第4話 JKウェイターズ
トタンを組み合わせて造られた即興性の高い三階建の建物。一見オンボロ倉庫にも見えるがれっきとしたホテルだ。共用だけど風呂もあるしインターネットだって繋がってる。
佐倉は有金を叩いて、ここに篭り2日目。
共用のパソコンルームで画面に齧り付く。スマホはサラの起こした爆発のせいで無くしたからネットはこれだけが頼りだ。
天井の空調には『故障中』の張り紙。蒸し暑さからテキトーな店で買ったキャミソールと短パン姿のラフな格好で調べ物をしていた。時たま男達の目線が煩いから睨み返す。
画面には画像検索で出した大量の学校制服の画像。自分の記憶を辿ってメモ用紙に描いた制服のイラストと照らし合わせて次から次へと画像を展開していく。
「違ぇ、違ぇ、違ぇ、違ぇ、違ぇ」
下スクロール、下スクロール、下スクロール、下スクロール——お目当てのものは出てこない。むしゃくしゃしてコーラを一気にを飲み干す。
「ぬっる」
佐倉が探しているのはサラが着ていた制服だ。あの制服が何処の学校のものか分かればサラを見つける手掛かりになる。そう確信している。
しかし一切情報が掴めない。電子の海を潜り続けて溺死寸前。疲れ果てた佐倉は「がぁぁぁぁ」と怪獣みたいなため息を吐いて、椅子にもたれてだらんとした。
その時、ふと目に飛び込んできたのは隣のおじさんのパソコン画面。口元をモザイクで隠した女性がトレーディングカードの一覧みたいに載っている。
「おい、おじさん何見てんだ」
「ひぃすいません!」
急に汗を吹き出して、頭を何回も下げるおじさん。
「喧嘩売ってる訳じゃねえよ。それ何調べてんだって話」
口をぱくぱくさせて、バツが悪そうな表情をしながら恐る恐るおじさんは話し出した。
「あ、えーと、そのー女の子のお店というか〜」
佐倉はピカンと何かが閃いて、手をゲッツの形にしておじさんを指す。
「それだ!」
佐倉は慣れない手つきでキーボードを打ち、検索する。Enterと共に店の一覧を出すと、その中から一際目立つ、うってつけの店のホームページを開いた。
——“制服好き大集合! 制服JKがおもてなし♡ コンセプトキャバクラ・JKウェイターズ”——
「これだぁ」
ブルーライトに照らされながら佐倉は邪悪な笑顔を浮かべた。
「おじさんサンキューな!」
善は急げ。早速ホテルを飛び出して、佐倉はメモった住所のところに飛んで行った。
*
午後8時。JKウェイターズ開店直前——
表の派手めな外観、ゴージャスなホールとは裏腹に、こじんまりとした事務所。背広を着た支配人主導の開店前の打ち合わせが始まった。制服姿のキャストが全員揃ったところで早速支配人からお知らせが入った。
「あー今日新しい子入ったからよろしくー」
軽い口調で言って、支配人の後ろの扉から初々しい黒髪ボブの少女が入って来た。
「あ、あのーサクラですー今日からヨロシク……」
制服姿でモジモジした佐倉が登場。恥ずかしさで顔は俯きがち。
——てかスカート短かすぎんだろ!
魔法少女の時の衣装以上に太もも全開のミニスカート。普段感じることのないスースー具合に戸惑い、そんな佐倉に追い討ちを掛けるように他のキャストから「え、可愛い」「めっちゃ美人ー!」「若! 本物のJKじゃん」「食べちゃいたーい」と慣れない言葉を浴びせられた。
それからというもの、ホールに出れば客から誉め殺しされたり、口説かれたり、目が渦になる佐倉。客に太ももを触られた時には反射的に殺す気を起こしてしまったが、目的の為に必死に歯を食いしばって殺すのはやめた。
佐倉は客に着いた時、サラの制服のイラストを見せて知らないか聞いて回っていた。
しかし客からはみんな同じ反応。「う〜ん」と眉を顰めるだけ。むしろこの店に来ているのは“制服好き”というよりかは“JK好き”が多いということに佐倉は気がつく。
それでも微かな希望を信じて出勤5日目に突入した時、ついに手掛かりとなるものが——
ソファに解放的に座る若い男。ここの客の割には比較的今風で、洒落た雰囲気を醸しだしている。ただ、JKの足の裏が大好きで『将来の夢はJKの上履きになりたい』という特殊な性癖を持っている変わり者。仕方ないからそこは目を瞑る。
「あ〜この特徴多分あの服だね、知ってるよ俺」
佐倉の描いたメモ用紙を手に取って顎をさする男。佐倉はシャンパンを入れるのはもうお手のもので、慣れた手つきでグラスに小麦色を注ぎながら話す。
「マジですか。どこの高校なんです?」
「高校の制服じゃないよ」
「え?」
男のまさかの答えに目を丸くする佐倉。
「これ最近発表された“オッペンハイマー”っていうファッションブランドの新作だよ」
「はい? おっぱいハンマー?」
「ハハ、違う違う“オッペンハイマー”。まあインディーなブランドだけどさ。それで最近発表されたんだ——制服風の服」
佐倉は今すぐにでも
「……制服風の服……かぁぁ」
「でも君、この服を着てる人に一回会ってるんだよね? うーん、おかしいねぇ」
「え、何がです?」
「これまだ発売されてないんだよ。確か来月だったんだよねー出るの。それかさ、もしかしたら君——本人に会ったんじゃない?」
「本人?」
「オッペンハイマーのファッションデザインナーだよ。最近の若手デザイナーって自分のデザインした服を着てSNSにあげたりするんだよねー。発売前に着て宣伝することも全然あるし」
「ガチですか! なんていう名前なんですそのデザイナー」
「え、サラ・シュタイン」
佐倉は目をカッと開いて、右手を挙げてガッツポーズをしようとしたが、弁えて左の掌で食い止めた。客の男はそのサラの異様な動きに目をぱちくりさせる。
「そのサラは何処にいるんですか!? 」
豹変した佐倉の食いつき具合に身を反る客の男。
「何処って言われてもねー……」
客の男はスマホでサラ・シュタインのアカウントを調べ始める。
「あーでも見ると頻繁にクラブ行ってるみたい。トーキョーの〇〇区の“ネオンデーモン”ってクラブ。ここなら会えるんじゃない?」
「よっしゃー! サンキューです! シャンパンもう一本奢りますよ! ついでに靴下もあげちゃいます!」
「あはは……大丈夫大丈夫、あ、靴下は貰っとくよ」
*
その日佐倉は支配人に「追っていた夢が叶いそうなので辞めさせて下さい」と頭を下げた。
支配人は「サクラちゃんなら近いうちにNo. 1も夢じゃないくらいの逸材だったのに」と残念そうに悔やんでいた。
佐倉は客のバイク・車といった男の趣味の話や武勇伝や悪い事自慢にも順応出来て、その裏表の無い性格からリピーター続出。佐倉指名の注文が鰻登りになっていたところだった。
他のキャストからも短い期間であったが寂しがられて、自分も名残惜しさを感じでいたが、支配人たちに見送られて佐倉はJKウェイターズを後にした。
ホテルに戻り再びパソコンに齧り付く佐倉。空調の故障は治っていたが今度は冷え冷えでくしゃみが止まらない。
客の若い男から教えてもらったサラ・シュタインのアカウントを覗いて見るとクラブ“ネオンデーモン”に明日行く趣旨のことが書かれてあった。
「ふっ、ネットリテラシーが無ぇのは命取りだぜぇ」
竜巻のように急いで支度を済ませ、佐倉はトーキョー行きの電車に乗った。
最初の復讐が、始まろうとしている。
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