第2話 悪役令嬢の行方


 前半は三人称、後半はアレクサンドラ目線に変わります。

 どうぞよろしくお願いいたします。

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 ヘンリー第二王子は、公爵家の養子で長男であるアランを連れて、サヴォワ公爵家に立ち入った。

 目的はアレクサンドラの財産を、アリスへの慰謝料として接収するためだ。


 ちゃんと公爵夫妻が不在の時を確認した。

 4年前から公爵夫人の体調が悪くなって田舎の領地へ療養に行き、公爵は度々見舞いを兼ねた視察に行っていたのだ。

 その間に家令に書類を出させて、手続きを済まそうと考えた。

 抵抗すれば無礼討ちにするつもりだった。



 だが公爵家の家令はこういった。


「アレクサンドラお嬢様の財産は、この部屋にある私物のみです。

 ダイヤモンド鉱山はかなり以前に売却されました。

 そのお金はお嬢様が投資や寄付に使われて無くなっております」


「そんなバカな!

 マゼラン帝国の誇る屈指のダイヤモンド鉱山だぞ。

 億どころか、兆の値がついてもおかしくないはずだ」


「取引については旦那様とお嬢様のお2人でされましたので、私には詳しく聞かされておりません。

 私はあくまでサヴォワ公爵家の家令でございますので、アレクサンドラお嬢様個人の資産に関しては指1本触れることが許されておりません」


「そんな言い訳が通用すると思うな!

 全員で手分けして家宅捜索して、ダイヤモンド鉱山の証書を見つけ出せ」


 ヘンリー王子の命令通りにお付きの者は行動したが、証書はなく売買契約書しか見つからなかった。


 売買相手はサーシャ・ミロノフとあり、マゼラン帝国の商人と記されていた。


「誰だ、この男は?」


「存じません。

 お会いになったのは旦那様とお嬢様だけです」


「アランも知らないのか?」


「はい、日時的に僕がアカデミーにいる時を狙って来たようです」


「くそっ!」


「ないなんて絶対嘘だわ。

 アレクサンドラを売ったお金だけじゃ、全然足りない。

 娼婦になって気落ちしているはずだから、今拷問すれば白状するはずよ」


 アリスはなかなか残酷なことを言い放ったが、だれもそれに異を唱えるものはいなかった。


「あいつの行った娼館へ案内せよ」

 ヘンリーの一声で、一行はアレクサンドラを売り飛ばした娼館へ向かった。



 娼館へ到着すると、館の経営者が現れた。

「ああ、あの娼婦は身請けされました」


「何だと!

 かなり高額に設定して、簡単に落籍ひかせないようにしてあったはずだ‼」


「いやぁ、その10倍で買うってお客が現れたんでね。

 それにアンタらは謝礼を払わなかった。

 我々商売人は口約束だけでは信用しないんですよ。

 ちゃんともらうものはもらわないとね」


「どんなヤツが連れて行った」


「情報料として、10億ゴールドいただきます」


「そんな金が払えるか!」


「ではお話もできませんな」


「だったら死ね!」



 すると経営者はニヤリと笑った。

「イヤだなぁ、冗談ですよ。

 連れて行ったのは年配の男で、あの女を北の修道院へ入れるって言ってました。

 知っているのはそれだけですよ」



 ヘンリーは考えた。

 公爵の行動はずっと影をつけて把握してあったが、もしかしたらアイツが売られたのを察知して人を頼んで身請けしたのかもしれない。

 そうでなければ修道院へは入れない。


 変態男に弄ばれるようにアリスが手配したので、簡単に逃げられないと思ったのが間違いだった。


「嘘だったら殺してやる」


「嘘なんかじゃありませんよ。

 そこにちゃんとそこにいますよ」



 北の修道院は1度入ったら出られないと噂の、戒律の厳しいところだ。

 そこを訪れたヘンリー一行はアレクサンドラの面会を頼んだが、けんもほろろに断られた。


「こちらは男子禁制でございます。

 お尋ねの女性と思われる尼僧は1人しかおりませんが、たいそうショックを受けており面会は許可出来ません」


「抵抗するならば殺すぞ」


「神に身を捧げたものを殺すことは、神に逆らうこと。

 どのような理由があろうとも、わたくしを殺せばあなた様は王太子にはなれますまい」


 その一言にひるんだヘンリーを見て、アリスが助け舟を出した。


「だったら私が行くわ。

 女だから男子禁制には当たらないわよね」


「もちろんでございます。

 では女性の面会人がお一人ということですね」


「さっさと案内して!」



 それで修道院長は、アリスをアレクサンドラの元へ案内した。









 質素な扉を開けると、アリスは怒りが止まらなかった。


 そこはぜいをこらした設えの部屋に女王のように美しく着飾ったアレクサンドラがいたのだ。


「何がショックを受けたよ!

 どうしてアンタがこんな待遇を受けているの⁉」


「あら、アリス・ローウェン。

 わたくしはサーシャ・ミロノフ、正しくはアレクサンドラ・ミロノワよ。

 あなたを招待はしていないんだけれど、でも仕方ないわね。

 直答を許します。

 10日ぶりぐらいかしら?」


「サーシャ・ミロノフってことは、やっぱりダイヤモンド鉱山は手放してなかったのね。

 アンタは娼婦なんだから平民よ。

 私は男爵令嬢なんだから!」


 アレクサンドラは見下すように笑った。


「あのね、自分のことを令嬢って言うのはおかしいわよ。

 敬語の使い方もわかってないのね。

 確かにわたくしはこの国では身分をはく奪されたみたいだけれど、マゼラン帝国では皇帝の孫として公女の身分にありますの。

 母は皇女としてではなく、女大公の地位についてから父に嫁いだのですから」


「何ですってぇ!」


「だから帝国の公女を娼館に売り飛ばすなど、マゼラン帝国にケンカを売ったも同然。

 もし殺されていたら、即開戦でこの国を滅ぼしてもらう予定だったのよ。

 殺さなくてよかったわね。

 転生者のアリスさん?」



「なんだかおかしいと思ったら、アンタも転生者だったって訳?」


「そういうことになるわね。

 あたしはいろいろ努力したのよ。

 やっぱり断罪されたくないものね。

 だけど全然うまくいかなくて、初めはゲームの強制力かと思ったわ」


 アリスは黙っていた。

 今余計なことを言うのはよくないと感じたのだ。



「だからあらかじめ手を打っておいたの。

 断罪の方法は4つ。

 領地に幽閉、これは別にいいわね。


 死罪を賜る、これが一番困るけどおじい様に言ってあたしが死んだらこの国を滅ぼしてって言ってあったの。

 すごく反対されたけど、どうしてもって押し切ったのよ。

 中途半端に済ませたら、別のルートが開くかもしれないからね。


 修道院行きは、あたしのダイヤモンドでこの修道院の特別室に入る権利を買ったの。

 修道院ってね、寄付金がものを言うのよ。

 あたしにはお金があって、山のように金貨を積んだら優遇してくれたわ。


 最後に娼館行きね。

 ゲームでは娼館としか言われてなかったから、売られそうな娼館を全部買収したわ。

 だから王都の娼館のオーナーは、ほとんどこのあたしなの。

 オーナーが、客を取るわけないわね。

 あなたの用意した客は、お帰りいただいたわ。


 娼館ではみんな口が軽くなるの。

 あそこでいろいろな情報を仕入れたわ。

 そしたら面白い話が聞けたのよ」



 最後の一言を聞いて、アリスはギクッとしたように体をこわばらせた。


「そこには元子爵令嬢だった女性がいたわ。

 令嬢とはこんな風に自分の事じゃなく、尊敬すべき相手に対して使うのよ。

 あなたに色々注意してあげた方がよかったかしら?

 でも面倒だし、時間の無駄だと思ったからしなかったの。


 彼女はお友達から知らずに賭博へ誘われて、とんでもない借金を背負わされたそうよ。

 実はその騙したお友達も、同じように騙されてカモにする女を連れてくるしかなかったの。

 彼女の家は決して裕福ではなく、他のお友達をそのような目に遭わせたくなくて、娼婦に身を落とすしかなかったんですって。

 ひどい話よね。


 だけどそれは女だけでなく、男たちも同じように騙されてカモにされていた。


 義兄のアランとあたしは実家では問題なく過ごしていたのに、アカデミーに入学してからギクシャクし始めたの。

 彼を賭博の罠にかけたのね。


 そしてその賭博場の主があなたの父親、ローウェン男爵だった。

 借金している相手の娘だから、みんなあなたのご機嫌取るのは当然よね。

 だからあたしを陥れる偽証だってした。


 ヘンリー殿下までそうしたんでしょ。

 彼は負けず嫌いだから、とんでもない金額になったんでしょうね。

 それであたしのために使うはずだったドレスやアクセサリー代で返済に充てさせた。

 だからあたしにはプレゼントなんかできなかったのよ。


 でも足りなくて王子妃の座だけでなく、あたしのダイヤモンド鉱山を手に入れようとした」



 アリスは憎らし気に睨みつけていたが、やがて言葉を発した。

「何よ、全部わかってるんじゃない」


「ええそう」


「じゃあ、なんで断罪されたのよ」


「このくだらない王家に嫁ぐ気がなかったからよ。

 ヘンリーが失脚しても、他の王子がいるんだもの。

 そちらと結婚させられてはたまらないわ。


 あの婚約破棄が正式に受理されているかは知らないけど、こんな大醜聞が見過ごされるはずはないわね。

 マゼラン帝国は、王家のすげ替えを要求するでしょう」



 アレクサンドラが手を叩くと、奥の部屋から女騎士たちが現れた。

「アリス・ローウェン。

 あなたをマゼラン帝国の公女であるわたくしに冤罪を仕掛け、女性としての尊厳を失うように仕向けた卑劣な行動により拘束します。

 簡単に死ねるとは思わないことね」


「ちくしょう!

 こんなはずじゃなかった。

 私はヒロインなのよ。

 みんなに愛されて、幸せになるはずだったのに」


「調べたらローウェン男爵に賭博場を作るように勧めたのは、幼少期のあなただそうね。

 それってファンディスクか、なにかなの?」


「このゲームはハーレムルートがない。

 でも二次に賭博場で仲良くなる話を書いた神作家さまがいたのよ」


「ふーん、確かにつじつまは合うけど、恋愛感情は生まれっこないわね」


「そんなことない!

 みんな優しくしてくれた」


「そりゃそうでしょうよ」


 だってご機嫌損ねて借金返せなくなったら、自分の未来が無くなるんだもの。

 

 アレクサンドラはそう思ったが、口には出さなかった。






 ◇



 後のことはご想像の通りだ。

 ローウェン男爵は見せしめの上、石を投げられた後斬首。


 アリスは娼館落ちして、莫大な損害を補填させられることになった。

 途中で客を殺して逃げ出したので、その場で殺された。



 ヘンリー第二王子は王籍を失うだけでなく、断種の上犯罪奴隷になった。

 皇帝の孫であるあたしを陥れることは、マゼラン帝国に対する反乱だからだ。

 他にアリスに加担した貴族たちも、もちろん義兄のアランもだ。


 彼はあたしを痛い目に遭わないように配慮したって叫んだけど、そう言う言い訳は通用しない。

 あたしとサヴォア公爵家を売った彼が犯罪奴隷にならなければ、父や祖父が殺していただろう。



 王家のすげ替えは国民感情を考えてすぐには行わなかった。

 すべての王族の婚姻相手をマゼラン帝国の貴族にし、その血筋を本流にしたのだった。

 そのためあたしに敵意を持っていた前王妃は、蟄居ちっきょの上幽閉ののちに死んだ。



 それであたしはマゼラン帝国に居城を移したの。

 大量の貴族を葬り去ったあとの、クルム王国はものすごく居心地が悪かったから。


 マゼラン帝国の社交界では公女であり、富豪でもあるあたしの機転の利いた行動でもちきりだった。

 だって戦争せず、クルム王国を手に入れたんですからね。

 だから数えきれないほどのパーティーや茶会の招待がまいこんだ。


 だけどあたしが会ったのは帝室の親類たちだけだった。

 すり寄ってくる貴族なんて、大嫌いだから。



 祖父であるマゼラン帝国皇帝が、あたしに問いかけた。


「アレクサンドラよ。

 そなたはもう結婚の意志はないのか?」


「はい、おじい様。

 もう当分はこりごりですわ。


 父と母の間に弟もできて、今3歳ですの。

 ですがあの義兄がいたので、王都では育てずに田舎の領地ですくすく育っていますわ。

 母の大公家も父の公爵家も、跡取りの心配はございません。


 わたくしにはおじい様からいただいた財産もございますし、しばらくは1人でのんびりしとう存じます」


「それは残念じゃな。

 なに、そなたにどうしても礼が言いたいという男がおるのじゃ。

 そやつはクルム王国出身じゃが、たいそう優秀で見込みのある男でな」



 そうして祖父は手招きすると、1人の賢そうな見目麗しい男が入ってきた。

 あたしは、彼に見覚えがあった。


 彼はたいそうきらめくキレイな青い瞳をしていた。





 おしまい


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サーシャ・ミロノフはロシア風の名前です。


サーシャは、(アレク)サンドルや(アレク)サンドラの略名です。

男性の場合はミロノフ、女性の場合はミロノワになります。

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悪役令嬢はあらかじめ手を打つ さよ吉(詩森さよ) @sayokichi

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