外伝 それは見事な

 すっかりと空は夜に包まれた。雲の切れ目から白い月がちらちらと辺りを照らす。俺たちはその光とわずかな街灯を頼りに、山道を自転車を押しながら歩いている。


「てか、あんなことして大丈夫なのか……。あ、大丈夫そうじゃなさうだな」


 すぐるは街灯に照らされた俺の顔を見て察したようだ。

「そりゃ、思うことが一つもないわけじゃない。だけど、あれで良かったんだ」

「モモなら許してくれるさ、自分のせいで友達が喧嘩する方が傷つく。そういう子だ」


 砕けてしまったり、シュリンクを外されたり、箱から出されたフィギアの価値は下がる。でもそれは所詮、他人からの評価だ。

 散ってしまったものは修復すればいいだけの話であって、俺にとっての価値は自分で決める。


「形あるものなんていつか壊れる運命なんだからな」誰もが知る言葉をあたかも自分が作ったかのように振る舞ってみせる。

「ま、それなら良かった。それにしても、お前は一体どこに行ってたんだ? いきなりスマホを預けて、教室を飛び出したからこっちはマジで焦ったわ」


「あぁ、すまん。写真を取りに行ってたんだ」

「写真? 何のために」

「吉岡が女優として活躍するなら、あの写真は俺が持っていたらマズイと思ってな」

 本当は土日に準備しておきたかったのだが、データを売るための作業で忙しく間に合わなかった。


「結局、渡せずじまいだったけど」

「ふーん。それより例のブツは何を用意したんだ?」

「用意はした、用意だけは……」

 歯切れが悪くなる俺。次の一言を期待して目を輝かせるすぐる。


 これ、言わなきゃダメなやつか?


「その……ついさっき粉々になった」

 すぐるに女子と仲直りするための方法を聞いた。

「はぁぁぁぁぁぁ!? あのグッズを渡すつもりだったのか!?」信じられねぇ。と続けて吐き出された。


「どんなプレゼントがいいかと聞いたら、自分で考えろって言ったからだろうが!」

 それに本当は選んでもらうはずで、バックの中にはフィギア以外にもストラップやアクキーなども入れておいた。


 呆れ顔で「女心ってやつを勉強した方がいいな。お前は本当に」と溜息をつかれた。


 言い訳をしようとした瞬間

「あのな、これには海よりも深い理由が――」

 突風が辺りの音をかき消した。


 左手に見えていた黄金のススキ草原が風にたなびく。俺は思わず言葉を失った。


 しかし、すぐるは少しも気にする様子もなく先に進んでいく。ある程度進んでから足を止め「おーい、どうした?」なんて言ってきた。


 情緒が分からんやつめ。お前こそ、勉強した方がいい。と思いながらも、すぐるの元に駆け出す。


「お互様だな」

「言ってる意味、分かんねぇ」


 まぁ、いいか。


明日から楽しみだな!!」

「オレはこれから先が不安だよ」と再び大きな溜息をつかれた。


 お前が言うな。と思いながら、なんとなく空を見上げた。


 ちょうど雲の隙間から月がのぞく。それは見事な満月だった。

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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。 ななしのさん @y7371082

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