第12話 終

 やることを終えた昼下がり、あえてルマを置き去りにしてヴァドが立寄ったのはあの花屋だった。未亡人となったリシュリーは健気にも店を続けている。花を売りなさい、と神様からお告げがあったらしい。

 もっともヴァドは神の言葉など信じていなかった。聖職者としてあるまじき考えと分かりながら、信じているように振る舞う。花屋へ出向いたのも、彼女がお告げ通り動いているかの観察、とでも言っておけば怒られないはず。

 周辺には荒れた跡が残っていた。いくつかの足跡を見つめため息をこぼす。

「どうも」

「あら……あらまぁ、まぁ!」

 店内にいたのはリシュリーだけだった。以前よりもやつれた彼女は慌てて駆け寄る。

「今日は花を買いに来ました。花束を、三つ。出来れば全て同じ花で……あまり大きすぎないものだと助かります」

 あの時の礼を言いかけたリシュリーは笑顔のまま頷き、ヴァドを店内へと案内する。一言に花と告げても種類は豊富だった。正直どれでも良かった。数が足りるのであれば構わない。以前より痩せこけた——スッキリしたご婦人はテキパキと動く。ほんのりと哀しみが残る横顔であったが楽しそうに口角をあげている。

(本当に好きなんだろう、花のことが)

 そうなれば花が盗まれた件が引っ掛かる。主人から花を奪った、と叫んでいた。彼女にとってどちらが大切だったのだろうか。立ったままのヴァドに気付き、リシュリーはあら! と声をかけた。

「どうぞ座っていてくださいな」

 こじんまりとした椅子へ手を向ける。このままでも良いのだが、喉まで出かけた言葉を飲み込みヴァドは「それでは」と腰かけた。

「ハーブティーもありますがいかがでしょう」

「いえ、お気になさらず」

「ではせめて茶葉をお土産にお持ちください、教会の皆様で飲んでくださいな」

 こうまで話されると断りにくかった。

 少しだけくすぐったい感覚が沸き上がる。大したことなどしていないし、メアリーが活躍したまでだ。

 花束が出来上がるまで、リシュリーは嬉しそうに近況を語った。半ば聞き流しながらヴァドは不思議に思う。自分のせいで店主が……旦那が亡くなったのに悲しくないのだろうか。もしくは気丈に振る舞っているだけなのか。

「おまたせしました! どうぞ」

 バランスの取れた見た目、程よい大きさの花達を眺めてヴァドは頷く。抱き留める前に代金を支払い、お土産の茶葉が入っている小袋をカバンの中へ入れ込む。

「まだお時間は……よろしいでしょうか」

 立ち去ろうとするヴァドの背中へ言葉がかけられる。先程までの笑みは失せて悲しみに染まっていた。

「あぁいえ、あの時の事を神様にお伝えしたくありまして」

「貴方はよく教会に通われていた。きっとお許しになられるだろう」

 納得はしていない様子で、ぽつりぽつりとリシュリーは語り始めた。


 はじめは、純粋な気持ちであった。

 この街に少ないのは彩りと花を楽しむ心だと店主ウィルソンは言っていた。様々な地方の花を取り寄せるも拘りが強くなり、珍しい花を求め、利益を考えず赤字続きの貧しい生活を送っていた。

 妻であるリシュリーは花が好きなウィルソンに惹かれ嫁いだ身。突然豹変した旦那には暴言を浴びせられ怯えていたという。

 幸い暴力がなかった——しかしヴァドは目を細める。身体的な見える傷があればリシュリーは庇われたかもしれないと。

 そして、限界を迎えた彼女は「魔女の囁きによって」ウィルソンが仕入れた白い花を持ち去り森の泉に沈めた。自然へと還したという。それでも気が済まなかったらしく結婚指輪を投げ捨てたという。

 今でも指輪は見つからない。後悔はしていないので、気にしてないという。


「……その結果なんだと思います。」

 ふう、と語り終えたリシュリーが息をついた。

「私が神様を怒らせたのです。誘惑から断てなかった。だからあの姿になったのでしょう……」

 ヴァドは否定も肯定もせず受け止めていた。代わりにギュッと花束を抱く力を強くする。



 あの後、早足で教会に戻った。ルマが不安と怒りで機嫌を悪くしていたが事情を話すなり落ち着いた。次にニーアがどこにお散歩行っていたのと話す前に花束とハーブティーを押し付け、ルマの手を引く。

 花屋へ寄っていた。簡潔な連絡に対してニーアは口を曲げるも、すぐに頬を緩ませる。たった一言でもヴァドの思いは察せられた。

 二人が向かう先はエルの住まい。仕事の郵便配達で不在なのは承知で、玄関の前に立てかけておいた。

「雑すぎない……?」

「気付くだろうし花には加護の魔法もかけてある。しばらく枯れないだろう。次だ」

 まだ行くのとルマの文句を聞きながら、森へと立ち入る。メアリーの屋敷にはすぐ辿り着けて、知らず知らずのうちにヴァドの足が早くなる。気がつけば駆け出していてルマの事を放り出し、いつもの場所へと飛び込む。

 大きな体をあげてメアリーは爪を伸ばした。憎しみも悲しみも奪い去ってゆく獣の手は穏やかに映る。

「あの、メアリー……受け取ってくれないか」

 子供からの贈り物を授かるように、花束を引き寄せてメアリーは笑った。

「あの花屋のものか。詳しいことは言わなくてもよい。……十分に気持ちは感じ取っている。礼を言おう、ヴァドール。」

 包みを解き、メアリーは口を開けた。花束は魔女に飲まれていく。ルマが何か言いかけたが遅かった。

「悪くない」

「たったた、食べた!?」

「花は自然が成した美しき存在で、微々たる量だが魔力もある」

「そ……そう」

 たじろぎながらルマは二歩引いた。

「ありがとう。ヴァドール。それに、ルマ。お前もよくやった」

 褒められたと気付かずルマは大きな目をぱちくりさせた。どうしてと疑問と恐れが見え隠れする。

「先日のことだ。被害は少なくて済んだであろう。ゆっくりと休め」

「……メアリーも」

 母親に触れるようヴァドは手を伸ばし、柔らかな毛並みに包まれる。続いてルマも少しだけ、ほんの少しだけ、交わった。



 それからしばらく。花屋と街は普段通りの空気に戻っていった。リシュリーは教会に通い、神へ花を捧げる。彼女の想いを汲み取ったシスターたちも協力して花束を作った。ヴァドの提案により売り物に出来なくなった花も、押し花や加工品にすると飛ぶように売れていく。ほとんどを花屋の売り上げにして教会はほんの少しを頂くだけ。

「ヴァドはこれでよかったの」

 ぽつりとルマが問いかける。書き物を止めてヴァドはうなずく。

「魔女が……メアリーが全てを背負うのはどうしてなのか、考えていたい」

 机の上に生けられた花が微笑むように揺れる。気のせいだろう、風が吹いていないのに。一瞥してヴァドは再びペンを走らせた。

 リシュリーは亡くなったウィルソンへの償いを続けるという。

 想いの花束を広めるために。

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想いの花束 洞木 蛹 @hrk_cf

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