彼女の変化

「じゃあ、えっとどんな話しま……しよっか。あなた……呼び方はキミの方がいいかな。この口調だと『あなた』はなんか変な感じするというか……いい? わかった。それじゃ『キミ』って呼ぶね」


 口調変えただけで可愛さが増した気がする。やっぱりタメ口の方がいいな。


「あれ、キミなんか興奮してない? いや、してます……してるって。目がちょっと怖い」


 感情は抑えてたつもりなんだけど、どうやら顔に出ていたらしい。


「あはは。これなんか恥ずかしいね。ううん、無理はしてないよ。この口調でキミと話すの初めてだからちょっと緊張してるけど。どう? 私の話し方、変じゃない? ……自然に話せてる? そっか、よかった」


 初めてにしてはかなり自然だ。明日香って結構器用だな。


「なんだろ。見た目は同じなのに話し方が違うだけですごく印象変わるね。違う人になったみたい。これ、本当に私なのかな……キミは今の私見てどう思う? やっぱりキミもそう思うんだ。もう完全に別人だよね」


 さすがの本人もこの変化は予想外だったらしい。


「お父さんとお母さんが見たら驚くだろうなぁ。『あなた、本当に明日香なの?』ってなるよ」


 明日香の両親に会ったことはないけど、間違いなく驚くだろう。


「いっそのこと眼鏡も外そうかな。キミはまだ見たことないよね」


 彼女の言う通り、僕は眼鏡を外した明日香を見たことがない。


「外に出てるときは眼鏡してるから、見たことないのは当然なんだけど。これ? 伊達眼鏡だよ。理由は別にいいでしょ。そこまで気になる?」


 明日香はそっぽを向いてなにやら呟いている。小さすぎて聞き取れない。


「……まあ、キミならいいかな」


 ふいに明日香が言った。いったい何がいいのだろう。


「外したらわかると思うよ。私が眼鏡かけてる理由」


 そう言って明日香は眼鏡を外す、その容姿に僕はつい見惚れてしまった。恋愛ものでよくあるベタな展開だ。


「あの、そんなにジッと見られると恥ずかしい……可愛い、って言ってくれるのはありがたいんだけど、感想はあとにしてほしいかな」


 明日香は羞恥しゅうちが限界に達したのか、眼鏡を付け直した。


「もう、眼鏡外した途端にジロジロ見だすからビックリしたよ。キミも結局見た目なの? ……否定はしないんだ。まあ、私も見た目で判断することあるから、あんまり人のこと言えないけどね」


 眼鏡を掛けている理由は納得できたけど、僕は彼女との会話を振り返り疑問に思った。


「え? 確かに眼鏡をつけない方がからかわれずに済んだだろうけど、眼鏡なしだとさっきのキミみたいに結構見られてたと思うの」


 まあ確かに。ましてや声も良いとなれば尚更注目される。


「キミはなんとなくわかってると思うけど、私って人とコミュニケーション取るのが苦手だからさ。だから目立たないように眼鏡かけてるんだよ」


 なるほど。そういう人多そうだな。


「けど、ひとりでいるのも結構寂しいんだよね。だから、キミのおかげで気が楽になった。ホントにありがとう」


 明日香のような美少女に、感謝されることはおそらく今度ないと思う。発狂したい気分だ。 


「お礼にひとつだけお願い聞いてあげる。ただし、いやらしいのはなしだよ」


 さすがにそれはわかっている。せっかく築いた関係を壊すわけにはいかない。長く待たせるのも悪いと思い、僕はパッと思いついたものにした。


「本の朗読? そんなのでいいの?」


 言って正直思ったけど、ほかに思いつかなかった。


「キミらしいお願いだね。朗読ぐらいならできるけど、さすがに本一冊分は無理だよ。喉が潰れちゃう」


 それは重々承知だ。だから読んでもらい所だけ抜粋した。


「それで、どんな本を読んでもらいたいのかな。……恋愛小説? ミステリー好きじゃなかったの? ふぅん、面白かったらジャンルは何でもいいんだ。え、ヒロインのセリフを読むの? 恥ずかしいセリフとかないよね。大丈夫? キミがそう言うなら信じるけど」


 下手すれば信頼関係が壊れてしまうかもしれない。セリフは慎重に選ぼう。


「その前に小説ちょっと見せてくれない? へぇ、鞄に入ってるんだ。お気に入りなの?」


 僕は首肯して明日香に渡した。


「そっか。本はえーと、二百ページか。内容は……ん? なんだろうこの文章、過去に読んだことがあるような……あ、やっぱりそうだ」


 明日香の意外な反応に、僕はどうしたのか訊いた。


「私が恋愛小説が好きって言ったとき、読んで泣いたことがあるって言ったでしょ? その小説がこれなの」


 まさかだった。そんなことありえるのか。


「まさかキミも読んでたとはね。ネタバレ以前にもう知ってたんだ」


 明日香は懐かしむように本をめくっていく。何か目的を忘れているような……。


「この小説のヒロインって私に似てるところあるんだよね。めっちゃ内気というか、誰にも関わらないように毎日過ごしてる。……ああ、ごめん話脱線しちゃった。キミはどのセリフ読んでほしいの?」


 本当は告白のシーンを読んでもらいたいんだけど、明日香の言う「恥ずかしいセリフ」に該当すると思ってやめた。僕は読んでもらいたいべーじを指差す。


「へぇ、そのセリフ。私も好きなんだよね」


 明日香がそう言うと、ガラリと図書室のドアが開いた。誰かと思ったら司書の人だった。最終下校時間だと告げられる。


「あれ、先生? 最終下校時間ですか。あちゃー残念。いえ、こっちの話です」


 慌てて明日香が説明する。横目で僕を見ると、耳元で囁いた。


「この件はまた別の機会ってことで」


 それはいつなのだろう、僕は悪戯っぽく笑う明日香を見てそう思った。

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彼女の声が可愛いことを僕だけが知っている 田中勇道 @yudoutanaka

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