第2話

「はぁ、ひどい目にあった」

「まったく驚きましたよー。先輩が無断欠勤してるから見つけて来いって部長に言われて探していたら、まさか亀甲縛りで吊るされて金髪碧眼の美少女にムチで叩かれて悦んでいるとは……夢にも思っていませんでした」

「悦んでねぇ! あれは拷問されていたんだ、拠点を吐けって!!」

「なら良かったじゃないですか、脱出できて。ワ・タ・シのお陰で!」


 そう、俺はなんとかあの地下室から脱出することができた。このちょっと生意気な後輩ちゃんのおかげで。

 …… まさかこの歳になって、 縄抜けなんていう曲芸をするとは思ってもいなかった。


「いいから前を見て運転しろよ」


 俺は、後輩ちゃんの運転するトヨタ・プロボックス(我が社の社用車。走行距離7万km超え)の後部座席にぐでーっと横たわりながらそう返事をする。


「はいはい、分かってますよ。……おっと」


 後輩ちゃんがそう言うとプルプルとどこからか電話の着信音が聞こえてきた。

 彼女はポケットをまさぐりスマホを取り出すと画面をチラリと眺めては、ポンとそれをこちらに投げてよこした。


「うわっ! いきなり何すんだ」

「私運転してるんで代わりに先輩が出てくださいよ。……早く出た方がいいですよ。部長からですから」

「……部長!?」


 俺は慌ててスマホを拾い上げると恐る恐る通話ボタンを押した。


「……はい、もしもし」

『あらぁ、その声は古巣君かしらぁ~。

 ……貴方3日間も連絡も寄越さないで、何処で何をしていたのかしらねぇ~?』


 ヤバい、静かにぶちギレていらっしゃる。


「いや、その。

 実は天使に捕まって拷問されてまして」

『あらぁ、そうなのぉ~。まあ~取り敢えず会社に出ていらっしゃい』


 それだけ告げるとブツッと一方的に切られてしまった。

 俺は後輩ちゃんにスマホを返しながら呆然とつぶやく。


「お前のせいで俺の人生終わったかも知れん」

「それはこっちのセリフです。

 勝手に私を巻き込まないで下さいよ」


 俺は頭を抱えて嘆く。

「畜生、なんでこんなことに……」

「自業自得じゃないですかね?」

 そこに後輩ちゃんの容赦ない一言


 ……どこかにこんな俺を慰めてくれる優しい女の子はいないものだろうか。


 ****


 その日の夜、俺は一人ほろ酔い加減でとある繁華街をフラフラと歩いていた。


 結局あの後会社に出頭してすぐに、我が社の重役会議が行われていた会議室に放り込まれて、詳しい事情を説明させられたのだ。


 社長以下重役たちも皆が年季の入った悪魔であることには変わりなく、なかなかブラックな処罰も話し合われていたが、 意外なことにうちの部長が庇ってくれ俺の処分は停職3日と反省文に留まった。


 そんな部長に感謝して、家に帰って真摯に反省する――訳もなく。俺は身なりを整えると一夜の癒しを求めて盛り場へと飛び出したのだ。


 そして俺がやってきたのは日本有数の繁華街。しがないサラリーマンから、ヤクザ屋さんに政治家まで楽しく遊べる大人のテーマパーク。

 ここで必要なのはただ一つ、金だけだ。


 ………… そこで金のない俺なんかは、チェーン店の安酒場で1杯150円のハイボールを1皿400円の唐揚げをツマミに流し込みながら、ここ数日のうさを晴らすのだった。


 ****


 それからしばらくその店にいたが、 いい加減バイトの女の子の太ももを眺めているのにも飽きたので、会計を済ませ店を出ることにした。


 そして次はどの店に行こうかとふらふらと道を歩いていると、 脇道から何やら男の怒鳴り声が聞こえてきた。


 どうやら女が1人、チンピラ風の男3人に絡まれているようだ。

 その女は、男に囲まれているのでよくわからないが、なかなか良いスタイルをしていた。


「うーん。美人ぽいな、これは助けに入ればいい思いができるかもしれない」

 そう思った俺はさっそく助太刀に入るため、路地裏に入っていった。


「おい、兄ちゃんたち。

 女の人が嫌がっているじゃないか。離してやりなよ」

 俺がそう声をかけると男たちは振り返った。


「あん?なんだテメエ」

「正義気取ってんじゃねえぞ、コラァ!」

 3人ともガラが悪い。


 だが、それがどうした。

「悪いことは言わない、その人を離せ。

 そうしたら見逃してやるぞ」

 ここぞとばかりイキってみせる。

 そして近くで見た女はやっぱり美人。


 年齢は20代後半くらいか。

 胸は控えめだけど、スラッとしていて脚が長い。

 黒髪ロングヘアに切れ長の目、 鼻筋は通っていて、薄い唇が色っぽい。

 服装は光沢のある黒いドレスを着ていた。この辺で働いているのかもしれない。


「へっ、お前こそ命が惜しかったら今すぐ失せるんだな」

「そーだぜ! お前みたいなヒョロい奴相手にビビッてられっかよ」

「そうだ! 俺たちはこう見えてもそこそこ名の通ったチームなんだぜぇ」


 確かに3人の見た目はそれなりに強そうに見える。

 でも、所詮はチンピラ。

 悪魔としての力を少し解放してやれば軽く捻れるだろう。


「そうか……なら仕方ないな」

 俺はそう呟くと、おもむろにジャケットを脱ぎ捨てた。

「おっ、何だよ。やる気になったのかよ」

「ああ。俺はフェミニストだから女性を見捨てることなんてできないんでね」

 そう言ってニヤリと笑う俺。


 すると男達は一瞬ポカンとした表情を見せたあと、大声で笑い出した。

「がはははっ!! おめえバカじゃねぇの!? そんな細腕で俺らに勝てると思ってんのかよぉ?」


「……」

 俺は無言のまま、シャツの腕をまくり上げた。


「けっ、今度は無視ですかぁ?」

「いい度胸してるなお前。まあそういうことなら……」

「相手になってやんよ!!」

 リーダー格の男が拳を振り上げて殴りかかってきた。

 俺はそのパンチを避けつつ、 無造作に相手の胸元を掴み持ち上げる。


 顔を真っ赤にさせて宙に浮いた足をジタバタさせるリーダー格の男。

 それを見てうろたえるその他2人の男に対して俺は静かに語りかける。


「この場は俺に譲ってくれよ。そしたら誰も怪我をせずに済む。そうだろう?」

「ひぃっ……」

「わ、わかった」

 2人はあっさりと逃げていった。


 そして俺は地面に降ろされたリーダー格の男は、 俺の顔を見るとブルッと体を震わせ、そのまま一目散に逃げていくのだった。


 その様子を見て、俺は満足げに微笑む。

 これで美女を助け出すことに成功したのだ。

 俺は脱いだジャケットを拾い上げると、 呆然と立ち尽くす美女の肩にかけてやった。

「大丈夫でしたか? お嬢さん」


 そう問いかけると、 彼女はハッと我に返り、俺に向かって頭を下げてくる。

「あの、ありがとうございました」

「いえ、気にしないでください。

 困っている人を助けるのは当たり前のことですから」

 ここで精一杯爽やかさをアピールする。なんせこの後良い思いができるかどうかがかかっているんだ、いくらだって善人を演じてやる。


「本当に助かりました……。

 何か御礼をさせてください」

「そんな、悪いですよ」

 遠慮しますというポーズを取りつつも内心ではガッツポーズをする。


「 私この先で小さなお店をやっているんですけれども。

 よければ飲みに来てくださいませんか? サービスしますので」

「本当ですか! それは嬉しいですね、是非行かせてもらいます」

「よかった ! では、行きましょうか」

 こうして俺は下心を多分に抱きつつ彼女の後に着いて行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こちら大門マ材派遣(株) ほらほら @HORAHORA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ