第7話 転校生
世界が終わったのかと思った。
世界が急に滅亡して、俺は今際の夢を見ているのか、それとも次元が捻じ曲がって世界の常識が狂ったのか、この状況を整理できないでいた。それくらい転校生は現実の登場人物とは思えない異質さを放っている。
「佐倉さん。乱暴な言葉はやめよう」
至って冷静な水鹿先生。大人の落ち着きというやつだ。転校生は意外にも「おう、悪ぃ悪ぃ」と頭を掻いてベロを出していた。お茶目な様子に転校生のことを“可愛い”と思ってしまっている自分がいた。
「そうしたら佐倉さん、席は“田宮”の隣だな」
やはり俺の隣が開いているのが伏線だったか。
転校生は学生鞄を大胆に担いで、短いスカートを揺らしながらトラックのような勢いで豪快に俺の方へ来た。クラス全員の目線が集中砲火。
転校生は足で椅子を弾いて、ドンと座る。膝の角度は0度。無防備に足を伸ばして真っ白な太ももが露わになる。それどころかパンツまで見てえしまいそうだ。
「おい、お前オレとセックスしたいのか?」
——!
万華鏡のような目。明らかに俺と目が合っている。心臓を掴まれたみたいに俺は卒倒しそうだ。クラスのみんなは目は皿にして固まっていた。
転校生はからかうように高笑い。俺は顔が熱くなって、赤くなっているのが鏡を見なくても分かる。とりあえず聞こえなかったフリをして、目を逸らした。
「おーい田宮〜」
意地悪な声が俺を殺そうとしてくる。
「んだよ、面白くねーの」
答えは沈黙——とは漫画で読んだけど、なんとかやり過ごした。転校生はつまらなそうにして机に伏せ、窓の向こうの景色を眺めた。
それからというもの転校生は授業中に的外れな質問をして先生を困らせたり、休み時間中に廊下でボール投げをしたりして大暴れしていた。
転校生に遭遇した生徒皆が心の中で呟いただろう、
——この子、ゼラの裁きに遭うと。
*
学校の終わり、朱を含んだ紫色の夕空が田舎の上にひろがる。山と山の間に敷き詰められた田園は広大で、その道を自転車で風を切るのが最高の瞬間だ。
田んぼと山と鉄塔しかない世界。もし四度目の世界大戦があったとしてもこの綺麗な景色は永遠に残る。そんな気がした。
田んぼを抜けて林に囲まれた小学校の近くに差し掛かると
夕暮れの時間には珍しく客が来ている。
外に置き去りにされたアイスケースの傍らで棒アイスを食べてる女。虹色カラーの日除けでちょうど顔は見えない。見るからに俺の高校の制服だ。
「いらっしゃいませー」
と、一応店の身内だから声をかけると、
「田宮〜」
邪悪な笑顔の女が柱にもたれて俺に手を振った。
「転校生!?」
意表を突かれて思わず声が裏返った。目の前にヒョウみたいな肉食系じみた女、転校生がいた。
「よぉ〜」
棒アイスを頬張りながら蛇みたいに身体をくねらせて俺に触れようとしてくる。
「うぉい、なんだよ!」
咄嗟にオレは後退り。なんというかこんな美人に急に触れられるのは心臓に悪いし、今日会ったばかりなのにこんな距離の詰め方をする異常性に恐れ慄く。
「せっかく隣同士なんだし仲良くしようぜ〜」
「なんだよ突然! というかなんで俺ん家知ってるんだよ」
「ハハ、今頃教師どもは青ざめてるだろうな」
そう言って転校生は学生鞄の口からノートのようなものを摘んで垣間見せた。
「なんだよそれ」
「じゃーん」
楽しそうに披露する転校生。鞄から取り出したのは『生徒名簿』と表紙にある分厚いファイル。絶対に外に持ち出してはいけない、ヤバいにおいがプンプンするブツだ。
「君、それ、」
「うむ、お前らの通ってる高校の全生徒の個人情報がここにある」
辞書みいなそれをパンパンと手のひらで叩いて、転校生は歌うように話を続ける。
「無論、お前の家もこれで調べた。最高だなあ駄菓子屋が家なんて。やっぱ菓子食い放題なんかぁ?」
「なわけねないだろ。というか何やってんだよ、いやいやそもそも、そんなのどうやってパクってきたんだよ」
聞きたいことが山ほどありすぎて、こんがらがる。
「オレ、なんでも切れる道具持ってるからよぉ、金庫破りなんてお茶の子さいさいなのよ」
何の説明にもなっていない転校生の返答。まるでずっと夢を見ながら行動している究極の夢遊病みたいな女だ。
「もう転校初日からクレイジーすぎたろ。それで俺ん家になんの用だよ。回答次第では通報するぞ」
「こんな良い女、抱く前に通報するのかぁ?」
腕を組んで胸を強調しながら俺をからかう転校生。目のやり場に困る。
「な、何言ってんだ」
「ハハハ! まあ真面目な話、オレは仲間を探してんだ。その白羽の矢が立ったのがお前、田宮ってわけよ」
「仲間? 何の仲間だよ」
転校生——佐倉桜は悪意の篭った、または謀略を企てる策略家のような不気味な笑みを浮かべて、
「ゼラを殺す、その仲間だよ」
淡い夕焼けの光に火照って、その彫刻のように整った顔で言った。その自信に満ち溢れた表情に俺は吸い込まれそうになる。
「……マジで言ってるのか?」
「ああ。オレの仲間になるなら今夜、山の上の神社に来な」
佐倉はそう言い捨てて、俺の横をすり抜けて行く。去り際、食べ終えたアイスの棒を前を向いたまま俺に渡してきた。当たり棒だ。
「当たりのアイス、今夜持ってきてくれよ。駄菓子屋さん」
彼女の背中は華奢で繊細そうなのに、その後ろ姿はゼラをどうにかしてしまいそうな、そんな説得力を感じさせた。
俺は彼女に心を掴まれてしまった。
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