青春セパレートティー

肥前ロンズ@仮ラベルのためX留守

青春セパレートティー

 今、私には深刻な悩みがある。

 簡単に言ったら、恋の悩みだ。だけど私が恋をしているわけじゃない。

 私が、恋を、『されている』。


「うわ、またお前と同じクラスかよ。サイテーだわ」

【よっしゃあ! また辻と同じクラスだ! ひゃっほぉ! 神様仏様あざーっす‼】


 ……おわかりいただけただろうか。

 私は、人の心が、読める。

 私はこの宮村マサルの言葉の暴力と好意駄々洩れの心情、両方に殴られ続けた。


「うっっわ、ニキビある。きったね、顔ちゃんと洗ってんの? 無表情だから余計ブスに見えんだよ」

【今日もクール‼ クールかわいい! ぱっつん前髪×クールな目クールビューティ!】


 この精神的苦痛、お分かりいただけるだろうか。リアルツンデレ男の内情などを強制的に知ってしまう私の気持ちを考えろ。恥ずかしくて素直になれない心情をいちいち実況されて、共感性羞恥心に苦しんでるんだぞ。

 宮村が暴言と好意を言い逃げして去っていく。一足遅れて、トモちゃんが憤慨しながら私の席に来た。


「何アイツ。女の子にあんなこと言う⁉」

「そだねー……」

「なんでマリちゃん怒らないの⁉ だから宮村つけあがるんだよ! 高校生にもなって好きな子にちょっかいかけるなんて、アイツ成長しないの⁉」


 私じゃなくてもバレてるぞ、宮村ぁ。お前がツンデレだということが。

 だけど私は疲れ切って「そだねー……」としか言えない。


「ねえねえ! 今度、駅前に出来た喫茶店行こうって言ってたじゃん? あれ、ナシにしてくんない? 予定入っちゃって」


 それは、トモちゃんから誘ってくれた約束。「セパレートティーがえるんだって! 今度一緒に行こう!」と言う言葉に、私はいいよと言ったのだった。


「あー、……うんわかった」

「ごめんね! また今度!」


「トモー、こっち来なよ」

 クラスメイトの女子が、声をかける。トモちゃんはその輪っかに吸い込まれていった。


 私のこの能力は秘密にしている。だから友達にも相談することができない。

 昔はもう少し楽だったのだが、思春期を迎えた途端、人の心情が爆発するように流れ込んで来た。

 わかってる。思春期としてごく普通の成長だ。そして口に出したり人を傷つけたりしてるわけじゃない。読み取る私が悪い。

 けれど、ただでさえ、皆どこかしら心身に不調を抱えていたり、人間関係や打ち込んでいることがうまくいかなかったりするわけで。その鬱憤や嫉妬、優越感も含まれているから、かなりきつくなった。これを私は陰タイプと呼んでいる。

 その点で言うと、宮村は実は陽タイプだ。あいつは私だけに口が悪いだけであって、人を妬んだりとか、貶めようとか、値踏みしようとか、病んでいない。

 これでツンデレじゃなきゃよかったんだが。

 チャイムとともに、トモちゃんが自分の席に戻っていく。一限目の授業のために数Ⅱの教科書を開いた。


                   ◆


 はあ、とため息をつく。

 梅雨の時期も相まって、私のテンションは急降下だ。正弦波にしたら0に近い。


「おい、ちんたらしてんじゃねえよ。マツケンの機嫌損なったらどーすんだそれぐらいもわかんねえのかよバカ女」

【元気ないけど大丈夫か⁉ 保健室に連れて行くべきか⁉ それとも早退か病院か⁉】


 暴言と気遣いの言葉を同時に掛けられるのって、多分この世で私だけなんだろうな……。


「別に病気とかじゃないから気にしないで。先生には後で言うし。宮村は先に体育館に行きなよ」

「は? お前の事情なんてどうでもいいんだけど? 人の迷惑になるなっつってんだけど?」

【そんなこと言っても未だに着替えていないとか不安なんだけど? マツケン機嫌悪いと怒鳴るしなあ】

「体操服が見つからないの。見つけ次第向かうから」


 多分、教室からそう遠くないところに落ちているとは思うんだけど。

 そう続ける前に、は? と宮村が素で返した。


「何お前、いじめにあってんの?」

「あんたの私に対する暴言も大概でしょうが」


 間髪入れずに返すと、う、と宮村が言葉を詰まらせた。あー、うー、と言葉を探しているようだ。


「…………ごめん」


 ちいさな声で謝罪する。何に対する謝罪なの、と返すほど私は鬼ではない。いや、出来たら反省してやめて欲しいんだけど、どうも宮村の暴言も、私がこうやって勝手に人の心が読めるのと同じぐらいどうしようもない性質なのでは、と思い始めている。

 多分、教室の窓から落とすと面倒だから、わざわざ階段を降りてどこかに隠したんだろう。時間的に、そんな遠いところには隠していないと思うけど……。


「おい」


 後ろで宮村が、ポリエステルで出来た青い袋を持ってきていた。体操服袋だが、私のじゃない。名前は『如月咲子』と書かれていて、その体操服が女の子のものだと気づいた。


「……どうしたのそれ」

「借りた」

「宮村が女の子の体操服をッ⁉」

「うぜー! さっさと着替えて来いよ!」

「あーもう、後で如月さんに会わせてよ⁉ 私が返しに行くから!」


 ささっと着替えて、宮村と体育館へ向かう。小学校の体操服と時と違って、人の名前が書かれたゼッケンがついてないのがありがたい。授業が始まって5分経過しているが、今更焦ったところで仕方ないだろう。


「……一応、お礼は言っておくね」

「あ? いらねえよキモ」

【良かった受け取ってもらって……気持ち悪がられたり、余計なお世話だったらどうしようかと思った……】


 ……ここまで心にも思ってないことを言える人って、すごいなあ。


「っていうか宮村、別クラスに女の子の友達いたんだね……いくら親しくても、男の子が女の子の体操服借りるのってハードル高い気がするけど……」

「いや。友達の彼女に頼んだ」

「なおさらやばいんじゃないの⁉」


 まだ会ったことない如月さん、重ね重ねごめんなさい。親しくない男に貸したあなたの体操服は、顔も知らない私がお借りしています。洗濯してお返しいたします。

 暫く無言で廊下を歩いていると、ふと宮村は私にこう尋ねてきた。


「……松田には言わねえの」

「トモちゃん? 何を?」

「いじめにあってんの」


 友達なんだろ、と言う言葉に、私は目を伏せて答えた。


「……言えないよ」


 私がそう返すと、宮村はそ、と言った。



 マツケンは今日は割と機嫌がよく、宮村がしれっと『辻さんが体調悪そうだったので保健室まで連れて行ってました』というと、あっさり納得して、『無理せず見学していいぞ』と答えた。

 私はそれに甘えて、端っこで見学することにした。


「マリちゃん大丈夫⁉ 保健室で休んでおきなよ」


 トモちゃんが駆け寄ってそう言ったが、私はここで見ておく、と返す。


「トモー、早くー」


 グループを組んだのだろう、クラスメイトの女子たちに「今行く」と返して、トモちゃんはそのまま走っていった。

 私はぼうっと、片隅で彼女たちのバレーの練習を見続ける。トモちゃんはクラスの中心だけど、私はあの中に関わったことは一度もない。

別に混ざろうとも思わなかった。

 ただ、彼女が迷わずあちらに向かって、別のグループの中で過ごしているのを見ると、心が痛んだ。


 如月さんに会いに行って、借りたことへの感謝と謝罪と、明日洗濯して返すことを告げると、如月さんは爽やかに「気にしないで」と返した。バレー部所属らしく、宮村より身長が高い彼女を見て、なるほど彼女の背丈なら男子も借りられるのか……? と思ったが、そういう問題ではない気がした。

 ただ表裏がなく、さっぱりとした言葉に迷惑な色は一切なく、初対面の私でも話しかけやすい女の子だった。

「もう一着あるし、返すのはゆっくりでいいよ」と言われたが、そう言うわけにはいかない。今日洗濯して乾燥機をかけて、明日返すつもりだ。

 そして教室に戻ろうとした時――。




「え⁉ トモ、辻さんの体操服隠したの⁉」




 女子の声が聴こえた。


「でも辻さん、体操服着てたよね」

「誰かに借りたんでしょ。アイツに体操服借りられる友達がいるとは思わなかったけど」

「ちょっとー、トモ。あんた辻さんの友達でしょうが」


 嗜める色はなく、面白がるような声で言うクラスメイトの女子に、ハッ、とトモちゃんは鼻で笑った。「誰が?」

 ギャハハハ、と笑い転げるように女子たちが笑う。その周りで、良心的なクラスメイト達の気持ちが、どんどん陰っていく。

 その両方を、私は教室の扉の裏で聞いていた。


「辻さんもカワイソー。友達だと思ってる相手に服隠されるとか」

「まあでも、トモの気持ちもわかるわー。あの子、『私とあなたは違うんですー』って睨みつけてくるもんね。話振っても『そだねー』としか言わないし」

「なのに男ってバカだよねー。あんなのに興味持つんだから」

「あれ、ただのコミュ障だから。お淑やかとかじゃないから」

「黙っている女なら御しやすいって思ってるもんねー。マウントとりたがりっていうか」


「アイツ、ホントうざい。早く死んでくれないかな」


 ガタンッ‼

 私の前でふさがれていた引き戸が、思いっきり音を立てて開いた。

 一斉にみんなの視線が、引き戸を開いた人に向けられる。

 開けたのは、宮村だった。

 宮村はわざと大きな音を立てながら、何なら舌打ちしながらトモちゃんたちのグループの前を通り過ぎて、私の荷物と自分の荷物を持ってきた。

 そして教室を出て、引き戸の傍にいた私に荷物を渡す。


「帰んぞ」

「まだ一限残ってるけど、」

「バカが。こんな空気の中でいられんのかよお前」


 フケるぞ。その言葉に、私は頷いた。

 教室の中にいたトモちゃんがこちらを見る。

 何か言いたげで、実際心の声が聴こえていたけれど、私は聴こえないふりをした。


         ◆


 雨が降り続ける。

 小学校の時、よくお世話になった駄菓子屋の軒下を借りて、私たちは雨宿りをしていた。


「……よくここ、トモちゃんと遊びに来てたんだ」


 小学校の時、母さんには駄菓子屋禁止令を言い渡されていた。身体に悪いからと。

 皆が駄菓子屋に行こう、と放課後の約束を取り付けても、私は加わることができなかった。誘われなかったし、あんまりおいしそうに見えなかったけど。

 でも、トモちゃんに誘われて、私は母さんとの約束よりトモちゃんの誘いを優先するようになった。酸っぱい梅干しのお菓子の味を、匂いを、今でも覚えている。

 嬉しかった。

 多分きっかけは、それだけのこと。それだけのことに、今も執心している。


「馬鹿じゃねえの」


 バカにした言い方じゃなくて、切羽詰まったような、傷ついた様子で宮村は言った。

 雨音に溶け込んだその声は、優しさも滲んでいた。


「なんであいつと付き合っているんだよ。お前を引き立て役にしてることもわかってただろ」

【ずっと見ていた。辻が松田にこき下ろされてるところ。なのに辻は、ずっと笑ってたから】


 なんで?

 そんなのわかんない。

 いや、本当はわかっているんだ。私はトモちゃんと縁を切るべきだって。

 知っていた。彼女が私のこと、妬んでいると。引き立て役で声を掛けたことも、陰で悪口を言っていることも。何かむしゃくしゃしたら、殴れるサウンドバッグだと思ってることも。

 でも。


「……人に好かれたいから、好きになるわけじゃないでしょう」


 好きになったから、好かれたいんでしょう。

 これが恋なんだろうか。友情なら依存しすぎていて、無償の愛と己惚れるには打算的だ。彼女の悪意に気づかなければ、表面的に仲がいいままだと思えるから。

 私は、彼女に嫌われていると思いたくないのだ。他の誰ならきっとあっさり納得できたのに、トモちゃんに面と向かって言われたくないのだ。


「それでもお前は、アイツと離れるべきだよ」


 宮村は続けた。


「松田のためにも、そうした方がいい」

【もうこれ以上、辻が傷つくところを見たくない】

「…………そうだね」


 トモちゃんは、嫌いな人から離れることができない。

 人から嫌われた時、自分の全存在を否定された気持ちになるからだ。だから嫌いな人ほど依存する。いや、トモちゃんはすべての人間が敵だと思って生きているのだろう。自分を差し置いてただ笑っているだけで、自分より頭がいいだけで、自分より注目されるだけで、『攻撃されている』『バカにされている』と思っているのだ。

 それは、彼女の責任なんだろうか。私が人の心を読んでしまうように、彼女には御せないものなのだろうか。

 ただ、私が彼女の要望どうりでいることが、彼女をもっとイラつかせ、深く傷つけていることには、気づいていた。


「宮村」

「何」

「誰にも言わないでくれる?」


 この想いは、誰にも知られてはいけない。きっとものすごく見苦しくて、人を不愉快にさせるだろう。

 そんなことは一言も言っていないのに、宮村は一言、


「バカが」


 と言った。


          ◆


 それから、少しして。

 あれだけ一緒にいたのに、今も同じクラスなのに、トモちゃんは私に一切話しかけなくなった。いや、本当は数回ほどいつも通りに話しかけられたけれど、私の態度が変わったことに気づいたんだろう。拒絶されるとは思っていなかった彼女の心は、傷ついていた。

 だけどプライドもあったのか、私の前で取り乱して責めることはなく、代わりに私の悪口をひたすらSNSに書いていたらしい。

 私の心も変化したようで、トモちゃんから嫌われていると言う事実に、何とも思わなくなっていった。もしかしたら私もまた、プライドがあってやせ我慢しているだけかもしれないが。


「……いらっしゃいませ」


 喫茶店でアルバイトしていた宮村が、物凄い不機嫌な声を出して返す。

 私は特に気にせず、カウンター席に座る。


「……んでバイト先に来るんだよ。うぜぇ」

【どうして来るかなー⁉ いや嬉しいんだけど、嬉しいんだけど!】

「セパレートティー一つ」

「無視すんなや」

【あー、緊張するー! 失敗しませんように!】


 宮村は奥へ向かって行く。

 相変わらず剥離した声と心情に、私はこっそり笑う。


 少しして、彼はグレープフルーツジュースと、その上にニルギリを注いだセパレートティーを持ってくる。

 からんと氷の音。小さなミントが乗せられた、二層の色に剥離した飲み物。ストローで、私は一つの飲み物のはずなのに、別々の飲み物を飲む。

 こんなにも綺麗なのに。


「まっずい」

「飲み方下手くそか」


 やっぱり、飲み干すには向いていないようだ。私。そう思ったら、自然と笑顔を浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青春セパレートティー 肥前ロンズ@仮ラベルのためX留守 @misora2222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ