第29話 メスガキってなんぞ
今日も今日とて、男たちのためにならない議論が始まる——
「メスガキについてどう思う?」
いつもと違ったのは、議題を上げたのが眞也ではなく将生だったこと。
「は? なんだそれ」
「将生くん……君はロリコンだったんですか」
俺は知らなかったが、徹は『メスガキ』を知っているらしい。ロリコン……ロリ……ガキ……なるほど、じゃあメスってのは女って意味か。え、それロリと何が違うの?
「ちげーよ。昨日ネットサーフィンしてたらよ、そんな広告が流れてきたんだよ。……絵はなかなか良かったぜ」
「楽しんでるじゃないですか」
「おーい、話についていけないんだが。そのメスガキ? ってやつはなんなんだ?」
「眞也くん、ご存知ないのですか!? メスガキとは、最近流行っているジャンルの一つです、大人を揶揄うような生意気な女の子のことですよ」
ことですよ、と言われても。大人を揶揄う、生意気な女の子? 何がいいんだろうか。
「それで、具体的にどんな感じなんだよ」
「おっ、眞也も興味津々だなぁ。このムッツリさん!」
「ちげーよ。それだけの説明じゃいまいちピンと来てないんだよ。俺も話に混ざりたいからさ、教えてくれよ」
「……可愛いなお前」
「可愛いですね、眞也くん」
「え、なに」
急に二人が俺を愛でるような目で見つめてくる。男にそんな見つめられてもキモいだけだ。
「ったく、しょうがねえなあ。徹。眞也にメスガキとはなんたるかを教えてやってくれ」
「はぁ、結局僕ですか。……先ほども言いましたが、メスガキは大人を揶揄うような生意気な女の子です。基本的にマセているんですよ。そんな自分より小さい女の子が、女性経験の浅い男を揶揄うんです。童貞だとか、大人のくせにーだとか。そして、ここからがメスガキジャンルの素晴らしい点です! そんな生意気な女の子を、屈服させるんですよ! この逆転がたまらないんです!」
徹は嫌々説明の役を受け入れたかと思えば、早口で話し始め、最終的にはテンションがおかしなことになっている。
うーん、なんとなくわかった気がする。しかし、徹はSっ気だったんだなあ。
「おい、待てよ徹。そのまま女の子に為す術もなくやられるのがいいんだろうが。俺より体が小さいくせに、クソ……! っていうのがたまらないんだろ!?」
「僕を君のような変態と一緒にしないでください」
「なんだと!」
「あんたら両方やばいよ……お昼の教室でどんな話してんのさ」
二人の会話がヒートアップしていくかと思われたが、そこにストップをかけたのは、席に戻ってきた沙樹だった。二人に対してかなりドン引いた顔をしている。致し方ない。
「なんか最近流行っているっていう、メスガキについて話してるんだよ」
「……メスガキ? なにそれ」
「俺も今初めて知ったわけだから、詳しいことはコイツらに聞いてくれ」
「なんだなんだ、影野も知らないのかー? ギャルは流行には敏感じゃないのかよー」
ギャルが流行に敏感だったとしても、流石にそのアンテナの範囲は決まってるだろ。とツッコミかけたが、沙樹が「うっさい」と短く言い放ったので、俺はよしておいた。
「それで、なんなのそれ? メスガキっての」
「大人を揶揄う生意気な女の子のことですよ」
「なにそれ? よく分かんない。例を出してよ」
「うーん、そうだなぁ。代表的なのは、『ざぁこ』ってやつだよな!」
「うわきっしょ」
突然、将生が吐息混じりにセリフを吐くものだから、咄嗟に罵倒な言葉が出てしまった。
「おい、酷えぞ眞也! オレはお前たちが分からないっていうから、演ってあげただけなのによぉ」
「ザコって言われるのがいいわけ?」
「うーん、まぁそうですね。さっきのは将生くんだったからあれですけど、例えば影野さんのような方が言ったものあれば、それはいいものなのですよ」
「ふーん、そうなんだ」
一瞬、沙樹がこちらをチラッと一瞥したかと思うと、すぐに元の向きに戻り、彼女は一息吸って言い放った。
「ザコが。死ねよ」
「いや、それは多分違うと思う」
「え、でもザコってそういうことじゃないの?」
思わず違うと言ったが、実際のところは俺も分からない。なので、正解を知る将生を見ると、なぜか恍惚した表情を浮かべている。
「……いやー、よかった。うん、よかった。オレが求めてたのはこれだったのかもしれない」
「ドMじゃねーか」
「ありがとう影野。オレは新たな境地を開拓したかもしれない」
「ふーん、じゃあ私があんたを痛めつけてやろうか?」
「……へ?」
新たな声が俺たちの会話に参加してきた。声の主を辿ると、そこには青筋立てた表情の将生の彼女が立っていた。
「なに他の女に罵倒されて喜んでんだよ! 今から私が存分にあんたの馬鹿さ加減を教えてやるから、来い!」
「ま、待ってくれ、マキ。ただ罵倒されるのとは訳が違う——」
「うるさい!」
ずるずると引き摺られていく将生を、俺たちは苦笑を浮かべて見送る。
「まったく、将生くんは分かっていませんね。先の影野さんのセリフを受けて、いかに一転攻勢するかが重要なんですよ」
「へぇ、具体的に教えて」
「いいですか? 死ねとまで言ってくるほど自分のことを嫌っている現状ですが、男の強さというものを教えてやることでですね、あんなこと言ってごめんなさいって言えるようにす……る……」
「男の強さって何? もっと分かりやすく教えて」
先ほどから徹が会話していた相手は、俺でも沙樹でもなく、いつの間にか傍に来ていた徹の彼女だった。怒っている気配はないが、会話の内容が内容だけに、徹は脂汗を流している。
「えっと、つまりは、その……」
「……そう。私にはお話できないのですね。がっかりです」
「ま、待ってよシズカさん! 僕の話を聞いてよ!」
冷たい目つきで徹を睨んだ後、教室から去っていく彼女を徹は必死に追いかけていった。
残された俺と沙樹は、互いに顔を見合わせて苦笑する。
「浅野もああいうのが好きなの?」
「結局よく分からなかったからなあ、なんとも言えねえ」
「ふーん」
ここで一旦会話が終了したと判断し、沙樹は自分の席に座る。
「そういえば、将生と徹は沙樹のこと影野って呼ぶんだな」
「当たり前でしょ、そんなに親しくないんだし」
「でも前に、俺には影野って苗字が嫌いだから名前で呼んでって」
「……そ、それは本当! でも、誰彼構わずそうお願いしてるわけじゃないってこと」
うーん、その基準がよく分からない。当時の俺はそんなに沙希と親しかったわけじゃないと思うが。
「なあ、俺も影野って呼んでいいか?」
「……は? なんで? もしかして、アタシと仲良くしたくないってこと……?」
青ざめた顔で聞いてくる沙樹に、俺は慌てて否定する。
「違う違う。ただ、その、なんだ。クラスメイトの女子の名前を呼び捨てするの、なんか恥ずかしいなって」
「ふ、ふーん。なるほど、そういうことねー。……へ? どうして急に……今まではそんなこと……」
突然考え込み始めた沙樹は、ぶつぶつと何かを呟いてる。
「どうした? 後半、聞き取れなかったんだけど」
「な、なんでもない。とにかく、アタシのことは名前で呼んで。苗字は嫌いなんだってさー」
「あー、了解。悪いな、急にこんなこと言って」
「……まったくよ。こっちは色々と考えないといけないことができちゃったし」
やはり最後の方は聞き取れない。怒らせてしまっただろうか? もうこの話題を持ち出すのはやめようと、心に決めたのであった。
* * * * *
放課後、今日は日直だったため、日誌なるものを書く必要があった。今日はどんなことがあったかを書くのだが、こんなルーティングが決まった日々に、どんな差異を見出して言葉にすればいいのか。俺は日誌が苦手だった。
「なあ、校門前に可愛い女の子がいるらしいぞ。近くの中学校の制服を着てたってさ」
「誰かの妹なんじゃね? 合流してどこか行くんだろ」
「じゃあ話しかけてもダメかー。そりゃ先約あるよなー」
日誌に苦戦していると、クラスメイトの会話が耳に入ってきた。中学生で、可愛い女の子? 珠白か? スマフォを確認するが、メッセージは来ていない。じゃあ違うのか?
おっと、そんなことより日誌を書かなければいけない。適当に当たり障りのない文章を連ねていく。
日直の仕事を終えると、すでに教室から俺以外の生徒は消えていた。昇降口へ向かうと、最近恒例になってきた玲愛の笑顔が迎えてくれる。
「遅いですよ、先輩」
「すまん。日直の仕事があってな。てか、ラインに遅れるかもって送っただろ?」
「それでも甲斐甲斐しく待っている後輩、可愛くないですか?」
「はいはい。それじゃあ、帰ろうか」
「……もう。相変わらずいじわるですね、先輩」
先輩を揶揄うなんて、生意気だなあこいつ。可愛いから許すけど、本人に言ったら調子に乗るため、心の中でだけ思っておく。
玲愛と一緒に校門へ向かう。
そういえば、中学生の女の子がいるんだっけ?
教室でクラスメイトが話していた内容を思い出した俺は、軽く辺りを見渡したが、それらしい人影はなかった。もう誰かと合流して、帰ったのだろう。だとすると、やはり珠白ではなかったみたいだ。
珠白とすれ違ってしまう懸念は解消された。俺は一安心して、玲愛との下校を続けるのであった。
恋愛感情を置き忘れてきた俺は青春を謳歌できるのか 土車 甫 @htucchi
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