悪役令嬢はあらかじめ手を打つ

さよ吉(詩森さよ)

第1話 悪役令嬢は断罪される


「はぁ~、やっぱりこうなったか……」


 ガタガタといつもより乗り心地の悪い馬車は、王都にあるどこかの娼館に向かっている。


 皆様、ごきげんよう。

 今最高潮にご機嫌が麗しくないサヴォワ公爵家の娘、アレクサンドラと申します。


 ああっ、めんどくさい!

 普通の言葉で喋るわ。



 あたしは前世でごく普通のOLだった。

 乙女ゲームも好きだったし、題材にしたラノベもよんでたぐらいのね。


 記憶を取り戻したのは5歳の誕生日の直前だった。

 この国では子どもは5歳の誕生日を迎えるまでは、子どもが出来たことを公表しないんだ。

 だけど無事に育ったからお披露目するってなったときに、いとこたちがやってきたんだ。


 父の弟のティルニー伯爵家の子どもたち。

 その中にいる一人が、乙女ゲームの攻略対象だったって訳よ。


 その子の顔を見た瞬間、自分が悪役令嬢でルートによっては修道院や娼館に行かされたり、もっとひどいときは死刑になったりするのを思い出したのよ。

 倒れはしなかったけど、その日の晩御飯は食べられなかったね。



 そのティルニー伯爵家の次男アランは、あたしが王子妃に決まって家を継げないから養子にやってくるの。

 あたしより下の子どもが生まれなかったから。



 父と母は和平のために政略結婚をした。


 しかも母はこのクルム王国の宗主国になったマゼラン帝国の皇女だったの。

 本当は国王に嫁ぐはずだったんだけど、『氷の貴公子』と称された父の美貌に一目ぼれして乗り換えたって話。

 元の婚約者と別れさせられて、父は母のことを蛇蝎だかつのごとく嫌っている……。


 というのが乙女ゲームの設定だったんだけど、あたしから見たら父はただのツンデレで素直になってないだけなんだよ。

 でもついつい冷たい態度を取るから、母は嫌われていると思っている。



 もちろんやりましたよ。

 父と母の仲を取り持つのを。

 ただただ父に「お父様、だーいすき」って、抱き着いただけなんだけど。


「突然抱きつくな。

 全然嬉しくない、嬉しくなんかないんだからな」


 と言いつつデレデレとあたしを抱っこする父の姿に、母もどうやら彼が素直でないことに気が付いて歩み寄るようになったわけ。

 今では2人はラブラブで、父は扱いに慣れた母の手のひらで転がされている。



 だけどあたしが6歳になって、1つ上のヘンリー王子と婚約した。

 まだ弟は出来てなかったから、アランは義兄になったんだ。

 そりゃ、仲をとりもって歩み寄るのに半年はかかったから、その後の半年で都合よくできるものじゃないからね。

 一応弟が出来たら、アランには父の持っている子爵位をあげるって話になっている。


 乙女ゲームではわがままいっぱいの嫌な女だったからアランのことを嫌っていたんだけど、記憶を取り戻していたから親切にしたよ。



 わがままは子どもらしく適度にした。

 だって父も母も、仲を取り持ったあたしを甘やかしたいんだもの。

 ドレスや人形いらないっていうと寂しそうにするの。

 ゲームでは関わるのがめんどうだからわがままを放置されていたけど、今は仲良し家族だからね。


 だから義兄はちょっと微妙な扱いになってしまったんだけど、親戚以上家族未満って感じでゲームよりは仲良くなった。



 だけど第二王子であるヘンリーとは、どうすることもできないくらい不仲だった。

 だって母親の王妃が、父の元婚約者だった人だから。


 彼女はそれはそれは母のことも、マゼラン帝国のことも恨んでいた。

 父はとっくの昔に彼女のことは忘れたけどね。

 というか、むしろ高慢ちきで嫌いだったみたい。

 今やってるあたしに対する嫌がらせも、幼稚だもんね。



 そんなことも知らずに、彼女はヘンリーに思いっきりあたしと母の悪口を言って、心底嫌うように教育したんだ。


 あたしの母譲りの黒髪に赤い目が不吉だとか、おぞましいとか、くだらない事しか言わない。

 顔も悪い性格が出てるって、父そっくりなんですけど。


 っていうか、その色は帝室の血が流れている証拠なんだ。

 あたしの色を悪く言うことはマゼラン皇帝一家の悪口を言っているのに等しいってわかっていない。



 当然ヘンリーの側近になる他の攻略対象たちともいい関係は築けなかった。

 彼らにとって一番はヘンリーで、あたしじゃないからだ。


 あたしに対して、ただマナー通りの丁寧な対応をしただけで遊び相手を外された伯爵令息がいて、同じ目に遭いたくなかったのだ。

 王子の遊び相手から外されるということは、この国では出世が見込めないと言うことだ。


 だから母に頼んで、その伯爵令息が望むならマゼラン帝国に留学できるように取り計らってもらった。

 その申し出を受けて、彼は留学していった。

 能力を発揮できれば、宗主国でよい地位につけるからだ。


 キラキラしたキレイな青い目だったこと以外は忘れてしまったが、彼の成功を祈るばかりだ。




 そんなこんなで不仲のまま婚約したが、母方の祖父であるマゼラン帝国の皇帝からあたしにすばらしい贈り物をもらった。

 ダイヤモンドの出る鉱山だ。

 これはあたしだけの財産で、ヘンリーと結婚してもあたしのものだ。


 国王からは良い持参金をもらったなと言われたが、完全に勘違いをしている。

 ちゃんとそのことも明記されているが、結婚したら何とでもなると思っているんだろう。



 この鉱山は本当に乙女ゲーム通りになってしまったとき用に使うつもりだ。

 今のところの可能性は五分五分だ。



 そう思って15歳で貴族アカデミーに入学したら、なんとヒロイン、アリスがいた。

 彼女はローウェン男爵の隠し子だ。

 平民として育ったけれど、男爵が商業で成功したおかげでこの度めでたく引き取られた少女だ。

 ピンク色の髪で小動物のようにかわいらしい。


 仲良くできたらいいなと思ったが、無理だった。

 なぜなら入学したてにも関わらず、攻略対象たちの好感度がMAXだったからだ。

 良好な関係だったはずの義兄でさえ攻略済みで、不仲になってしまった。


 これがゲームの強制力ってヤツ?

 でもゲームの中でだってちゃんと攻略してないと好感度は上がらなかったのに、おかしくない?

 それにこのゲームはハーレムルートがなかったはず。



 考えられるのは1つ。

 アリスも転生者の可能性が高い。

 なんらかの裏技を使ったのに違いない。

 だけどそんな裏技あったかな?

 死んでから出たファンディスクとか、続編とかならわからない。



 だから私はアリスを苛めたり、注意したりもせず、なるたけ攻略対象とも関わらずに3年間勉学に勤しみ、友人たちを作った。

 それはそれで楽しかった。



 ヘンリーとの関係は最悪のままだったけど、王子妃教育の一環で何度かパーティーに一緒に出席した。

 昔は用意してくれていたけれど、彼がアカデミーに入ってからはドレスやアクセサリーどころか、紙切れ1枚すらもらったことがなかった。


「ダイヤモンド鉱山より、よいプレゼントは出来ない」


 こんな謎な言い訳をするだけだった。

 いや、そんなプレゼントをポンと出せるくらい資金力があれば、マゼラン帝国に負けないでしょうが。


 愛どころか、誠意すらない。

 尊敬にも値しない浮気男。

 婚約破棄など望むところだ。


 だけど娼館や修道院に行かされるのは御免だし、たしか慰謝料としてダイヤモンド鉱山を取られたから、あらかじめ手を打っておいた。

 逆に言えばそれしかできなかったんだけどね。




 そして貴族アカデミーの卒業パーティーで、やってもいない苛めの断罪を受けてしまったのだ。

 次から次へと現れる証人たちに愕然とした。

 私の味方をすると請け負ってくれていた生徒もその中に含まれていた。


 あたしは反論しようとしたが、有無を言わさず娼館落ちを命じられた。

 義兄は助けてくれなかった。

 ただあたしが痛い目に遭わないようにだけはして、「許してくれ」とささやいただけだった。


 でも周りには傷を負わしたら高く売れないからなどと、ほざいた。


 許せるわけない。



 そうして私は娼館へ向かう馬車に乗せられた。


------------------------------------------------------------------------------------------------

お読みいただきありがとうございます。

全体で約8000文字なので、2話に分けております。

あと1話続きます。


カテゴリーを悩んで恋愛にしました。

ですがほとんど恋愛要素はございません。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る