第5話 第一の復讐


 「「「「かんぱーい」」」」

 

 チリンと四つのグラスが鳴らす祝杯の音。


 色っぽい照明チカチカ音楽ガンガン。アダルトな格好の男女達が奔放に踊り狂う。の匂いなんて当たり前。トイレじゃシャブ打っている奴もいれば、出会ったばかりの二人がヤッてる。


 地下クラブ“ネオンデーモン”の片隅、ピンク色のド派手な大型ソファで祝杯をあげているのは際どい刺激的な服を着た少女四人。


 その中に赤髪の少女、サラはいた。


 「サラったら流石よね〜、魔物の生き残りがいるなんてウチら全然気づかなかった」

 「本当本当。教えてくれたらいいのに〜。あのキモいやつらぶっ殺すの快感じゃーん? サラは正義に貪欲なんだから〜」


 各々酒やら菓子やらをつまみんで、時々足を組み直してガールズトーク。


 「フ、貪欲って。みんなのお手をわずらわせるわけにいかないじゃん?」


 ジントニックの氷を揺らしながらサラはクールに返す。


 「てかてか街ごと吹っ飛ばすなんてスケールデカすぎでしょ」  


 「サラあれでしょ、魔物って本当はドロドロしててキモいじゃん? 触りたくないから一気に焼いたんじゃないの? キャハハハ」


 「やめてよー、一応他の人も巻き添いにしちゃってんだから。これでも結構反省してる」


 そう言ってサラは困ってるのか笑ってるのか分からない顔をして、首から下げたロザリオを握って神へ許しを乞う。


 「まあまあサラのおかげで魔物が今度こそ全滅したんだからさ、仕方ない犠牲だよ。サラは救世主だよ。」


 「そうかな。そう言ってもらえるとありがたいよ」


 それから「ふぅ」とひと段落つけて、


 「飲んだら踊りたくなってきた」


 氷とミントだけになったグラスを置いて立ち上がるサラ。


 「さすがパリピの本場アメリカ人」


 サラは席から離れて、体を慣らしながら音楽に乗ろうとしていたが、クラブ内のセキュリティ達がインカムを触りながらあっちこっちに、なんだか慌ただしいことに気がついた。


 一人知り合いのセキュリティを捕まえて「なんかあったの?」と耳打ちで聞くと、


 「表のセキュリティ二人がやられたみたいで、やったやつが入って来たんすよ」


 引き締まった顔で言うセキュリティ。


 「何人?」

 

 「それが一人。しかも女みたいで」

 

 出入り口の方を気にするサラ。事態を知らずにノリノリに踊る男女達をかわしながら、不審な奴がいないか探す。


 結局見当たらず、とりあえず三人にも伝えておこうと席に戻ろうとした時、既に異変は起きていた。


 席にいる三人と、もう一人見知らぬ女が馴れ馴れしい態度で立って向かい合っていた。ハッとして、急いで向ってそいつに声をかける。


 「ちょっとあんた誰」

 

 友人の一人が苛ついた表情でサラの方を向く、


 「あ、サラ来た。なんかこいつウザいんだけど。ちょー癪に触る」


 三人から批判を浴びてる女はタイトなダメージジーンズに革ジャンを着たライダース系の細い女。マチルダカットの髪型で中々センスが尖った奴だった。


 女はサラの方を見るな否やニヤリと歯を見せて笑う。


 「よぉ、1週間ぶりだな」


 「は、誰?」


 「お前言ってたよなぁ? オレが残酷劇グランニギョルの主役だって。ああなってやろうじゃねぇの。ただし、主役兼ヒロインだけどなぁぁぁ!」


  女は懐から薄汚れたメダルのような物を出して、それを口に運んだ。


 ——その時、サラはそれが“チューナー”であることを察した。


 ——遅れて三人も気がついた。


 ——が、サラは理解が追いつかない。繋がらないしピースが埋まらない。こいつはあいつ佐倉弟だ。でも何故女?


 ——いや考えてる余地は無い。サラもロザリオにキスをして変身。


 ——三人もそれぞれのチューナーを取り出そうとしたが、その刹那彼女たちはになっていた。


 ——まずい!


 血の霧の中にかすんで見える女の魔法少女としての姿。


 そして、サラは全身の骨が砕けると思うくらいの打撃を受けて上空へと吹っ飛ぶ。


 地下にいたはずなのに突き抜けて夜空にいた。


 ネオン街の光が粒になるくらい上空にいて、それでもって夜空の星々に挟まれてどっちが上か下か判断できない。


 身体が風を切りながら宙を舞う。

 とりあえず体勢を立て直さないと——


 ——バシッ


 と空中でサラは首根っこを骨まで食い込むくらいに掴まれた。腕の正体は奴、佐倉だ。


 「空の旅は終わりだ! お次はあっち!」


 佐倉はサラの首を掴んだまま空中で身体を捻る。遠心力で地面目掛けてサラをぶん投げた。


 サラは抵抗する間もなく死んだ虫のように手足を天に向けて急降下。隕石のスピードで地面へと叩きつけられた。


 「グッ……」


 衝撃で出来るクレーター。

 サラは息がうまく出来ず、全身を駆け巡る痛みで動けない。


 仕方ない、街ごとあいつをで焼くか——


 身体をなんとか起こして、攻撃の準備に入ろうとしたが、サラの視界に入った建造物が彼女を静止させる。


 「え……どういうこと……?」


 目に飛び込んできたのは白く雄大なローマ建築の建物。半楕円形の屋根が特徴的なそれはサンピエトロ大聖堂だ。


 写真でしか見たことがない光景。でも確かにサラは夜のサンピエトロ広場にいた。


 「ここは……バチカン?」


 唖然として、開いた口が塞がらないまま暫くその風景を眺める。


 奴は空間転移系の能力なのか?

 それとも……私はもう死んで天国に着いた?


 そんなことを考えていると流星のように空から白い天使が降りてきた。

 否、そいつは悪魔だ。


 「お前キリスト教徒だろ? SNSで見たぜ、ガチめに教会行ってたもんなぁ。 キリスト教徒がここバチカンで核使うわけにはいかねぇよなぁ?」


 楽しそうに佐倉が近づいてくる。

 魔法少女というものは本来粒子を放つが彼——いや彼女は火花を散らしていた。火の粉がサラの顔を掠めていく。


 もうまともに動きやしない身体をなんとか立たせて、


 「……enfles'tx」


 三日月のステッキを具現化。構える。


 あれほど脅威に見えた三日月のステッキが今の佐倉の目には玩具にしか映らない。


 「クソクソクソクソクソクソ」

 

 サラは無我夢中で三日月のステッキを振るうが佐倉は身体の軸を変えないまま容易く避けて、右手に紫と赤のオーラを込める。稲妻のような火花が拳に集中して、思い切り肘を後ろに引いた。


 「バチッと……」


 そして、


 「カーン!」


  バネのように発射された拳がサラの胸部を貫通。背中から赤い拳が飛び出す。


 「グァッ……」


 体内から押し出された血を吐いて、足で立つことすらもままらなくなり、大の字で倒れるサラ。


 バチカンの星空を目に焼き付けて、次第に遠のく意識。後もう少しで死ぬ、そんな時にひょいと視界に佐倉の顔が出てきた。


 「おい、お前ここがバチカンだと思ったろ?」


 ここにきておかしなことを言う佐倉。


 「横見てみろ横」


 言われた通り黒目を動かして横を見てみると、サンピエトロ大聖堂が


 それは溶けているという表現が正しい。段々と形を崩し最終的にはヘドロの山になって、奥から先程までいたネオン街の風景が現れた。


 「……なにこれ」


 「おもしれーよな、いざ魔物が魔法少女になったらよぉ〜魔物みてえな能力が与えられたんだ」


 佐倉は下水道などに溜まったヘドロを操作すて、自由自在に変異させる——そんな能力を得ていた。


 「そんな……」


 「お前が見てたもんはオレが作ったバチカンのだ! ハハハ! てかバチカンが今、夜なわけねーだろ。お前がバカなおかげでオレは負けなかったし、街も核から守れた! イエス様サンキューとしか言えねえぜ!」


 空に向けてピースサインを掲げる佐倉。

 サラは空虚となり、目に涙が滲む。悔しさや屈辱、色々なものがその涙には混じっていた。


 「あ、そうだ、オレはどうやら殺した魔法少女の能力を一個奪えるっつー能力があるらしい。だからよ〜お前の能力一個貰うぜ」


 それは魔法少女になった時に本能的に分かる。魔法少女は元来二つの能力を持つ。


 「……好きにしなさいよ……私の核の能力は最強……やろうと思えば世界だって滅ぼせるよ……ハハハ……ハハハハハ…ハハハハハハハ」


 目が黒く染まり、壊れたロボットのように渇いた笑いを漏らすサラ。


 「は? お前の原爆の能力なんかいらねえよ。あんな人がたくさん死ぬもん、扱いきれるかっつーの。あんなもん禁止だ禁止、反則〜。俺が欲しいのは


 そう言って佐倉が指差したのは無造作に落ちてる三日月のステッキ。


 「それめっちゃよく切れて便利そーじゃん。キャンプの薪割りとかで使えそうなんだよねぇ。頂き〜」


 サラは返す言葉も無かった。今まで核の能力を使えば世界をひっくり返せた。誰もが自分を欲しがった。人がたくさん死ぬことなんて咎められなかった。——だなんて、誰も言ってくれなかった。


 ——もっと早く、誰かにそう言って欲しかった


 そして、サラはその生涯を閉じた。


 佐倉から紫と赤のオーラが触手みたく伸びてサラの死体に突き刺さり魔力を吸収。

 サラの遺体は粒子となって蛍のように散っていった。


 「よし! さーて次の魔法少女探しに行くか」


 佐倉は魔法少女の装飾を解き、ネオンの街を背に歩み始める。


 そして何事もなかったかのように闇夜へと消えていった。







 どこかの林の中、藪を掻き分けて進むとやっと辿り着ける廃られた公園——満月の夜の下、暗がりの中で小さな琥珀色の満月が公園に集う。


 ニャーーーーオと鈴虫に紛れて夜の林に響く声。


 声の主は猫とハムスターの中間みたいな見た目でコンニャクのような質感の生物。きらりと満月の目が光る。それも十の数。


 ——五匹のコンニャク猫が円を作って会合していた。


 「ミクトランは散り際これを送ってきた」


 コンニャク猫と同じくらいの大きさの木の箱が円の中心に置かれていた。箱の中から何か液体が滲んで湿っぽい。


 「ギギ、なんじゃいこれは」


 一匹のコンニャク猫が尻尾を蛇のように伸ばして箱の蓋に触れようとするが、彼等の中心人物と思わしきコンニャク猫に尻尾の鞭でパチンと弾かれた。


 「やめとけ“ミシュコア”。これはあの“アンチテーゼ魔法少女”のだ」


 「ギギ! きんもいのぉ。ミクトランはとんでもない置き土産を残していったなぁ」


 すると別のコンニャク猫がクスクスと笑い出した。


 「ククク、ミクトランの奴、ちゃっかり保険を掛けていたみたいだねぇクク」


 「ほぉ、“トラロック”よ、私の代わりに皆に説明してあげなさい」

 

 「ククク、奴の局部が残っているということは、奴を男に戻せるということさ。こいつを強引に移植してやって、魔法になれなくしてやるんだろぅ? ククク」


 「まさしくその通りだ」


 「ククク、ってことはこの作戦にはあの魔法少女が適任だねぇ」


 「ああそうだな。トラロックよ、私の代わりに皆に教えてあげなさい」


 「リリィテイル——彼女が適任だ。ククク。どうやら今はで修行しているみたいだから呼び寄せると季節を跨ぎそうだけどねぇ。まあ彼女ならあのアンチテーゼ魔法少女をなんとか出来るだろう。それにしても“アンチテーゼ魔法少女”って名前長くて言いづらくないか? ククク」


 「まさしく私が改名しようと思っていたところだ。トラロックよ、私の代わりに皆に案を出してあげなさい」


 「ククク、魔物の魔法少女だから“魔法少女魔”はどうかなぁ ククク」


 「まさしく私が考えていた通りだそれでい——」


 「コッコッコ、なんか禍々しさが増して、畏怖されそうなネーミングぞ。もっとダサい名前のがいいと思うぞよ。暴走族じゃなくて珍走団と同じニュアンスぞ」


 「まさしく私の思っていた通りだ。“ウィツィロポ”よ、私の代わりに最終決議をしなさい」


 「カカカ、それじゃあ……奴は最後の魔物だから平仮名の最後の『ん』を付けて魔法少女魔ん——『魔法少女マン』はどう? 程よくダサくて良い感じじゃない?」


 「「「おおー」」」


 「まさしく私も同じものを思い付いていた。皆よ、これから奴のことは『魔法少女マン』と呼称せよ」


 「「「「ニャ意」」」」







 次回——

 小さな田舎町に伝わる呪いと伝承。

 魔法陣連続殺人とその犯人。そして町を牛耳る財閥の闇とその令嬢。

 

 陰謀が蔓延る辺境に佐倉がやって来る時、恐怖の人形がほくそ笑む——


 【遊び心の魔法少女】開幕


 

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