こちら大門マ材派遣(株)

ほらほら

第1話


 大都会の片隅、古ぼけた雑居ビルにそれはあった。……古の悪魔達の巣窟である。


 人間の悪しき感情を利用し食いものにする存在、悪魔。 遥か昔から恐れられてきた彼らは、今も確かに存在する。

 悪魔たちは今日も人間たちを悪の道へ誘う。


 この物語は、現代社会に蔓延る闇に蠢く、この世の者ざる悪魔たちの物語である。


 ****


「やっと来たんですか先輩」

 始業時間ギリギリに部屋に入ってきた俺にそう声がかかる。

「何だ後輩、俺らは働きアリの如く毎日毎日あくせく働いてんだよ!

 たまにはゆっくり出社してもバチは当たらないだろ」

 そう、遅刻はしていないのだ問題は無い。


 ここはとある街の寂れた雑居ビルにある派遣会社。

 そこに勤めている社員たちの間で俺は死神ならぬ死ぬ神と呼ばれている。……何故だ。


「そんな気も態度だと本当にリストラされちゃいますよ」

「失礼な奴め……これでも昔はバリバリの営業マンだったんだぞ?」


 そう言いながら机の上に置いていた缶コーヒーを一口飲む。あーうめぇ。


「今はただの社畜ですよね」

「うぐっ……」

 俺の後輩にあたる事務の女の子から痛恨の言葉を浴びせられる。悲しいけど事実だから反論できない。


 と、そこへ眼鏡をかけたスーツ姿の妖艶な雰囲気の女性が現れる。彼女は我が社の営業部長である。


「はい、じゃあ今日のミーティング始めるわよぉ〜」

 俺たちは席について彼女の話を聞く。

「え〜っと……今月の契約数だけど……」

 部長は手元の資料を見ながら話をし始めた。


 ……のだが、ここで問題発生。資料の一部が見当たらないらしい。どうやら誰かが持って行ったようだ。

 部長の額に青筋が見えるような気がするが気にしないことにする。


「あらあら困ったわねぇ〜誰が持っていっちゃったのかしらぁ〜?」

 口調こそ穏やかだが目は笑っていない。むしろ殺意すら感じる。


「あの、僕ちょっと見てきましょうか?」

 手を挙げたのはうちの課の若手。彼は女性社員に人気の高い男だ。性格も良いし見た目も悪くない。しかも高学歴ときたものだ。


「あら、いいの? 助かるわぁ〜」

「いえいえ、これくらい当然です」

 笑顔で答える彼を見て心の中で舌打ちをする。

「ではお願いしますねぇ」

「はい、任せて下さい」

 爽やかな笑顔を浮かべて彼は部屋を出て行く。


 ……と、その時。バンッ!!!! と部屋の扉が大きな音を立てて勢いよく開いた。そこには怒り狂った様子の社長がいた。


「えぇい!! 古巣は居るか!!」

 鬼の形相とはまさにこの事だろう。あまりの怒りっぷりに全員が固まる。

 ちなみに俺、古巣修一郎の39歳。独身彼女なし。趣味はゲームとアニメ鑑賞。特技は早寝すること。好きな言葉は『いのちだいじに』。


「おい! 聞いているのか古巣!」

「ひゃいっ!」

 思わず変な声が出る。やばいやばすぎる。

「この契約お前が取ってきたそうだな!」

「そ、それが何か……」

「なんなんだこれは!」

 そう言って目の前に出されたのは先日俺が取って来た契約書である。


「何って……普通の契約じゃないですか」

「ふざけるな! 天使絡みの案件じゃないか!!」

「え? おかしいな……ちゃんと確認したはずなんですけど」

 そう言う俺の顔からは冷や汗が流れ落ちる。やべーやっちまったかもしんねーぞこれ。


「この馬鹿者が!!! こんなもんどうすんじゃボケェエエッ!!」

「すいませんっしたあああっ!!!」

 俺は全力で土下座をした。


 この物語は、現代社会に蔓延る闇に蠢く、この世の者ざる下っ端悪魔たちの物語である!!(2回目)。


 ****


 さて、実は俺は悪魔だ。というかこの会社の従業員はほとんどが悪魔である。

 この現代社会に悪魔とはなんぞやと思われるかもしれないが我々の同族は意外とあちこちに存在し人間社会に溶け込んで生活している。


 普段は魔界と呼ばれる異界で暮らしているのだがある事情により人間界での悪魔の数は増加傾向にある。


 と言うのも人間が純真無垢だった頃ならいざ知らず、今時は人間の方が悪魔よりずる賢かったりするもので 、悪魔に頼る人間がいなくなってしまった結果、魔界も不況真っ盛りなのだ。


 そこで魔界の偉い人達は考えた。こちらから営業をかけて仕事にあぶれた悪魔を出稼ぎに行かせようと。


 その結果人間界の日本に設立されたのが俺の勤める大門人材派遣(株)だ。

 表向きは普通の人材派遣会社として活動し、その裏では悪魔の力を借りたい人間を探しだし、対価と引き換えに契約を結び力を貸すと言うことをしていた。


 そこで実際の契約を結ぶ悪魔を斡旋するのが俺の仕事だったんだが……


「あぁ、もうダメだぁおしまいだぁ……」

「しっかりして下さい先輩」

「だってよぉ〜あの社長めちゃくちゃ怒ってたぜ? 絶対クビだよクビ。明日からどうやって生きてけばいいんだよぅ……」

「大丈夫ですよ〜きっとなんとかなりますって〜(棒)」


「なんとかなるもんかぁああぁぁぁぁぁ」

「ほら元気出して下さい」

「うわぁぁぁぁん」

 情けない声を上げながら泣き崩れる俺。

「でも本当にどうしましょうか」

 困ったように頬に手を当てる後輩。

「気になるあの娘と両思いにっていう簡単な依頼がまさか相手が天使だったなんて!」


 そう、悪魔がいるならもちろん天使もいる。

 数は悪魔より少ないが天使も天界から人間界に降りてきて活動しているのだ。


 目的は知らない。


 何せあいつらはこちらが悪魔と気づくと話も聞かずに襲いかかってくるのだ。

 全くたまったもんじゃない。

 だからうちの会社では天使の関わる案件は一切受けないことにしていたのだ。

 しかし、今回ばかりはやってしまった。


「どーすっかなぁ……」

「まぁ過ぎたことは仕方がないですけど……」

「「はぁ……」」

 俺たちのため息が虚しく部屋に響く。


「古巣君ちょっといいかしらぁ~」

 部屋に入ってきた部長から声がかかったのはそのすぐ後のことだった。

 嫌な予感しかねぇ。


 俺は恐る恐る振り返り返事をする。

 そこには腕を組み仁王立ちした部長がいた。

 さっきの件についてだろう、俺はゴクリと唾を飲み込む。

 一体何言われるんだ? どんな無理難題を押し付けられるんだ?

 心臓がバクバクと音を立て始めた。あ、ちょっとやばいかも。


 部長はコホンと咳払いをし言った。

「実はね……君が取ってきた案件だけどぉ」

「え、あ、はい」

 俺は身を固くしながら次の言葉を待つ。

「君に行ってもらうことになったからぁ~」

「はい?」

 突然放たれた一言に思わず固まる俺。今なんつったこの人?


「聞いてるのぉ~? 貴方に言ってるのよぉ~、古巣君」

 あ、やっぱり俺なのか。


「あ、いや……俺は内勤……」

「兎に角もう決まった事だからぁ~

 …………責任は自分で取れよ?」

 最後だけドスを効かせて言う妙齢の美女、……マジおっかねぇ…………


 しかし俺にも言い分がある。そもそもこっちだって好きで取ったんじゃない。

 そうだ。あれは不幸な事故なのだ。

 そうでなければおかしい!! 絶対に!


 しかし、今更後悔しても時既に遅し。一度失った信頼は二度と取り戻せないのだから。


 ****


 さて、話は数日遡る。

 俺はいつも通りパソコンに向かってひたすらマウスをクリックし続けるだけの地味な作業を繰り返していた。

(退屈だなぁ……早く定時にならないかな……)


 そう思いながらディスプレイを眺めていると一通のメールが届いたことを知らせるアイコンが表示された。


 俺はすかさずその通知をクリックし内容を確認した。

 するとそこには『お仕事の依頼です。連絡お待ちしています』

 と表示されていた。どうやら新しい依頼らしい。


「おっ?久々じゃねえか」

 俺は早速その依頼主に電話を掛けることにした。

 悪魔との契約には対価が必要だ。契約の内容によって支払われる対価は異なる。そしてその報酬額を決め悪魔を斡旋するのが俺の仕事だった。


 今回の相手はかなり若い男だ。

「もしもし」

「こちら大門人材派遣です。

 この度はご連絡ありがとうございます」

「あの、僕、田中と言いますが」

「はい。本日はどのような要件でしょうか」

「実はですね……」


「という訳なんです!」

「成る程、つまり貴女は好きな女性と両思いになりたいと」

「そうなんですよ〜。でもどうしたらいいかわかんなくて」


 俺はしめしめとほくそ笑んだ。

 なんせこういう依頼は単純で良い。

 それに一瞬でも両思いなればそれでミッション達成。後のことなんてアフターケアの範囲外だ。

 悪どいって? 悪魔ですから。


 本来ならここで詳しい調査を行うべきなのだが……

 だが残念なことに悪魔だらけのこの会社にも就業時間というものがあるのだ。(と言っても人間界での労働法に従う義理はないのだが)


 俺は定時で帰りたい。


 なので詳しい調査は実際に派遣される悪魔にやってもらおう。

 そう思い俺は適当に依頼内容を記録に残したのだった。


 …………はい100%俺の過失でしたね。


 だが、まだ挽回のチャンスは残っている。

 何故なら今回は、まだ契約に至ってないからだ。今ならばまだ頭を下げれば断れる。


 ****


 という事で、今俺は依頼者の自宅を訪れたのだ。


 チャイムを鳴らそうとすると、扉越しに不審な音がしたものだから扉を少し開けてみる。

 すると、玄関で依頼者の田中さんとおぼしき青年が一人の金髪少女にしばき倒されていた。


 俺は恐る恐る少女に尋ねる。

「あの、お嬢さん。何をなさっているので?」


 すると彼女はギロリとこちら振り返る。


 人形の様に綺麗というのはこういう事かと思った。

 年の程は、十六、七くらいだろう。

 金髪碧眼に透き通る様な白い肌、

 意思の強そうな瞳を長いまつ毛がより一層際立たせている。

 俺もそこそけ長く生きているがここまでの美少女にはなかなかお目にかかった事はが無い。


 彼女は俺を一睨みして言った。

「こいつからストーカー被害を受けたのよ。だから私に近寄らない様に言い聞かせているの。

 あんたこそ誰なの? 私の邪魔する気!?」


 不味い、こいつ天使だ。

 そう気づいた俺は急いで逃げようとする。


「い、いえ~。 どうぞご自由に……では私は……」

 失礼しますと逃げ出すつもりが、田中の野郎が余計な事を言う。

「た、助けて下さい!! 貴方悪魔ですよね、今日来るって言ってた!」


 天使の視線が一際鋭くなる。

「へぇ、悪魔。悪魔ねぇ……。

 ふぅん、そういうこと」

 彼女の目は獲物を見る目になっていた。


「いやいやいや、誤解ですから!!」

「問答無用!!」

 俺は必死に弁明するが、もはや手遅れであった。


「うわぁぁぁぁあああ!!!」


 こうして俺の平和な日常は終わりを迎えたのだった。


 ****


 その後、俺は美少女天使にお持ち帰りされた。

 ウハウハな意味じゃない。捕虜としてだ。そして現在、俺は絶賛拷問を受けていた。


 連れて来られたのは何処かの教会の地下室。

 そこで俺は宙吊りにされ乗馬鞭を持った彼女に叩かれている。


「や、止めろぉ。聖水に浸けるだなんてそんな……」

「だったらさっさと吐け。貴様達の拠点を!!」

「だからそんなの無いって!」

「嘘をつくな!! 貴様達悪魔が人間界で最近蠢動している事は掴んでいる。だからさっさとい言え!!」

「知らないものは知らない!!」

「この悪魔め! ならば、もう死ねぃ!!」

「ぎゃあぁぁああ!!!」


 結局この後、三日間俺は吊るし続けられた。

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