君に言えない
あさぎ
君に言えない
ユキちゃんとの友情は、五年にも及ぶ。
小学校四年生のときに初めて同じクラスになって、とあるアニメ番組の話題で盛り上がったのがキッカケだ。
私たちはしょっちゅう一緒にいた。教室の中だけではなく、帰り道も、公園で遊ぶときも、家が近いこともあって週末も。アニメグッズを一緒に買いに行ったりもした。それは今もお互いのかばんにぶら下がっている。
『輝け! ピクシーフラワー・ヒカリ』
略して『ピクフラ』。それがそのアニメの題名。私たちの始まり。
一言でいうなら魔法少々モノだ。主人公ヒカリが仲間とともに花の妖精になって敵と戦う物語。ファンタジー要素やアクション要素だけでなく、人間関係もていねいに描かれた作品で、かなり評判は良かった。ついでに登場人物それぞれに花があてがわれているため、花の名前も覚えられる。毎週テレビに映る彼女たちを応援していたし、あこがれていた。
なにより、ユキちゃんと感想を言い合うのがたまらなく楽しかった。
「次は何に乗るー? りんりん」
「ユキちゃんが乗りたいのでいいよ」
五年が過ぎた今日、中学三年生の私たちは遊園地に来ていた。家から電車で一時間の小さな遊園地だ。だけど実は、『ピクフラ』第十話の舞台でもある。幼い頃からお世話になっている遊園地なので、これを知ったときは純粋に嬉しかった。すごくびっくりしたけど。
ジェットコースターを降り、私は隣を歩くユキちゃんをちらりと見た。
「えーじゃあねー」と地図を眺めるユキちゃんははっきり言ってかわいい。半袖からむき出しの細い腕は、まぶしい日差しをものともしていないし、ひとつに括った髪はどうなっているのか、とてもおしゃれに見える。目はパッチリしているし、背も高い。
まるでヒカリみたい。
「じゃあ、アイス食べよっか!」
輝く笑顔もほら、ヒカリの花、ひまわりのよう。
アイスクリーム屋はすぐに見つかった。
ユキちゃんはそこでトリプルを買った。三段のアイスはカラフルで美味しそうだ。私たちはテラス席に向かい合うかたちで座り、おしゃべりすることにした。
「近くだったらコーヒーカップがあるね。ぐるぐる回るやつ」
「いいねー。私それで気持ち悪くなって吐いたことあるー」
「私も!」
あはは、と笑う。
「りんりん、これおいしいよ! オレンジ味! はい、あーん」
「あーん。——おいしい!」
オレンジの香りが鼻を抜け、口の熱を冷ましていく。ほどよい酸味と甘味だ。
楽しく話していると、暑さもどこかへいってしまう。こんな時間がずっとずっと続けばいいのに。
「ねーねー、お嬢さんたちかわいいね」
白いテーブルに影が落ちた。驚いて見上げると、知らない男が三人立っている。
「俺たちと遊ばない?」
「楽しませてやるからさ」
なるほど。これが世にいうナンパか。
もちろんお断りだ。
「えーいいじゃんかよ、ちょっとぐらい」
「二人より人数多いほうが楽しいって」
金髪の男の手がのび、乱暴に私の手首をつかんだ。ゾッと背中に悪寒が走る。
「いやっ」
その時、三人のうち一人が真後ろ吹っ飛んだ。
ガシャンッとイスにぶつかって倒れる。どこかで悲鳴が聞こえた。
「え——」
「りんりんから手ェ離しな」
二人目の口にアイスをつっこみ、ひるんだところで、そのお腹に蹴りを入れる。男はぐぇっと呻いた。
三人目。胸ぐらを掴み、投げ捨てる。金髪の男は弧を描いて飛んでいった。この間、五秒。
私の手首を、今度はユキちゃんがとって、走り出す。
「今のうちに逃げるよ!」
「うん!」
ユキちゃんは——
男の人に囲まれても怯まない。やっつけてしまう。
そういうところ、ヒカリとは違う。
でも、私は大好きだ。
「ありがとう、ユキちゃん!」
「ルイには秘密ね。暴力女だって思われたくないから」
ちょっと顔を赤らめて人差し指を唇に置く。
ルイ、という名前に、心臓がドキッと跳ねた。
ユキちゃんと同じクラスのルイくんとは、二年の春に出会った。
運命の出会いだと思った。だって『輝け! ピクシーフラワー・ヒカリ』のヒーロー、コウキにとても似ていたから。秀麗な顔つきに、柔らかそうな髪の毛、優しい性格、なによりコウキの花であるガーベラが好きだという。
アニメから抜け出てきたかのようなルイくん。
だけど、「運命の出会い」は私ではなくユキちゃんのものだった。
いま、女子たちのあいだで憧れのカップルといえば、ユキちゃんとルイくんだ。
「はぁ、ここまで来れば大丈夫でしょ」
ようやく走るスピードを緩める。かわいらしい園内音楽が流れるなかで、私たちはぜぇはぁと息を荒げていた。汗が次々と頬をつたう。
「観覧車がある……ってことはさっきのところから真反対のところに来たんだね」
「つかれた……」
「アイスちょっとしか食べれなかった……」
ユキちゃんが肩を落とす。私を助けるためにアイスを犠牲にしてくれたのだ。なんとお礼しよう。
「あーあ、なんで私は暴力ふるっちゃうかなぁ……」
手を握ったり開いたりしてため息をついている。ユキちゃんは自分の性格を良しと思っていないのだ。
「かっこよかったよ」
そう言うと、ユキちゃんは口を尖らせながらも、かかとをトントンと地面にうった。照れているときの癖だ。
「そーお?」
「うん」
迷わず頷くと、ユキちゃんはちょっとはにかんだ。
「乗ろうよ」
観覧車を指差す。大きい。一周するのに何分かかるだろうか。
ライトアップはまだだけど、せっかく近くまで来たのだ。ゆっくりしたいし、邪魔された女子トークを再開したい。ユキちゃんも「そうだね」と頷いた。
『わたしね、コウキのことが好きなの』
敵を倒して、変身が解けた登場人物たちは、疲れと安堵にひたっている。周りは破壊の痕が色濃く、戦いのすさまじさを物語っていた。
親友ハルに、ヒカリが告白するシーン。夕暮れを背に、ヒカリの瞳は少しうるむ。
ガーベラの花言葉——希望、常に前進。
彼女は気づいてしまった。敵を倒すたび、コウキのガーベラは少しずつ少しずつ枯れていくことに。そんな彼を助けたいと思うと同時に、恋心が芽生えてしまったのだ。
そしてハルはこう答えた。
『そっか……。私もだよ』
あの名場面を思い出して、窓外の景色も無視し、しばらくユキちゃんと私は興奮して語り合っていた。
「衝撃的だった! まさかハルが⁉︎ って!」
「あのシーンは何度見返してもグッとくるよ! でも私はうっすらそうなんじゃないかなーって思ってたよ」
「ハルがコウキのこと好きなんじゃないかって?」
「そう。だってヒカリがコウキにキュンとしたほとんどの場面にハルも一緒にいるんだもん」
「ハルだってキュンとしていてもおかしくない!」
「そう!」
ガシッと手を握り合って、新たな発見を喜ぶ。
誰かと『好き』を共有すると、いっそう『好き』が深く大きくなる。そうして私たちとアニメの関係は築き上げられていく。私たちを豊かにする。
二人のかばんにぶら下がっているコウキのストラップは、観覧車と一緒に、ときどき小刻みに揺れた。私たちの宝物だ。グッズを買いに行った思い出がぎゅっと詰まってる。
だけど、コウキはルイくんを連想させた。
「……ルイくんとは最近うまくやってるの?」
何気ないふうを装って聞いてみる。
向かい合わせに座ったユキちゃんは、あたりまえのように「うん」と答えた。
「今度『ピクフラ』のサントラ貸すの。聴きたいって」
「へぇ! ルイくんも気に入ったの? アニメ」
なら三人でしゃべることもできるんじゃないか、とすぐさま算段を立てる。
ユキちゃんは首を横に振った。
「私が好きなものを知りたいんだって」
三日月形をしたユキちゃんの目は、わたしを試すようだった。
「……そうなんだ。さすが、優しいね」
不自然だけど、むりやり笑顔をつくる。
「うん。私、ルイくんと結婚する」
それはまた大きく出たな。ひくり、と頬がひきつる。応援してくれると思い込んでいるのか、親友だから打ち明けてくれたのか、はたまた私に「だから彼には手を出すな」と威嚇しているのか。
「ひとまず同じ高校に行けるといいね」
当たり障りなく返す。ユキちゃんはにっこり笑った。
「そうだね」
ヒカリはあのとき、身を引く素振りを一瞬見せたけど、ユキちゃんはどうなんだろう。わたしがもしも「わたしだってルイくんが好き」と言ってしまえば、この関係は壊れるのだろうか。
「もしも……」
「え?」
「もしもユキちゃんと仲良い子がルイくんにこっそり告白したら、どうする?」
パチパチと目をまたたく。
「私からルイを横取りしようって?」
「うん、そういう子がいたら、どうするの?」
現に、彼に憧れる女子は多く、その可能性はじゅうぶんにあった。
ユキちゃんは視線を右に左に動かした。考えている。
「そうだねぇ……あ」
思いついたのか、顔を明るくさせた。
パァンッと、左の手のひらに右拳を突き合わせ、晴れやかに笑う。
「油でギットギトにしてやんよ」
なぜ……?
ガコンと扉が開き、外の熱気が滑り込んでくる。係員さんの「ご到着でーす。足元に気をつけてお降り下さい」という指示に従って、私たちは観覧車を降りた。
ユキちゃんがプッと吹き出す。
「なーんてね」
べ、と舌を出し、楽しそうにるんるんと歩くユキちゃんの背に、思わず私も破顔した。
嫌いな暴力を迷わず使って友達を助ける、そんな彼女のカッコよさに、ルイくんはいつ気づくだろう。
花言葉は——不朽。変わらぬ愛を永遠に。
ユキちゃんみたいで、私たちみたいだ。
友情を枯れさせたくない。だから、私はこの想いを秘めたまま。
油まみれにされたくないし。
君に言えない あさぎ @asagi186465
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