ライアーズ

アオピーナ

ライアーズ

「私の罪を、書き換えて欲しいの」


 薄暗く狭い路地裏。煌びやかなセントラル街の喧噪の合間を掻い潜るかのように、少女の声は凛として響いた。


「冤罪を、改竄しろと?」


「そうよ。資料を改竄したあの貴族の犬共に、意趣返しをしてやって欲しいの」


 生ぬるい風に靡く少女の金髪が、銃口に映り込む。少年が少女に向ける、豪奢な装飾が施された拳銃。


 少年は、核心を覗くかのように、少女の夕焼け色の瞳を射抜く。


「――。分かりました。どうやら、断ることは出来なさそうだ」


「嬉しいわ。忌々しいと思っていたこの勘の鋭さも、ようやく役に立つってものよ」


「では、ライアさん。早速、現場に赴くとしましょうか」


「ええ。エスコートするわよ、任期満了の『神ノ子』さん」


 両手を腰のあたりで組んで悪戯っぽくそう言ったライアに、少年は苦笑を零す。



 曇天を浮遊車の群れが雑多に行き交う、ネオンまみれのメインストリート。


 自律的に増殖していくAIを神秘的な「第二種」として崇めるようになった昨今でも、人はやはり俗物的なディテールを好むらしい。


 そんな大都心からやや離れた位置にある、広大な人工芝とその中心を埋める湖――の上に浮かぶ逆ピラミッド型の城塞。


 王立最高制裁城塞などと仰々しく称されたこの建物の最上層で、初老の男達を中心とした、喪服めいた装いの面々が両手を上げて固まっていた。


 戦慄に包まれた法廷。


 ライアは傍聴席に座り、本来なら彼女が被告人として立つはずだった机の前には、少年が立っている。


「では始めて頂戴、神ノ子さん」


「その呼び方やめてください」


 うんざりしたように返し、少年は男達を左端から右端へ――次々と弾丸を撃ち込んでいった。


 煌々と瞬く白い光。彼らはそれを浴びた後、何事もなくぞろぞろと法廷を後にした。


「彼らの記憶はたった今、ライアさんを知らない状態へと書き換わりました」

「そう。ありがとう」

「だから、」


 少年は銃を構えたまま、今度は裁判官が立っていた場所に移動して言った。


「両親殺しの冤罪ではなく、


 ライアが静かに席を立つ。

 被告人の立つ場所で机に両手を置き、少年を睨む。


「あら、とっくに読み取っていたのね。でもあなただって『任期満了』なんていう嘘をついて御役目から逃げてきたんでしょう? 神ノ子さん」


 少年は一瞬、目を見開いた。

 しかし直後になって、彼は苦笑してこう返した。


「……僕もまた、自分自身に嘘を植え付けていたんだ」


「人型事象介入装置っていうのも、人の心を持てば大変になるのかしら」


「大勢の人を読み込まなければ、多くの事実は書き換えられませんから」


「で、どうするの? 私もあなたもお互いの弱みを握り合っている状態なのだけれど」


「この場で貴女の『罪』を失くすのもいいが、それは貴女のためにはならない」


「綺麗ごと?」


「ただのエゴですよ」


 二人の嘘つきによる駆け引きが、始まった。


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ライアーズ アオピーナ @aopina

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