遊び心の魔法少女
第6話 学校とゼラ
山の中腹に
そこからは自転車を引いて、イヤホンで好きは曲に浸りながら家路を行くのが至福のひとときだ。
団地下の駐輪場に着く頃にはすっかり紫の空。
階段灯に虫が集っているのを横目に自転車を停めていると隣列の駐輪場にいる二人が目に飛び込んできた。
青年は並んだ自転車に身を潜めて覗く。何か揉めているのだろうか片方が騒がしい。中年の男の声だ。もう一人は少女だが大人しい様子。何かコスプレみたいな派手な格好をしている。
男はひどく声を荒げていて言葉までは聞き取れないが二人のやりとりを暫く観察しているとコスプレの少女は棒状のものをどこからか取り出して先端を男に向けた。
ピカっとフラッシュみたいな光がして、それから男の身体は液体を撒き散らしながら渦を巻いて赤い玉になった。
肉と骨と余分なものを削ぎ落として、ただ臓器が蠢き血液が循環するだけの人体の塊。
「ひぃ」
思わず声が漏れる青年。咄嗟に口を手で押さえるが、少女の目は青年を捉えた。
それからは獲物を見つけた猫。弾丸のような少女が青年に飛び掛かった。
上半身に激突されて弾かれる青年。有無を言わさず少女は乗っかかり押さえつけた。右手には杖。その先端で青年の胸を撫でる。
「アレは見られてはいけないことなんだ」
幽霊みたいな声で少女は言う。垂れた黒髪が少女を覆面にしていた。それが尚更寒気がする。
「ぼ、僕は死ぬんですか?」
少女はこくりと頷いた。表情はわからない。
「そうですか……」
青年は暴れも命乞いもしない。
彼の身体から抵抗を感じなかった。
「貴様怖くないのか」
「そりゃ怖いですよ」
「なら何故、そんな落ち着いているんだ」
「……死ぬのは別にいいんです。むしろ……その、有難いんです」
「なんだと?」
「中々人に頼めないので……その僕、家族もいないですし——こうやって誰かの側で死ねるのは……すごく幸せなんです」
放り投げ出された学生鞄にある『死ね・消えろ』などの罵詈雑言の落書き、青年のシャツの袖から垣間見える根性焼きだらけの腕を見て少女は彼の人生を悟った。
青年の胸元に立てた杖の先端を離して少女は口を震わせながら言う——
「貴様……なんて哀しい奴なんだ」
——青年には天使の声に聞こえた。
この二人の出会いがこれから起きる凄惨な事件の始まりである。
*
この学校は狂ってる。
俺が中学の頃に思い描いていた高校生活とは笑いあり涙あり、出会いと刺激に恋や葛藤。甘酸っぱい青春の日々——そういうものだったけれど、この高校はもう本当におかしい。
〜この学校には“ゼラ”がいる〜
そんな都市伝説が生徒たちに伝染していた。
事の発端は4年前、この高校の卒業生3人が残酷な方法で殺された『魔法陣連続殺人事件』だ。名前にもある通り現場には血で描かれた魔法陣があって、死体も凄い状態だったみたいだけど詳しいところまでは知らない。
興味深いのはその殺された卒業生ってのが噂じゃあ目立ってた生徒だったみたいだ。
殺された卒業生はそれぞれ年代も別だけど、当時は名の知れたヤンキーだったりモテてる奴だったり変な奴だったりと、学校ではそれなりに有名人だった奴ら。みんな挙って殺された。
それからというものこの学校で目立とうとする生徒はいない。みんながみんな良い子を演じてる。スポーツは強すぎない奴しかいないし、おちゃらけた面白い奴もいない。恋愛なんてもっての外。カップルだなんて噂されて目立ちでもしたらゼラの裁き——自分が魔法陣のお供え物にされてしまう。
そもそもゼラってのはこのド田舎に伝わる古くからの伝承。平安時代くらいにいた
なんで日本の祟り神が西洋の魔法陣を使ってんだって話だが、この学校のみんなはゼラを恐れている。
だからゼラのせいで俺の青春はクソだ。もう何も無いままこの貴重な高校生活を二年も費やしてしまった。
ここまでゼラを冒涜するようなことを言ってきたが、そんな俺もゼラを恐れている一人だ。
ゼラなんて祟り神がいるとは思っていないがこの学校に“ゼラ”という力のようなものが働いてるのは確かだ。
高2の頃、転校生で相馬って男が来たことがある。関西の方から来たまあ明るい奴だったけど、人を小馬鹿にして笑いを取るのが好きで、大袈裟にリーダーシップを取りたがる奴だった。
要は目立ってたんだ。
そしてある日、相馬は帰り道の田んぼで遺体になって見つかった。遺体の状態は俺ら生徒には教えられていない。魔法陣騒ぎもなくて魔法陣連続殺人事件との関連性は言われなかったけど、第一発見者のおっちゃんは『側に変な模様が書いてあった』と言っているらしい。
ゼラの仕業だとすぐに広まった。
それからというもの俺たちはゼラの奴隷だ。
休み時間中の談笑は消えてみんな本を読んでる。廊下に出る時だってトイレと移動教室と帰る時くらいだ。授業中なんて先生に当てられて答えられなかったりしたら目立つから、みんな予習して授業に挑む。
俺の近くの席の奴が言ってた、
『学校が平和になった』と。
まさしくその通りだ。
だけど、それでも俺は不服だ。貴重な高校生活を失って、青春を返して欲しい想いでいっぱいだ。
こんな話をしているとゼラに心を読まれて裁きを受けそうだからここまでにしておこう。
それよりも今日はこのクラスに新しい風——転校生が来るみたいだ。
ジョンレノンみたいな眼鏡を掛けてダンディな格好のお洒落なおじさま、担任の
ちょうど俺の隣の席が空いているのは何かの伏線だろうか。
「それでね、すでに彼女は廊下まできているんだ。呼ぼうと思うから皆、暖かく迎えてあげてな」
しかも女子ときた! どんな子だろう。 何故か“転校生”って聞くと美人でお淑やかな人を思い浮かべてしまう。なんて都合の良い脳みそなのだろうか。
それに女の子なら相馬みたいな性格の子も珍しいだろうし、ゼラの裁きの心配もないだろう。
水鹿先生は紳士的に教室の扉を開けて転校生を迎え入れる。
転校生は——稲妻のように入ってきた。
「よう! 人間ども!」
空気が凍りついた。致死レベルの冷たさで。
転校生は黒板の中心に立ち、高らかに宣言する——
「オレは佐倉。
俺の予想通り美人な転校生。的中したのはそれだけ。あとの全ての予想と想定と常識が覆った。
それから転校生は怪物のような笑い声をあげて、俺たちに中指を立てていた。
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