いてるはずなんだけどな……」
「まぁ築島が聞き漏らしていたことについては今は不問だ。檻枷、つまりわたしはこう考える。兄妹三人の話合い中、智也の因子が完全活性状態になった。そして妹を襲い、逃走したと」
「妥当です。おかしいところはありません。完全活性状態なら、ヘビの因子だから見境なく暴れたりはしない。狡猾にじっくりと獲物を待って、襲う――」
「そっか。車から降りた晃志を狙ったように」
「ヘビには暗闇でも物の位置情報を感知できるピット器官もあるからね。その能力も発現させているとしたら、暗闇の中で美玲を襲うこともできたはず」
すると、椅子にかけていた警部がすくっと立ち上がった。
「こうなったら、あとはヘビ探しだな。やれやれ、明日の昼までに捕らえるのは難しいとなるか」
「すみません、役に立てなくて」
「いや、築島の嘘発見器が大いに役立ったよ。またお願いしたいところだね」
どうやら捕り物になるという展開はないらしく、この後は然るべき権力を持つ人間たちによる地味な捜査になりそうな予感がした。
――のだけど、待合室から警部の車に向かうまでの間、僕はなぜか腑に落ちない感じにまとわりつかれていた。
エレベーターの中、彩里花に聞かれた。
「どうしたの晃志?」
「本当に智也なのかなと思ってさ」
「何か疑問があるのか檻枷?」
「智也は羽馬勇気のシンパであったのかもしれない。だからって自分の妹を『生け贄』にしようと思うのかなと」
「妹だから、とも考えられないか? 狂信者の考えそうなことじゃないか」
「だったら、どうして智也ひとりがこの街に来たのか。そこがおかしくなりませんか? 一緒に暮らしていた方が『生け贄』にする機会だって多いはず」
なるほど、と。開いたドアから出ながらに警部が頷いた。
「いろいろなことがちぐはぐだな。『因子持ち』が確定していない者が羽馬のシンパ。その智也は兄の和也、妹の美玲からまた一緒に暮らすように、あるいは検査を受けるようにと説得されるも拒否し、激昂して美玲を噛み逃走。美玲は和也が助けを求めて叫んだことで、巡回中の警官が発見し救急車を手配。その後、妹が搬送された病院の駐車場で檻枷に襲いかかる、か」
「行動の一貫性がないように思えて」
「ふむ……」
警部は足を止め、顎に手をあてて考え込んだ。
彩里花はというと、はなから考えることを放棄しているらしく、どこか退屈そうに自分の髪をいじっている。
「彩里花も少しは考えてよ」
「あたしが考えるより晃志が考えた方が早いでしょ」
「彩里花の直感力が役立つ時だってあるんだから。今回の事件、彩里花はどう思ってるの?」
「どうって、一番気になるのはどうしてその美玲って子が襲われたかどうかじゃないの? というか、その子いくつなの?」
「これは失敬。報告を忘れていたな。篠原和也二十三歳、智也二十二歳、美玲十七歳だ。現役女子高生だな、美玲は。中々に可愛らしい顔立ちをしていたよ。よほど特殊な嗜好の者が混ざっていない限り、十人中十人が可愛いと評するだろうな」
「それなら、普通に襲われたんじゃないの?」
「築島。いくらなんでも、ここは無法の荒野じゃないぞ」
「なら、上のお兄ちゃん、和也が噛んだんじゃないの? 妹の可愛さをあまり。で、妹は兄を庇って、ふたりで智也のせいにしようとしてるんだよ」
「彩里花、それはあり得ないかな。だってそうしたら、和也が『因子持ち』ということになる。警部、美玲の体から毒は検出されたんでしょう?」
「ああ。溶血性の毒素が検出されている。詳しい結果はまだ時間がかかるが、ヘビ毒も溶血性だからな」
「むぅ、じゃあ何なんだよーっ」
「それを考えているんだ。まぁとにかく今日は解散だな。家まで送ってやる」
警部の車に乗ると、中にはまだほんのりとエアコンの効果が残っていた。
エンジンをかけてすぐ、警部が「失礼」と断りを入れ、振動している携帯電話を取りだした。
「佐々倉だ。あぁ、田崎か。どうした?」
車内。密室というせいもあり、電話向こうの声を僕の耳は拾ってしまう。
『現場を調べていたら見ていただきたい物を発見したんです。重要だと思うので見てもらいたく、今近くまで向かっているんです。できればまずは佐々倉さんひとりに見てもらいたくて』
警部が僕に眼を向けたので、僕は「構いません」という意志表示を込めて頷いた。
「わかった。見よう」
『ありがとうございます。駐車場の出口あたりでお見せしますので。では失礼します』
「……というわけだ。聞こえていたろう?」
「はい。状況はわかりました」
「いってらっしゃ~い。あたしらはここで待ってるから」
「すぐに戻る。何か重要な手がかりだと良いのだが。それにすまないな。あの田崎という新入りはどうも『因子持ち』に対して嫌悪感があるらしくてね」
「それが普通ですから」
「そうそう。あたしらは慣れてるから気にしないで」
「すまない。では行ってくる。くれぐれも、大人しくしていてくれよ?」
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