第2話 奇祭
1
しばらく続いていた頭痛はあれからパッと治まった。
曲がりなりにも、作家として仕事を再開できることを喜ぶべきだが、また
しばらくの間は、療養のため休載としているので、その分の心配はいらないだろう。
私は気分を一新するべく、商店街へ足を向けた。
2
西日が傾きかけた商店街はがらんとしており、子連れの家族が手をつないで楽しそうに歩いていったきりだ。
観光地の商店街なのでもっと活気にあふれていると思ったのに、どこの店にもシャッターが下りていて、とんだ肩透かしだ。
そこら中に描かれた落書きのかすれ具合からは年月を感じさせ、繁栄していた頃の面影はどこにもなかった。
こんなことならホテル近のくを散策していた方がよかったかもしれない。
ぎゅるると腹のむしがないて、昼食をとってなかったことを思い出す。
これ以上歩いても何の発見もないだろう。
そう思って歩いた道をひき返す。
すると何処からか、ソースのいい香りが漂ってきた。香ばしい匂いにつられ、四つ角を右へ左へ進んで行く。
何回か曲がった矢先、紅い鳥居が目にはいった。
お祭りでもやっているんだろうか? そういえばさっきの子供がお面をつけていたな。
私は神社へ続く長い階段を上り始めた。
3
階段を上るにつれ屋台の数は多くなり、太鼓や笛の
たこやきやりんご飴、金魚すくいにヨーヨー釣り、型抜き等々のお祭りらしい出店の明かりが、きらびやかに輝いている。
私はたこやきと焼きそばを買って、仮設テントのベンチに座って腹を満たした。
ときおり吹く風は嫌なにおいが混じっていたが気持ちいい。
お祭りなんて何年ぶりだろうか、たしか娘が小学生の頃に二、三回足を運んだだけだ。
あの時、娘は綿菓子が食べたいと、だだをこねていたな。
今は結婚して、都内のアパートに家族三人で暮らしている。正月や盆休みに帰ってくるのが、今では一番の楽しみかもしれない。
「こんばんわ、あれから頭痛はしていませんか? 」
声をかけられ振り向くと、今朝診察を受けた歯医者の助手が浴衣姿で立っていた。
「どうも、こんばんわ」
挨拶をかわして、すっかり痛みが引いたことを伝えると、それならよかった。
と、隣に腰を下ろした。
朝の不愛想で無機質な感じは一切しない。
「今日は何のお祭りなんですか」
何だかどぎまぎしてしまうのは、今朝会った時とだいぶ印象が違うからだ。
髪は高い位置でかっちりと結われていたのが、首元で華やかにとまとめられており、おくれ毛がふんわりと耳にかかっている。
「この神社の神様を鎮めるためのお祭りです」
形のいい唇は、鳥居のように紅く血色が良い。
「この神社は何の神様を祀っているんですか」
「この土地の守り神です」
「守り神? 」
聞くと彼女はコクリとうなずいた。
「昔この土地に鬼が出て、その鬼を退治してもらったお礼に祀っているんです。 三日かけてお神輿をかついで、街を周るんですよ」
「へぇ、大がかりなお祭りなんですね」
「えぇ、でも今日が最終日」
何処か遠くをぼんやりと見つめ、ポツリと呟いた彼女からは、どこか儚げな印象をうけた。
「隣町からこの神社へもうすぐ戻ってきますよ。 一緒にみにいきませんか? 」
断る理由も特になく、私は彼女の後へ続いた。
4
ドン、ドン、と太鼓と笛の音が近づいてくる。さっきの階段を一段づつ登ってきているんだろう。
私は彼女に連れられて、神輿が収められていたという
周りには松明がかかげられており、炎がチラチラ揺らめいて、私たち二人を照らしている。
「ここに帰ってくるんですか? 」
彼女はうなずくそぶりを見せて、蔵の前に向き直った。
段々音が近づいてくる。妙な緊張と暑さで、じっとりした汗が背中を伝っていくのが気持ち悪い。
するとどこからか生臭い風が鼻をかすめた。
シャン、シャンと、鈴の音がして辺りを見廻すと、いつの間にか白い袴を着て、藁でできた被り物を身に付けた人々が神輿を待ち構えるように蔵まで左右に並んでいた。手には
このままだと邪魔になると思い、隅の方へ移動する。
いったいどんな神輿が来るのか、野次馬にまじって目を凝らす。
何やら大きな団子が三つ重なった神輿、と呼ぶには不格好なものを担ぎ、白い袴を着て被り物を付けた人影がみえはじめた。どうやら祭りに参加している人は全員同じ格好をするようだ。
いったい彼らは何を担いでいるのか、じっと見つめる。
--それは大きな鬼の首だった。
まるでさっきまで生きていたかのように精巧に作られているそれは、強烈な悪臭を放っている。
思わず腕で顔を覆うが、生臭い。
シャン、シャン、シャン--
ドン、ドン、ドン--
奇妙な神輿はお
私はたまらずこの場から逃げ出したくなった。だが、彼女は私に身を寄せて、一向に腕を放す気配はない。
私は震える身体を制し、彼女と一緒に神輿の到着を待った。
神輿が通った地面に目をやると、真っ黒な水溜りができている。それが何か言わずとも察しがつくだろう。
ついに目の前に止まると、担ぎ手達は神輿を下ろし、藁の被り物をその周りへ置いていく。次に楽器を演奏していた人達も例にならって置いていく。
最後に神主と思しき五十代の男性が火をくべ、祝詞らしい言葉を唱え始めた。
「いきましょう」
彼女に手を引かれ、おずおずと前へ出る。
貴方の分です。と、一本の藁を渡された。これを火の中へくべるらしい。
刹那、真っ赤に燃え上がる炎が風に揺らめき、焼け爛れた皮膚がはっきり見えた。
こんなのただの作り物だ。そう自分に言い聞かせて空を見上げる。
真っ赤な炎は黒い煙を吐いて、灰と共に吸い込まれるようにして闇夜へ上っていった。
奇談 @agisai-ph
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