彼女のお願い
「えっと、質問はお互い二回ずつしましたよね。これで最後ですね。あなたからどうぞ」
僕も彼女の好みのタイプが気になったけど、さっきのような勘違いがあるかもしれない。僕が訊いたのは彼女と接していて一番気になっていたこと。
「私があなた以外の人と話をしない理由? なぜそんなことを訊くんです?」
彼女が初めて嫌悪感を露わにした。
「確かに、私はあなた以外の人と会話することは稀です。でも、私は別に人嫌いなわけではないんです。ただ、声が普通の人と違うから、あんまり声を出したくなくて会話を避けてきたんです。あなたはこの声が好きなようですけど」
僕には理由がわからなかった。それを察してか彼女が説明してくれた。
「私は普通に話してるつもりなのに、周りからは無理して声を出していると思われるんです。これが地声だと言うとかなり驚かれます。初対面の人は特にそうです」
彼女は一旦話を切った。軽く息を吸ってすぐに再開する。
「小学生のときは『変な声してる』って何度も言われて、中学生のときは見た目が地味だから『声はいいのに見た目が残念だ』って散々言われました」
悔しそうな顔で彼女は言う。
「だから高校は同じ中学の子と被らないように、地元から離れた場所にしたんです。声もなるべく出さないように気を付けました。どうしても話さないといけないときは、普段よりも声を低くしていました。あまり慣れていないからいつも不自然な声になってましたけど、だから結局話さない方が楽なんです」
ならば尚更疑問だ。
「じゃあ、なんで僕とは話してくれるんだ、って思いますよね。それを説明する前にひとつ確認しておきたいことがあります。私があなたと初めて会ったのはこの図書室だったんですけど、そのときのことは覚えてます?」
バツが悪くなって視線を逸らすと、彼女はため息をついた。
「その様子だと覚えてないようですね。まあ、入学してまだ間もないときでしたから無理もないと思います。そのときは今みたいに私とあなたしかいませんでした。で、あなたが本を探しているようだったので、つい地声で訊いたんですよ。『どのような本をお探しですか』って。そしたら、あなたがすごく驚いていたのを鮮明に覚えてます」
一拍置いて、彼女は話を再開した。
「後ろから声を掛けたので、最初はそれで驚いただけだと思ったんですけど……思い出しました? やはりそうだったんですね」
彼女は僕が思い出したことに少し嬉しそうだったが、すぐに表情を曇らせる。本当に喜怒哀楽が激しいな。
「その
そう言って安堵した表情を浮かべた。
「なぜなのか今までわかりませんでしたけど、今日、あなたが私の声が好きだと知ってようやくわかりました。私の声を長く聞きたかったからだって」
長く話した影響か、彼女は深く息を吐いた。
「実を言うと、私もあなたと話しているのは結構楽しいんです。この声だとどうしても人に話しかけづらくて。だから、放課後にあなたと話す時間はとても貴重なんです」
恥ずかしそうにそう言う。こっちまで恥ずかしい。
「少し長くなりすぎましたね。それでは、私から最後の質問です」
そう言って彼女は数秒間間を空ける。僕を緊張させるためにわざとそうしているのだろう。多分。
「私と、友達になってくれますか?」
ん? それって質問というより……。
「これは質問というよりお願いですね。というか、私はすでに三回質問してますから。あなたの目標、好きな女性のタイプ、あなたの好きな声がどのようなものなのか」
あ、三回目のちゃんとカウントしてたんだ。
「それはそれとして、私たちって学年は同じですけど、クラスメイトではないですし部活動にも入っていない。放課後に話はするけど、それ以外のときは会うことすらない」
確かに関係性が曖昧というのは否めない。
「だからこの際、私たちの関係をはっきりさせたいんです。『知り合い』はなんか寂しい感じがしますし、『読書家仲間』は少し堅苦しい。なので『友達』が一番シンプルだと思うんです」
そうだね、と僕は返す。
「それで、どうでしょう。私と友達になってくれますか?」
そのまま答えてもいいんだけど、僕は少しだけ悪戯心が働いてしまった。
「え、私が答えるんですか? そりゃあ、答えはわかりきってますけど……不安じゃないです。私はあなたが友達になってくれるって確信してますから。そうでしょう?」
僕は「もちろん」と言って首肯した。彼女は安心したのかへなへなとその場でしゃがみ込んだ。
「もちろん? よ、よかったぁ。もう、緊張したじゃないですか。また同じことしたら縁切りますよ。……反省したならいいです」
正直ビビった。せっかくできた友達をいきなり失うのはショックが大きすぎる。自業自得だけど。
彼女は少し考え込んで、僕に提案する。
「呼び方はどうしましょう。せっかく友達になったんですから、名前で呼び合うのが妥当だと思うのですが、あなたはどうです?」
いくら友達とはいえ、名前で呼び合うのは恥ずかしい。彼女は僕が答えあぐねているのを見て嘆息した。
「名前呼びはハードルが高いですか。では、名字かそのままかどちらにします? ……そのままでいい。まあ、いきなり呼び方を変えるのは難しいですもんね。というか、私たちまだ名前知りませんよね。呼び方はともかくして、友達同士で名前を知らないのはさすがにおかしいですよ」
それもそうだ。僕も同意した。
「じゃあ私からにしますか。私の名前はアスカです。『
彼女、もとい明日香はまるで小悪魔のように笑って言った。完全に思考を読まれている。
「今度はあなたの名前、教えていただけますか?」
僕も明日香に
「へぇ、男の子らしい名前ですね。もちろん本音ですよ」
明日香がそう言うのなら本音なのだろう。
「今日は私たち質問ばかりしていますね。しかもこれで四回目……もっと質問してる? そうでした? まあ、細かいことは気にしなくてもいいじゃないですか」
強引にまとめられた気がしたけど、それもそうだと自分に言い聞かせる。と、今更ながらに思った。
「どうしました? ……敬語を使っている理由? 今更ですね。確かに友達、というより同級生に敬語はちょっと変ですけど。両親ですか? 敬語で話してます。タメ口って言うんでしたっけ、それで話したことはありませんね。強いて理由を挙げるなら相手に合わせて口調を変えるのが面倒だから、ですかね」
なるほど。僕としては敬語もいいけど。タメ口で話す明日香を見てみたい気持ちがある。
「もしかして、あなたは私に敬語を使ってほしくないのですか? 気になって訊いただけ。友達なら、敬語を使わずに話すのが普通なのでしょうか。……多分? 曖昧な答えですね。あなた、私以ほかに友達は……いない。……け、決してあなたを傷つけるつもりで言ったわけではありませんよ。ほ、本当ですって」
僕はすでに精神的ダメージを受けたよ。明日香に罪はないけど、立ち直るには時間がかかりそうだ。
明日香は何度か謝罪して、ふいに訊いてきた。
「あなたは敬語で話す私と、そうでない私のどちらがいいのですか。深い意味はないんですけど、友達ならそれらしくした方がいいかなと思って……タメ口で話す私を見てみたい。言葉だけ聞くとなんかおかしな人ですね。ふふ、冗談ですよ」
全然笑えないよ。ただでさえ精神的ダメージ受けてるのに……。
「では、今からその、タメ口でいきます? ちゃんと話せるかわかりませんけど」
後半の言葉にちょっと不安を感じたけど僕は頷いた。
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