彼女の勘違い
「私は最近、趣味で小説を書き始めたんです。なので答えとしては『執筆』ですかね。はずれはしましたけど悪くない答えでしたよ」
手のひらで踊らされた気分だ。僕はひとつお願いをした。
「……え、小説を見せてほしい? 急にそんなこと言われても、原稿は家に置いているんです。原稿と言っても紙じゃなくてデータですけど。バックアップが取れますから。まあ、あくまでも趣味でやっているだけなので、作家になりたいとは思ってません……今のところは」
つまり今後変わるかもしれないってことか。
「あなたはどうです? 将来、こういう職に就きたいって目標はありますか? 質問、私の番でしたよね」
目標。意外と難しい質問だ。僕は考えた末「まだ決まってない」と答えた。
「まだ決まってない、その答えを聞く限りだと、まったく目標がないというわけではなさそうですね。さて、次はあなたの番です」
二回目。僕はまたベターな質問をした。
「私の一番好きな小説ですか。難しい質問ですね」
彼女は腕を組んで考え込む。
「うーん。一番好きな小説はそうですね、ええと……ダメです。決められません。私は甲乙を付けるのがどうも苦手なんです。面白くないな、と思った作品はいくつかありました。けど、それは私の感想ですし、作者の作った世界を否定しているようで複雑な気持ちになるんです。私がその人の立場になったら立ち直れる気がしません」
小説を書いた経験があるからこそ、そう思うのかもしれない。
「作家になりたいと思わないのはこれが大きな理由です。だから原稿は誰にも見せていません。……もったいない? そうかもしれませんが、趣味で書いてるだけなので……どうしてもと言うなら見せてもいいですけど」
彼女はそう言って、少し考えてから言う。
「ただ、量があるので、すべて印刷にしたら本一冊分になるかも……全然すごくないです。文章はめちゃくちゃですし、読んでも多分わからないと思います。はい、もうこの話は終わりにします。私の番ですね。質問は何にしましょう」
強引に話を打ち切り、彼女の番になった。
「あなたの好きな女性のタイプを教えてください。……質問の意図? それは三回目の質問ですか? なんでもない。それならいいですけど」
二回目でとんでもない質問をしてきたな。どう答えるのがベストなのだろう。
「特別に質問の意図を教えます。これは単純にあなたのことが知りたかった。それだけです」
僕のことを知ってなんのメリットがあるというのか。いまいち納得できない僕に、彼女が説明してくれた。
「ほら、私たちって放課後はこうやって話してますけど、お互いプライベートのことは全然知らないじゃないですか。休日の過ごし方や好きな食べ物、あとは趣味。あなたの趣味は読書家という時点である程度想像がつきますから訊きませんでした。私のように小説を書いていることも考えましたけど」
小説を書いたことは一度もない、と素直に言うと、彼女は少し気まずそうに視線を逸らす。
「書いたことはないですか。まあ読む人の方が大半ですからね。あっ。質問のこと忘れそうでした」
早く答えた方がいいんだろうけど、最適な言葉がなかなか出てこない。
「難しい顔してますね。答えたくないなら無理に答えなくてもいいですよ……って声が穏やかな人? すごい特殊な気がするんですけど、見た目は気にしないんですか? ……声の方が特徴がわかりやすい? それってどういう意味……ああ、なるほど。活発な人は声が大きいですし、消極的だと声が小さくて聞こえずらかったりしますよね。私がそうなんですけど」
自虐的に彼女が言う。でもまあ、そういう人ほどキレたら怖そうなイメージあるんだよな。そんなことを思っていると、彼女はまた質問してきた。三回目だけど僕はノーカンした。
「ちなみにどのような声が好みなんですか? 穏やかな声と言っても人によって違いがありますからね。好きな声優さんとかナレーターの方の名前でもいいですよ。有名な方なら声を聞いたことがあるかもしれません」
好きな声優やナレーターはたくさんいるんだけど、僕が一番好きなのはやはり彼女だ。
「……私? それ冗談ですよね。本気で言ってるんですか? え、それってその……え、ちょっと待って。え、え、えええええ!!!! 何が落ち着けですか! いきなり『キミが好み』だなんて……そ、そうですね。図書室では静かにしないといけませんね」
彼女の声には落ち着きがない。まだ動揺している。
「気を取り乱したのは謝りますけど、そもそもはあなたが告白みたいなこと言うから……告白じゃない? でもさっき……少し整理させてください。今の言葉は『私の声』が好きで、『私のこと』が好きという意味ではない、で合ってます? ……ですよねー」
ですよねー、が完全に棒読みだった。僕の言い方が悪かった。
「いや、あなたの言い方が悪かったとかじゃないです。私が勝手に勘違いしただけで。ああ、もう。私ったらなんて勘違いを……うう、恥ずかしすぎる」
彼女は顔を覆って何度か首を振る。少し時間が経って彼女は顔を上げたけど、頬はまだ真っ赤に染まっていた。
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