第7話
最悪の掟破りだ。非合法の組織だからこそ裏切りに対しては厳しい。仲間を売ったとなればまず間違いなく粛清だ。
「盗賊ギルドの方が二人、神殿に忍び込み人を殺めて盗みを働いた。ギルドに知られたらいくら幹部候補とはいえ、粛清は免れないでしょうね」
「わかりきったことをご教授くださりアリガトウゴザイマス」
「礼には及びません。本題はこれからです」
涼しい顔で聖女は受け流した。
「私はこの件を誰かに話すつもりはありません。あなたのおっしゃる通り、使いもしない祭具や無駄に豪華な装飾品が一つや二つなくなっても誰も困りません。現にひと月近く盗まれたことにすら誰も気づかなかったのですから」
「それはどうも」
心にもない礼の言葉を口にして、シャオは首を傾げた。
「……で、その見返りに俺は何をすればいい?」
「話が早くて助かります」
「そりゃそうだろ。盗みだけならまだしも、人を殺しているんだ。いくら女神様が慈悲深くてもタダで解放されるなんて思っちゃいない」
祭壇、つまりは聖女の方へと歩を進める。足取りはゆったりとしているが、何が起きても対処できるよう油断なく気を配っていた。緊張していることをおくびにも出さず、シャオは笑んだ。余裕と嘲弄を込めて。
「何をしてほしい。肥え太った貴族どもから金銀財宝をいただいてこようか。権力をかさにきたお偉い司祭さん達の弱みでも探ろうか。それとも、」
足を止め、こちらを見上げる聖女の顔を覗き込む。自分でもわかるくらい下卑た笑みを浮かべて、囁いた。
「あんたにとって都合の悪い奴を消そうか」
下衆な提案に対しても、聖女の表情は揺るがない。透き通った蘭鉱銅色の瞳には、嫌悪や侮蔑の色もない。ただ氷のように冷めきっていた。
「あいにくどれも的外れね。あなたには、私の護衛役になっていただきたいの」
「あーなるほど。聖女様は恨みを買われる方なのか」
「先月の襲撃事件でかなりの神官兵が命を落としました。神殿は人手不足。猫の手でも借りたいところよ」
「ノミがついてない分、猫よりはマシだがね。そういうのは傭兵ギルドに相談した方がいいんじゃないかな」
「表立って依頼できないから、あなたに頼んでいます」
感情を押し殺した淡々とした口調だ。
「報酬は『この神殿からあなたが盗んだもの』でいかがかしら」
「目をつぶってくれるってこと?」
「破格の条件でしょう」
「それはどうかな」
間違いなく好条件だ。神殿の物を盗んだだけで縛り首に値する。それを、たかが護衛の仕事で水に流してくれるという。
素直に応じられないのは、矜持と疑心故。単純に歳下の小娘の言いなりになるのが癪だということと、話が美味過ぎて怪しいためだ。
「これでも俺は盗賊だ。盗賊が一度盗んだお宝を『はい。どうぞ』って返すとでも? 依頼の対価にはならないよ」
整った鼻梁が微かに歪められる。
「なら、仕方ありませんね」
青白い手がシャオに向かって伸ばされる。避けられるのに動かなかったのは、余裕の現れであり敵意を感じなかったからでもあった。
細い指先をシャオの頬に添える。聖女は目を閉じ、もたれるようにして身を寄せた。
「……なに、を」
言葉は塞がれた。柔らかい感触がした。焦点も合わないほど近くに聖女の顔がある。唇を重ねているのだと、そこでようやくシャオは理解した。あまりにも遅い思考だった。
心臓が高鳴り、頭に血が上る。酩酊感に似て非なる眩暈。混乱の中、甘い香りが鼻腔を掠めたーー舌に刺さるような痺れも。
シャオは華奢な身体を突き飛ばした。口元を押さえて、激しく咳き込む。そんなシャオを不思議そうに聖女は眺める。
「あら? キスは初めて?」
「いやさすがに初めてじゃないけど」
毒だと直感した。今、この聖女は自分に毒を盛りやがったのだ。清廉そうな顔をして!
「そうじゃなくて! 何を飲ませ、」
「毒薬です」
しれっと聖女は答えた。悪びれる様子は全くない。
「猛毒です。解毒剤はありません。意識を失う直前に天にも昇る心地を味わえるそうですが、いかがですか?」
急速に冷えていく身体が、聖女の言葉を肯定していた。指先から感覚が消えていく。シャオはその場に崩れ落ちた。床に強かに打ちつけたはずなのに痛みすら感じない。
「う、そだろ……」
意識が遠のいていく。抗う気力ごと根こそぎ奪われ、急転直下で闇へと堕ちた。
全知無能の神に代わって 東方博 @agata-hirosi
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