第11話
花屋の店主についての報告書を書き終え、ニーアへ渡すなりヴァドは外へ出た。
店主──ウィルソンの変異については、妻──リシュリーが目撃。魔物に成ったウィルソンは森を侵そうとした所、領地を犯したと判断した魔女に引き裂かれた。ありのままを書き述べる。妻リシュリーが言っていた通り「私たちは魔女の囁きに操られ破滅した」ことにしてやった。
魔女が仕向けた誘惑の魔力と悪意、魔女の言葉のせいで夫婦は引き裂かれ、夫は魔物となり、魔女に殺された。途中、何度もペンを置いてはため息をこぼし、認めたくない一心でいた。
どんよりとした雲が空を塞いでいる。当面晴れ間はないようだ。天気予報を思い出し、一人ある場所まで向かった。
魔物騒動はあっという間に広がり、数日のうちに消え失せた。何もかもがくだらないし気に食わない。未亡人となったリシュリーは手当や補助を受け、教会に通い詰めていた。会うたびに深くお辞儀をされるのでヴァドは曖昧な表情を浮かべ、ペコリと頭を下げる。
誰も寄り付かない教会の裏側のもっと奥。ヴァドは小さな魔女ニーナとこっそり会っていた。
ニーナは空家の近くにあった花を摘んでいた。花屋と関係がないと決まったが安心できないでいる。彼女が悪役でも発端でもないと伝えはしたが、ここ何日も怯えている。
自分が街に出たから、魔女だから、花屋の人たちをおかしくさせちゃったんだ。
不幸が起きるのではないかと。それでもニーアへの贈り物は欠かさない。ヴァドは受取人となり、二人を繋ぎ合わせていた。
「ニーナ。これ」
持ってきた二つの包みを差し出すと、ニーナの青白い光が瞬く。くるくると回転して疑問をあらわにしている。
「一つはニーアから。もう一つは花屋の人から」
びくりと身を強ばらせつつ、そうっと受け取った。
「えと、あの、いいの?」
「いいんだ。中身はクッキー。蜂蜜たっぷりのニーナが大好きな味」
でも、でも、と幼い彼女は戸惑う。やはり花屋の一件を気にしていた。あの事と無関係であるし、どうしてもヴァドも伝えたかった。
あの日以来、ニーナは花や種を贈れずにいる。
「ニーアが言っていた。綺麗な花があると嬉しいって。開けてごらん」
「う、うん……」
片方の包みを不器用ながら開封すると、ふんわりと淡い香りが漂った。
「これ、は?」
子供の手のひらに乗るぐらいの、小さな包みと折り畳まれた用紙を取り出す。無言で促してヴァドは見守る。
包みから転がり出たのは爪ぐらいの塊——種だった。彼女が顔を上げる。急いでもう一枚を開くと、
「わぁあ! 見て、見てヴァドール!」
「これは……花?」
お世辞にも上手とは言えない、だけど気持ちが伝わる花の絵だった。単色ではなく様々な色が散りばめられている。そういえばとヴァドは思い返す。ニーナが送った花の色が綺麗だったので、それらと教会の花で色水を作り何かをしていた。もちろんヴァドの仕事ではなかった。そこにニーアが関わっていたはず。
「色、綺麗だなぁ〜……ねぇねぇ! これ、どうやったの? まほう? まほう?」
「いや、これは……ニーナ。この間の、種から咲いた花の色を使った」
顔を綻ばせ、言葉を紡ぐ。そっと紙面へ指を落とす。ほんのり暖かかった。ニーアなりのお礼だろう。
しっかりと想いは届いていたのだろう。
小さな魔女の行いは無駄じゃなかった。安堵しながら森を見返し、胸を撫で下ろす。
「あ、そーだ! あのね、あのね。メアリーがね、寂しそうなの。だからヴァドールも来てね? 来てね!」
いまだにあの一件を引きずっている、そのせいで顔を出せなかった。無邪気に手を振り立ち去るニーナの背中を見送り、肩を竦める。
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