第8話 暗殺計画と美少女

 小6の頃、両親を戦争で亡くした。先にこの田舎に疎開していた俺は生き残り、ばあちゃんと二人暮らしをしている。


 駄菓子屋のすぐ奥が俺の家。店と家の境は暖簾のれんだけ。中学の夏休みなんかは家でそうめんを食べていると友達が菓子を買いに来て、声を掛けられることもざらにあった。こっ恥ずかしかったことを覚えている。


 今日もいつものようにばあちゃんと晩飯を食べて、テレビを見て、後は風呂に入って寝るところだけど今夜は違う。


 「ばあちゃん、ちょっと出掛けてくるわー」


 昭和から切り取ったみたいにちゃぶ台でお茶を飲んでるばあちゃんに声をかける


 「しんじぃー、どこ行くー」


 「なんか友達が話あるって」

 

 「ほー、おなのこか?」


 「いやーそれがわからね」  


 「はー?」


 俺は半ば強引に家から飛び出して、アイスケースから佐倉が当てたアイスと保冷剤を袋に詰めて、自転車を走らせた。


 光の粒が舞う蛍の田園を進み、暗がりに佇む山の巨影に到着。


 お化けが出そうな石段の階段を駆け上がると古いけど立派な神社がそこにはある。その手前、賽銭箱をに股を広げて段に座っている佐倉がいた。


 「よお、アイス持ってきてくれたか」


 黒いキャミソールに白い短パン。色々と剥き出しの、目のやり場に困る格好。


 「なんか蚊に刺されそうな格好」


 「自分で言うのも難だがオレの血はあいつらには不味いと思うぜ。ハハ」


 反応に困る謎のジョークに俺は苦笑いするしかない。


 佐倉の真横には絶対に外に持ち出してはいけない生徒名簿の他に、それまた怪しい古い本が何冊も積み上げられていた。きっと佐倉がこれから語るであるであろう、計画の資料なのだろうか。


 とりあえず俺は頼まれたアイスを渡す。


 「お、サンキュー。しかも冷え冷えじゃん、やるぅ」


 用事は済んだしここで帰れば物騒な計画に関わらなくて済む。だけど彼女の隠しようのない得意顔といい、入念に調べ上げたであろう資料の山といい、ここを離れるにはあまりにも好奇心が邪魔をして、足が動かない。


 「それで、一体何をしようとしてるんだ。ゼラを殺すって。なんで君がゼラのこと知っているのかも不思議だけど」


 「オレはそういうゼラみてえな奴をぶっ殺す為に各地を回ってんだ。そういう摩訶不思議系の情報は仕入れまくってるわけよ」


 やっぱり普通の転校生じゃなかった。


 「オレが今日、初っ端からぶっ飛ばしてたのもわざとだ。ゼラの気を引く為のな」


 「そうなんだ。さすがにびっくりしたよ」


 いやあ半分素だと思うんだけどなあ。


 「でも、佐倉はゼラのこと怖くないのか?」


 「ゼラ。お前らがそう呼んでいるのは怪異でも呪いでもねぇ。ありゃあただの他殺だ」


 「他殺……まあ警察もその線で動いてるみたいだけど、他殺にしては規模がでかいというか、あまりにも魔術的というか……」


 抗えない超自然的なものを感じる。俺はそれが本当に怖い。みんなもそうだろう。


 「そうよ、その通りだ田宮。魔術だ。まあ正しくは魔法だけどな」


 散々資料を積み上げておいて最終的に結論にに至ったのが“魔法”ってのは拍子抜けだ。


 「魔法……ねえ」


 「あ、お前今オレのこと馬鹿にしたろ」


 「いやいや、その、なんというか、……うん」


 「正直な奴だな! お前ら人間は産まれて間もないくせに、す〜ぐそうやって世界を否定する。もっと面白ぇんだぜ、世界」


 「帰国したてのバックパッカーみたいなこと言うな」


 「お、そうか? ハハハハハ」


 目をへの字して嘘のない笑いをする佐倉。女の子の笑顔ってのはあるいみ魔法だ。特に佐倉とは男友達と喋ってるような感じなのに時たまドキっと胸が痛くなる。


 「まあでも、佐倉の話信じることにするよ」


 「な、どうした急に」


 「たしかに俺、ずっとこんな田舎にいるし頭が凝り固まってるかもしれない。佐倉の言う通り、世界はもっと面白い——そう思う方が絶対良い」


 世界なんて戦争しかない、そんなことを思っていたけど、そればかりじゃないんだきっと。現に、こんな規格外な女の子に出会えた。


 「良い心意気だな! そうこなくっちゃ。オレのゼラ暗殺計画、乗ってくれるってことな!」


 ここで俺は彼女が言うゼラを殺すというのがストレートにそのままの意味であり、殺人という行為を示していることに狼狽える。


 「あ、でも人を殺すってことだよね……?」


 「もち」


 「あーでもそれはやっぱ警察に任せた方が、」


 「今の日本の警察は終わってるから無理だぜ。戦争のせいで政府が貧乏だからな。警察はやる気無ぇし、ゼラは警察じゃどーにもなんねぇ」


 「警察にどうにもならないことを、俺らでどうにかできるのか」


 「ああ。オレにはゼラを殺す力がある」


 「え、」


 その自信に満ち溢れた顔に俺は話を遮ることが出来なかった。


 「だけど、あいつは俺を警戒してる。何年も計画的な殺人を重ねてきたやつだ、慎重で賢いだろう。俺にはまだ手を掛けない。だからこそ、田宮——お前がルアー、オレが釣り人ってわけだ」


 刹那の沈黙、そして神社に吹く風が俺と佐倉を撫でた。


 「つまり俺オトリってこと!?」


 「そゆこと。大丈夫、死にはしねぇようにオレがなんとかする」


 「マジかよ、怖すぎだろ。しかもオトリかぁ……。ゼラ探しなんてそれこそ目立って裁きに遭ったりしないかなあ」


 「オレはゼラが誰か、ある程度の目星はつけてある」

 

 「は、マジで?」


 意外なほどあっさり言う佐倉。


 「いやあ他のクラス見に行った時よ〜明らかに目立ってる女いたろ」


 「目立ってる女? え、誰だ?」


 目を天に向けて記憶を漁ってみるが、何にも思い浮かばなくて、目の前に広がる満天の星空しか映らない。


 「いや、めっちゃ白い女。髪もバァーと白くて、おまけに顔面もクソ美少女」


 佐倉の言葉でやっと思い出す。2年も過ごすと当たり前になっていたその存在。


 「あ〜巳飾みかざりさんね!」


 「そうよ、そう、巳飾綺絵みがさりきえ


 学校一の美少女は誰と問われたら、きっと皆が彼女の名前を言うだろう。学校一どころじゃない、町一? 県一? はたまた地方一? 分からないけど美が内側から滲み出ている。それに白い。とにかく雪の精霊かと思うくらい白い。肌も髪も。全部が全部、宝石の如き美しさ。


 本人はきっと落ち着いている人だけど、彼女に話しかけられるのは少数精鋭のごく僅か。俺なんかは勿論話しかける権利はないし、そもそもゼラの目もある中、彼女に話しかけようとする男は学校にはいない。


 「巳飾さんがどうしたんだよ」


 「そいつがきっとゼラだ」


 「なんで!?」


 「あんなに見た目が目立ってるのにゼラに殺されない訳がねぇ。つまりあいつがゼラだ」


 「そんな安直な」


 「だから田宮、お前はアタッカーだ。つまり、巳飾綺絵にで告白しろ。フラれるだろうから、そしたらまた告白。告白告白告白。ウザいくらい告白しまくれ。巳飾綺絵にとって田宮が鬱陶しい存在になればきっと本性現してゼラの力を使うだろうよ。そこでオレの番よ」


 「オレの番よ——じゃないよ。俺のメンタル死ぬぞそれ。それに、ゼラの裁きって巳飾さんが入学する前からあるんだ。やっぱり“誰かがゼラ”ってのはなんか違うようなぁ……」


 「そこでよ〜。見てみな、ビビるぜ」


 そう言って佐倉は大量に積み上げられた本みたいな資料に手を置く。


 「こりゃあ役所とか図書館からパクってきた戸籍謄本とかその他諸々だ。ほらよ」


 神社神様の前で淡々と繰り広げられる悪行の数々に、ゼラどころか神の裁きがないか心配になる。俺はため息をついて佐倉が渡してきた資料を手に取った。


 「それは最初の“魔法陣連続殺人の被害者がかつて居た頃の同級生の名簿だ。31年前の。ほら、生徒の一人に——」


 「巳飾鴻一郎みかざりこういちろう……これ——」


 「巳飾綺絵の父親だ。次、魔法陣連続殺人事件3人目の被害者が居た時の同級生の名簿。9年前のだ」


 「ん、巳飾鴎志みかざりおうし……」


 「巳飾綺絵の兄貴だ」


 「因みに言うと、この26年前、2人目の被害者が居た時の名簿にいる柊聖子ひいらぎせいこってのは巳飾綺絵の母親だ」


 「転校生の相馬の分も含めると、つまり……魔法陣連続殺人事件の被害者の同級生に巳飾家がいるってこと?」


 「そういうことだぜ。それにこれ見てみろ」


 続いて渡されたのは大昔の文献みたいなもの。よく目と頭を凝らさないと読めないようなミミズみたいは文字で書かれている。


 「役所にあった明治時代、巳飾財閥の記録だ」


 「財閥……へーやっぱり金持ちだったんだ巳飾さん。いや読むの難いなぁ……、なんで佐倉読めるんだよ」


 「俺の先祖の記憶が全部ここに入っているからな」


 自分の頭をとんとん突きながらマジな顔で言ってくる佐倉。意味が分からない。


 「どういうことだよ」


 「まあいい、ほ〜らここ」


 痺れを切らして要点を指した佐倉。俺は辿々しく読み上げる。


 「ん〜と、『巳飾永治、英国の将軍令嬢、シャロン・キャンベルと婚姻す』、ならほど、巳飾さんのあの白さはは白人の血が入っているからか」


 「それと、この資料見てみろ」


 わんこ蕎麦みたいに次々と出される資料。またミミズみたいな文字で書かれている古い文献。


 「え〜と、ん、なんだこれ、“ゼーラーキンベエ”……!?」


 「この町の民が書いた巳飾家と将軍キャンベルに関する文献だ。ほら、将軍キャンベル——将軍ジェネラル・キャンベル……ゼーラーキンベエ」


 「な、まさかコレ、」


 「そうだ。この町に伝わる是良金兵衛ぜらきんべえなんて奴は捻じ曲がった伝承だ。巳飾財閥のかつての御曹司——巳飾永治の義父、将軍キャンベルが元ネタってわけよ」


 「じゃあ“ゼラ”と巳飾家は深い繋がりがあるってことか……」


 「そういうこっと。だからあの巳飾綺絵、あいつは最重要人物であり、殺人鬼の可能性があるってことだ」


 闇夜の山に鵺鳥トラツグミの鳴き声が響き渡る。


 俺は体の中から突き上がる恐怖と怒りに向き合い、葛藤した。


 佐倉はひょいと立ち上がってアイスを食べ始めた。


 「田宮、やるかどうかを決めるのはお前次第だ。強制はしねぇ。やらねぇなら他の仲間を探す」


 最後の分かれ道。ここで佐倉とは別の道を歩むか、それともついていくか。


 俺はたった3年しかない高校生活という人生の中において、貴重で僅かな時間を2年間、ゼラに台無しにされた。だからこそ俺はゼラを止めたい。止めて、青春を謳歌したい。そんな想いがついに今、爆発した。


 「やるよ。やる。青春が掛かってるんだ」


 「さすがだぜ。さぁ、青春を取り戻すぞ!」


 俺と佐倉のゼラへの反撃が始まった瞬間だ。


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魔法少女マン 〜殺戮魔法少女転生伝綺〜  山猫計 @yamaneko-k

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