MADofLIVE -メス×キ系お嬢様VTuber天上りリムの狂気の沙汰レディオ- 絶対眠りたくなるASMR配信

人生

 全然集中できないASMR




 本日は、金曜の夜フライデーナイト――とある動画配信者Vtuberが初めてのASMR配信をするという。


 その待機画面を眺めながら、私、駿駆すがる蜜姫みつきは自室のベッドで横になっている。眼鏡を外し、部屋の照明を暗くして、明度を落としたスマホの画面と、そのむこうの天井を見つめている。スマホから伸びたイヤホンのコードが私の耳に繋がっている。


 ASMRとは何かと聞かれると、説明が難しい。というか私もよくは知らなかった。何やら睡眠導入に効果あるらしく、試しに検索していろいろ聞いてみると――こう、耳が心地よかったり、思わず背筋をピンと伸ばしてしまったり、虫唾が走ったように(語弊があるかもしれないが)首の裏がぞわぞわしたりする。なんか、ヤバい感じの配信だった。

 もうちょっと具体的にいうと、耳かきをされているような疑似体験が出来る。耳元で囁かれたり、息をふーっと吹きかけられたり、時には耳を舐められたり――されているような気分になる。指によるタッピングは耳から聞こえる音であるはずなのに、なぜか自分の頭に触れられているように錯覚するし、炭酸水の弾ける音は目の前がチカチカするくらいに強烈だった。


 副作用があるとすれば、今後炭酸水をまともに飲めなくなったり、誰かが机を指で叩いていたりしたら、思わず反応しちゃうかもという点。


 ……正直、眠れるかどうか微妙なところだが――少し、クセになりそうな予感があった。公言は出来ない、秘密の趣味、みたいな。


 そういうことを、今日、ある配信者が初めて行うらしい。


 その配信者の名前は、天上あまがみりリム――調べてみると、「メスガキ系お嬢様VTuver」と呼ばれていた。この界隈には詳しくないのでその言わんとするところはよく分からないが、やっぱりヤバそうな感じだった。


 私がどうしてその子に興味をもったか、その配信を観ようと思ったのかといえば――なんでもその子、私のクラスメイトらしいのだ。


 というか、クラスメイトがVTuberをしているらしい、と小耳に挟み、その名前を聞いたのである。


 その子と私は友達――というのはやや微妙だ。彼女にとって私は大勢いる友人のなかの一人に過ぎないだろう。しかし、少なくとも私にとっては転校したばかりの学校ではじめて出来た友達である。夜中にメッセージのやりとりをするくらいには親しいつもり。


 けれども、一度も彼女からは聞かされていない――裏の顔。


 学校では品行方正でお淑やかなお嬢様、という風に認知されながら、親しくなれば明るく話しやすい、ちょっとギャルっぽいところもある女の子――


 そんな子の、夜の顔――誤解を招きそうだが、そういう秘密めいたことを、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、覗いてみたい。後ろめたさというか、背徳感のようなものを覚えはするが、別に悪いことではない。だって、それは世界中に配信されているのだ。今も、待機画面の下に表示された視聴数は数千を超えている。


 ちなみに、始まるまでまだ時間があったので、ベッドに入るまでにいろいろと、他の動画……アーカイブを観てみたのだが、言われてみればそれはまさしく私の知るクラスメイトの声に違いなかった。声をつくっているのか音声ソフトを利用しているのか知らないが、普段の彼女とは少し違う、でも時折生の声が漏れる――見れば見るほど、彼女に間違いないという気になった。


 ……今、私の住むこの街のどこか――割と近くで、彼女は配信の準備をしているのだろう。視聴者は数いれど、そのことを知っているのは私くらいのもの……。それが不思議なわくわく感をもたらした。


 ……配信が始まる――かさこそと、イヤホンからノイズが入ってくる。さっきまで無音だったからよけいにそれが際立った。


 画面の中、一見するとお淑やかな印象だがよくよく注視すれば前髪のショッキングピンクのメッシュだったり、派手めのメイクだったりがリスキーな感じを醸している――可愛い女の子のイラストが動いている。


 それがこの配信の主、天上りリムだ。


『みなさーん……』


 早くも、耳元。小さな小さな囁きが、鼓膜を優しく撫でるように話しかけてくる。


 ――バイノーラルマイク。通常のマイクよりもクリアに、立体的に音声を拾えるようにつくられた、なんだか超お高そうな感じの録音機材だ。しかも今回はダミーヘッドマイクという、人間の頭を模したかたちをしている……つまり、マイクの耳元に話しかければ、その音声を聞いている側も「耳元から音がする」のだ。世の中にはとんでもねえものがあるのだなと、調べていた私は目を疑ったものだ。私の知らないところで科学技術はここまで進んでいたのかと。


 さて――そのダミーヘッド型バイノーラルマイクによる、配信。


 目を閉じてみればすぐ真横に彼女の存在を感じる――そんな疑似体験に、思わずベッドから飛び起きてイヤホンを外してしまった。窓から差す外の明かりを頼りに部屋のなかに目を凝らすが、当然そこには誰もいない。そうして体感して初めて、というか改めて、科学ってすげーと実感したのである。


『きこえますかー?』


 外していなかった方の耳から、囁き。びっくりしてそちらを見る。……慣れたつもりだったのだが、どうしても確認してしまう。イヤホンから音が漏れているのではないか、そう感じるくらいには「外から話しかけられている」感覚がヤバいのである。


『今日はこのクソ高いマイクでみなさんを遊び倒しますよー』


 ベッドに横になる。深呼吸。ライブ配信なので、同じくこれを見ている世界中の人々のコメントがそこに流れる――日本語もあれば、中国語、韓国語、英語やそれっぽいものもいくつか……。


 そのなかに<あれ?声変わった?>というコメントが。


『そりゃぁね、大声は出せないからねー……いつもとはちょぉっと、雰囲気も違うものですよー』


 中の人を知る私でさえ別人のように感じるのだから、常連の視聴者たちも当然だろう。


「ふう……」


 どきどき感が強くなる。友人の知らない顔……を、こっそり覗き見ているのだ。


『それではみなさん、いろいろ、始めていきましょうかー。これはみなさんにぐっすり眠ってもらうための寝落ち配信になってますから、あんまりコメントは読めないかもだけど、いっぱいチャット飛ばしていいからねー?』


 ふふっ、という微笑に耳がくすぐられる。目を閉じると、まるで目の前に彼女がいて、私のことを見つめているかのように錯覚する――立体音響、マジヤバイ瞬間である。


 それにしても、吐息混じりの甘い声は耳に心地よく、本当にこのまま眠れてしまいそうだ。薄地のタオルケットを掛けて、スマホはお腹の上に置く。さっきまでスマホの画面を見ていたせいもあって、暗闇に目が慣れない。目を開けていても真っ暗だった。目隠しでもされてるみたい――


『あ、そうだ、始める前に私から一つお願いがあるのー……今夜は、なるべく動かないように我慢してね? 何があっても、何をされても、微動だにしないの。手足とか縛ってみるといいかもね? そしたらきっと、とーっても……うふふ』


 ……視聴者になんてことを言ってるんだ。ちょっと娘を見守る親みたいな感想を抱いてしまう。学校での姿とのギャップが凄まじい。なんともいえない気恥ずかしさを覚えてしまうのはなぜだろう。というか今、鎖みたいな金属音したけど何?


『それから、私からも一つ、約束するね――絶対、ぜーったい、急に大きな声を出したりしないから、安心してね?』


 ……念押しされると、逆に不安になってくるのだが。


『じゃあ、まずは……』


 吐息とともに囁かれる声にどぎまぎしながら、次に来る衝撃に備える――


 こしゅ――っ、こしゅ――っ、と。何かをこするような音が聞こえてきた。金属同士がゆっくり摩擦しているような――さっきの音の正体か――


『……今、ナイフを研いでます』


 物騒に過ぎる。


『このナイフでー……つん、つん』


 ひい――い、今、私、刃物の切っ先を向けられている!?


『なで、なで……』


 サイコパスの猟奇殺人犯に掴まった人質の疑似体験……といったところか。まるで頭にかぶったヘルメットの上からナイフを当てられているかのように、音が確かなリアリティをもって響いてくる――ほんと、聴覚から拾った音でしかないはずなのに、どうして頭や頬に感触を覚えるのだろう。不思議でならない。


『じゃあ、お次は――今度は腰が浮いちゃうかも――黒板をひっかく音ー』


 ゾッとする、が――『騙されちゃったねー? 冗談だよー』と、甘ったるい声がイヤホンに触れる手を止めた。なんだろう、このなんともいえない屈辱。


『続きましては――』


 なんだか一発芸大会みたいなノリだが、本番はここからだった。


『――まずは、右の耳から、ふうってするからね? 覚悟の準備をしていてくださーい。じゃあ……さん、に、』


 ふう――と、突然それは、左の耳を襲ったのである。


「ひゃっ……」


 完全な不意打ちだった。まるで本当に息を吹きかけられているかのように、なんだか耳奥に熱まで感じる。音圧のせいだろうか。プラシーボ効果というやつか。あるいは催眠術みたいなものかもしれない。なんにしろ、心臓が止まるかとおも、


 ごそごそ――右の耳に指を突っ込まれた気がした。


『じゃあ、今度こそ右のお耳に――ふうって、してあげなーい』


 再びの左。鬼畜の所業である。これが話に聞くジラしプレイというやつか。


 左耳が痺れるような刺激に襲われ、一方でごそごそといじられる右耳の感覚は飽和する。左耳がくすぐったい、指を突っ込んでほしい――右耳がじれったい。


『してほしい? 右のお耳にも、ふうって、してほしい? ……じゃあ、』


 妙な間をもたせながら――左の耳を吐息で刺激しながら、


『お願い、してみよっか? ふうってしてください、お願いしますって……ほら、言ってみて? そうしたら――ううん、どうしようかな? なんで私ばっかりがこんなことしてるんだろうね? たまには――自分で、してみたら? 自分でした方が、気持ちいいんじゃない?』


 ……なんてことを言うんだ。自分でできないから――手持ち無沙汰な両手を握ったり開いたり。ふう、と呼吸をして自分を落ち着けようとする。お願いなんて、絶対しないんだからね……、


『ふう……』


 息が漏れる。そして。


『『ふぅ――っ!』』


「ひゃっ……!?」


 ビクンっ、とベッドの上で飛び跳ねかけた。


 両耳からだった。突如として吐息が襲ってきたのだ。焦らされていたぶん右の耳が感じる刺激は強烈で、それに加えて左も――


『びっくりしたぁ?』


 ……それはもう。未だに訳が分からない。どうして左右同時に息を吹きかけることが出来るんだ。私の知らない新技術なのか? それとも一方に吹きかければ、イヤホンの両方から聞こえるような設定に出来るの? それにしては左右で息の強さに強弱が感じられた……――分からない。声を上げてしまった恥ずかしさもあいまって、頭がおかしくなりそうだ。


 しかも、どこからか水の流れる音が聞こえてくる――川のせせらぎASMRみたいなものもあったが、それらとは異なりその水音は数秒ほどで止んだ。

 なんだか羞恥心をあおられる水流の音に、私はベッドの上でもじもじと足をすり合わせる。体温が上がり、汗ばんできた。スマホを脇にどけ、タオルケットを外す。


 それにしても、今の音はなんだろうと、スマホを手に取りコメント欄をチェック。


 <いま水の音した><誰か漏らした?>


『どうしたのー? え? もしかして、おもらししちゃったの……? うわぁ……手錠、外してあげるから。自分でちゃんとお掃除してね?』


 ……じゃら、と微かな金属音。最初に聞こえたやつだ……。すごい、私なんかほんとヤバいもの聞いてる……。


『次はどうしよっか……?』


 右側から声がする――がさごそと、左側から微かなノイズ。何を企んでるのだろうと身構えるのだが、


「……?」


 何か、聞こえる――うちの外から。配信の音声からも、遅れて微かに。体を起こす。カーテンは開いているが、ベッドから窓は覗けない。


『――です。一階で――』


 ……あぁ――前にも聞いたことがある。


『火事です――煙が――』


 火災警報だ。どこからのものかは知らないが、前は誤作動で夜中に鳴り響いていたのである。


 <なんか聞こえる><放送?><住所バレしちゃう>


 コメント欄がにわかにざわつき出すが、


『大丈夫、気にしないでー、よくあるやつー――あ、でも、みんなは逃げられないね? 何があっても、りリムの声からは逃れられないんだから』


 ハプニング対応がうまい。私も安堵して枕に頭を預ける――しかし、それにしても、そうか……私、今この子と同じ街にいるんだ……。これが生配信なのだと実感して、なんだかわくわく。


『じゃ、気を取り直して……今度は……そうだね、ぎゅうって、してみる……? じゃあ、いくよ……――ぎゅうーっ』


 これはどういう現象なのだろう。マイクを抱きしめているのか――側頭部から首にかけて圧迫感を覚える。これもう何かの呪いの類なんじゃないかってくらい、不思議な感覚だった。

 なんだか心地いい――このまま寝落ちしてしまうかも――


『今、きみの首を絞めてまーす』


 やはり呪いであった。寝落ちじゃない、気絶するところだった。


『ちなみに……これ、高性能マイクだから、服の……衣擦れ? そういうノイズのっちゃうかと思って――』


 その衣擦れなのだろうか、また離れたところからノイズが響く。


『今日の私、実は下着だけなんだよ~……ふふっ』


 思わずぎゅっと目をつむる。首を絞められる(?)感触にイケナイ妄想が加わる。もしもさっきの火災警報が本物なら、今の彼女は逃げられない――


 ううううううう!


 ……また、外からである。配信にもその音がのる。サイレンの音だ。リアル火事だったのか、誰かが放送を聞いて通報したのか……。なんにしても、落ち着かない配信になってきた。彼女が『ちょっと、お外見てくるねー、大丈夫、窓から覗くだけだから』――立ち上がる気配。足音が離れていく――


 かさ――さ――


 謎のノイズが耳元で鳴る。


 <サイレンの音しない?><なんか聞こえない?><火事?><誰かいる?>


 ……まるで怪奇現象だ。マイクの近くに彼女はいないはずなのに、今、確かに誰かの気配をそばで感じた。

 明らかに彼女の故意でない音が発生している。それを敏感な視聴者たちは感じ取っていた。気付いていないのは、彼女だけ――


『どうしたの?』


 戻ってきた彼女の、不思議そうな、しかしどことなく人を小馬鹿にしたような問い――どちらかといえば左側からそれが聞こえるのに対して、何か――人の呼吸音のようなものが、右の方からうっすらと。


 <誰かいるの?><え?彼氏?>


 ……いやいや、まさかそんな。いくらなんでも生配信でそんなリスクを冒すはずがない。少なくとも私はそんな話は知らないけど……。


『私の声だけに集中しなきゃダメじゃないの……。せっかくちゅうしてあげようと思ったのに……』


 コメントの流れが速くなる。現金な連中である。


『してほしい? どうしようかなぁ……うーん――』


 思わせぶりな態度をしながら、不意に――生々しい、唇の触れ合う音が――


 <え?><!?>


 耳舐めとは違う――私の横で、彼女が誰かとキスをしている――そう錯覚するような水音がする。私(視聴者)にではなく、私(マイク)の前で他の誰かと……。たぶん、自分の指とか手のひらとかにしてるんだろうけど、それにしても生々しい――目の前でそれを見せつけられているダミーヘッドが可哀想になるほど、それは濃厚なキシウだった。


 この配信が主に男性向けのもので、視聴者から「おこづかい」がもらえるのは分かるけど――そのための高額マイクへの先行投資なのも理解する。だけど、そこまでやっちゃうの? いいの? そんな気分になる。ちょっとフクザツ。


 ぷはっ……と、唇の離れる音。熱を帯びた吐息。どきどきと高まる私の心音。もしかすると彼女もそうして興奮しているのかもしれない――


『ここで、みなさんにお知らせでーす』


 ? と全視聴者が頭上に思い浮かべたことだろう――そして、皆が絶句したはずだ。


『今日は、スペシャルゲストをお呼びしています――』


 ん? んん? それは通話で呼ぶってこと? それとも――でも、だとしたら――


『私の、妹ちゃんでーす。ほらー、挨拶して?』


『……こ、こんばん、は……』


 ややかすれて聞き取りづらいが、りリムちゃんとよく似た――しかし、別人の声が、右から。


 ……ということは、ずっとりリムちゃんと同じ部屋にいたってこと、だよね?


 妹? ――いや、誰? 初めて聞いた。家にお呼ばれしたこともあるけど、会ったこともなければ話も聞いたことがない。お母さんとも口をきいた私でさえ、妹の存在なんてみじんも知らなかった。


 ま、まあ、わざわざ話すようなことでもない、として――それはそうと、もしかしてさっきからのノイズは彼女が? そう考えるといろいろ納得もいく。だけど、それってつまり、妹がいる前であんなエッ――いや待って、さっきのキス……!?


 過去最高速で流れていくコメント欄。


『実はさっきから、手足を縛られて目隠しとヘッドホンしてた妹です』


 うわあ……私が序盤に感じていた恐怖をリアル体験してる人がいたなんて……。


『今度は、二人で両耳から、ふうってしてあげるね……?』


 二人で、両耳左右から……? それってつまり、マイクをあいだに挟んで姉妹で向かい合うってことで――うわぁ、すごいな。私には無理だ。恥ずかしくて目をつむっちゃう。


 ふう――と、やり慣れた感のある真っ直ぐな息と、どこかこわごわとしたか弱い吐息が両耳を刺激する。このアンバランス……なんだか全身がもぞもぞとしてきて、無意識にか弱い吐息の方に頭を傾けていた。


 トン、トン――


『あ、やば』


 なんだろう……?


『二人とも、何してるの? 早く寝なさい――』


 いわゆる、親凸というやつである。生配信中に家族が部屋に入ってくるやつ――私は彼女の母親の顔を知っているから、よけいに「いけないことを親に見られた」感をイメージできる。一瞬背筋に寒気を覚えるのだが……。


『なんてねー、声真似してみた』


 ……うん、分かってた。私じゃなかったら気付かなかったね。一瞬ヒヤッとしたけど。それにしてもサプライズが過ぎる……。


『これから友達に電話かけてみたいと思いまーす』


 唐突な凸宣言である。息をつく暇も与えてくれない。身バレしたらどうするんだ。


 そこで、不意に配信が途切れた。


「ッ!?」


 まさか、と思った。


 ……着信だ。


 え、え……? まさか――飛び起きながらスマホを手に取る。画面には、「非通知」。このタイミングである――自分の声が放送にのることへのためらいも覚えたが、出ない方がなんだか後ろめたく――着信に応じる、と。


「もしもし……?」


『…………』


 無言。数秒して、一方的に切られた。


「…………」


 ……嘘でしょ、リアル間違い電話? それとも詐欺とか嫌がらせの類? 出ちゃマズかった? ――いやいや、さすがにタイミングが良すぎる。偶然とは思えない。知り合いの誰かの悪ふざけ……。ドキドキとした胸を押さえながら、配信画面に戻る。私が電話に出ていたあいだに、どうやら唐凸コーナーは終わってしまったらしい。


「……なんだったの……」


 知り合いの声が聞けたかも、というちょっと損した気分を覚えながら、ベッドに身を預ける。


『という訳で、お次はリアル激凸と参りましょう』


 どういう訳なのか知りたかったが、コメント欄を見るに通話の内容は聞かされていないようだ。もしかすると、これからリア凸する相手にアポ取りでもしていたのか――


『あ、いまー、私が下着姿のまま外に出るって思った人、いるでしょー? そんなことしませんー。ちょっとお着替えするから、みんなはそこで目をつむって待ってるように』


 もしかして生着替え――かと思ったら、配信はそこで待機画面になり、音も消えてしまった。私は何を落胆しているんだろう……。コメント欄のみんなと違って、生着替えどころか、生りリムちゃんを知ってるのに。


 ふふ、とほくそ笑みながら、私はスマホをお腹の上に戻し、目を閉じて眠る体勢に――いやちょっと待てよ? リア凸するの? 今、夜だけど……外出するの? 大丈夫? というか、もしかして、私も外に出ればりリムちゃんに会えるんじゃないの?


『お待たせー――じゃ、いこっか』


 がさごそと、さっきまでとはまた違う、リアルなノイズ。ダミーヘッドからスマホに切り替えたのだろう。音質は劣るが、彼女と実際に通話してる時とほぼ変わらない感覚がこれはこれで堪らない。


『いろいろ設定大変だったけど、みんなのコメントは見れてるから安心してねー。ええー? 何? ASMRじゃない? 彼女と散歩するシチュエーション、想像できないのー? 可哀想だねぇ、ふふ』


 じゃら、と何か聞き覚えのある金属音。……あの、えっと、散歩は散歩でも、私たち視聴者の立場は……。


『そんな可哀想な人たちに朗報でーす。もしかしたら……今、お外に出たら……私に会えるかも?』


 ……なんだか、さっきまでの私の考えが見透かされていたようで気恥ずかしい。私はそんな野次馬にはならないぞ、と意を決する。


『おっと、いけない……みんなは今、お家のベッドの上で拘束されてるんだったね――』


 まだ続いてたんだ、その設定。彼女と通話中だったり、散歩させられてたりと、人によってさまざまなシチュエーションを楽しめる、とてもエンタメな配信ですね。


『夜道は危なくないかって? 大丈夫――あれ、持ってるから』


 銃! 刀! 法! そこはあなたが守ってね、とか言ってくれないの?


『ちなみにー、これから行く友達のお家には、事前にアポとってます。だけど――ひとりじゃないんだなぁ、これが。……ね、聞いてる? 私、何人かにアポとってるんだよ――』


 ……え、それってつまり――私も知ってるクラスメイトたちの誰かの家に、これから向かうってことで――しかも、それが誰なのか、その時になるまでりリムちゃん以外には分からないってこと――身内だけが意味もなくドキドキさせられている。アポもらってない私でさえ緊張してきた。


『なので、その何人かはこの配信見てると思うから、視聴者数のいくつかは身内のさくらなのです』


 あけすけにものをいうが、正直さくらなんて全体の一パーにも満たない。そしてその一パーセント以下の視聴者だけがよけいな緊張に晒されている。


『みんなには、ASMRやるからなるべく音を立てないように、下着姿で――それから、私がいつでも来れるようにドアのカギは開けておいてねって、頼んでるんだよね――今、日本のどこかで私が来るのをどきどきしながら待ってる、ほとんど裸の女の子たちがいまーす』


 とんでもねえ宣言である。しかもこれ、誰か家に入ってきたと思ったら、最悪りリムちゃんじゃない可能性もある――リアル犯罪を誘発する囁きだ。みんなのどきどきも想像に難くない。


『突然行くから――そうだね、寝起きドッキリみたいになるかも。どきどきした心音、みんなも聞きたいよね? というわけで、心音ASMRをやりまーす』


 ネタにされた誰かは彼女に出演料を請求する権利があると思う。


『それから――実は今、スマホの充電ヤバいです。急に音のらなくなったらごめんねー?』


 もうほんとにどきどきが止まらない。


『なので、急いで向かおうと思います。お家ついたら充電させてね。じゃあ、行くよ――私、りリムちゃん。今あなたと同じ国にいるの』


 うわあ、恐怖の時間が始まった。それにしても国って広すぎない? 人口どれだけいると思ってるの。でもすれ違うどこかの誰かが実はあの配信者の中の人、って考えるとわくわくするよね! もしもに備えていいカッコしたいから、誰にでも優しくなれそう! まあ私はりリムちゃんの正体知ってるんだけど! みんなと違ってね!


『私、りリムちゃん――今、あなたと同じ学校に通ってるの』


 夜ですが? そりゃまあ、これから行くのは友達のお家だもんね。私関係ないから普通に視聴者として、知り合いの驚く声が聞けると思うと手放しで楽しみ。


『私、りリムちゃん――今、あなたのお家の玄関にいるの』


 学校から直通? どこでもドアじゃないんだから……。

 というか、思いのほか近所に行くんだ――私は知らないけど、りリムちゃん家の近くに他に誰か住んでるのかな――月曜は今夜の話で持ち切りになりそうだなぁ――


『階段のぼってまーす。――私、りリムちゃん、今――』


 、。


 ……え?



「今、あなたのお部屋の前にいるの」



 ……嘘、うそうそうそ――いやいやいや。


『――今、あなたのお部屋の前にいるの』


 聞いてない、聞いてない。アポもらってない!


 ……コン、コン。ノックの音で飛び起きた私の目の前から、遅れてイヤホンから――



「きららちゃん、あーそび、ましょー』



 ……いや、きららちゃんって誰。私の仮称? というか待って、心の準備が。胸が痛い。胸が……え、もしかして脱ぐべき? 心音が世界中に発信……? いやいや、さすがにそれは恥ずかしすぎる――


 スマホを握りしめたまま、ドアを睨んで立ち尽くす――


「あ、やばっ、すま、」


 ドアの向こうから慌てたような声がしたかと思うと、がたっ、どさ――パニックにでもなったのだろうか。配信の音も途切れる――


「……?」


 そして、静寂。


「りり……い、未川いまがわ……さん?」


 彼女の――中の人の名前を呼ぶ。しかし、返事はない。ドアの向こうは静まり返っている。


 かと思えば、私の耳に、通知音――スマホを見ると、メッセージが届いていた。


『配信用のスマホの充電きれちゃった。しばらく無音』


 いやいや、私個人に連絡するより、配信にコメントすべきでは?


『みんな、いつ始まるのかなってどきどきしたまま――今日はこのまま終わりかな? それともまた始まるかなって――眠りたくても、眠れなくなっちゃうかもね』


 悪い女だ……。このトラブルが拡散し、さらに視聴者が集まることだろう――


 ともあれ、スマホの充電が必要だ。こんなかたちで彼女を部屋に招き入れることになるとは思いもしなかったが――私はドアに近づき、その向こうに人の気配を感じながら、ノブを回した。


 ドアを開くと、そこには――天上りリムこと――未川理降りふるが――



 …………。

 ………………。

 ……………………。



 ――誰?



 右手に持ったスマホの明かりに照らされて浮かび上がる、マスクで口元を覆った、青白い顔――闇の中に溶けるような長い黒髪、ぼんやりと映える白いワンピース――


 左手には、×××が。



「りリムちゃんの配信に、来てくれてありがとー。今夜は、寝かさないからね?」




                               おしまい



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

MADofLIVE -メス×キ系お嬢様VTuber天上りリムの狂気の沙汰レディオ- 絶対眠りたくなるASMR配信 人生 @hitoiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ