第二話 来訪者


「お、気が付いたね。」 

 

目を開くと、識瀬の紅い眼が私を見下ろしていた。

後頭部に適度な弾力と暖かさを感じる。


「ここ、どこですか?」

 

「私のひざ?」


「いやそういうことじゃなくてこの場所ですよ!」


「ああそっちか!わたしの家だよ」

 

識瀬は当たり前のようにそう答えた。


「気絶させて自分の家に連れ込んだってこと!?」


 立ち上がって叫ぶ。

  

「なんだと!急に倒れるのが悪いんだろ!」

 

「元はと言えばあなたが血を吸い過ぎたんでしょ!」

 

「君の血が美味しすぎるのが悪いんだい!私は悪くないやい!!」

 

絶世の美女は、子供のように床をごろごろ転がって駄々をこねた。

 

「それに、君はもう晴乃だろう?」

 

さっきまでの態度と打って変わって妖艶な雰囲気を漂わせ立ち上がる。

 

「私が私の物をどうしたって、何も問題は――」

 

「ありますよ!」

 

識瀬の顔を押しのけ距離を取る。

 

「わっ、なんだい冷たいなぁ……」

 

「当然ですよ!」

 

「そんなにすることないだろ?君はもう私の眷属な――」

 

識瀬が言い終わるより早く、ガラス戸が砕け何かが部屋に転がった。

 

それは男のようだった。

 

「誰だ貴様……私の家に侵入するとはいい度胸だな?」

 

「ただの蚊風情が家とは!!笑えるなあ!ワハハハハ!」

 

男は狂ったように笑い、着込んだコートから刀を抜いた。

 

「こんばんは!!皆殺しだ!!」

 

「ほう。命を張ったギャグだな……残念ながら笑えん。」

 

男が刀を振り上げ空いた腹を識瀬が蹴る。

 

「ごふぅ!」

 

すでに枠しか残らない窓から男が吹っ飛び隣家の屋根に突っ込んだ。

 

「私に蹴られて原型が残っている?頑丈な人間だ」

 「おーい、人間。ここで降参しろ。命くらいは助けてやるぞー」


「黙れこの蚊め!!」

 

「よし。殺そう。」

 

屋根から飛び上がり、識瀬の頭上へ男が迫った。

 

「遅いなあ、人間て生き物は」

 

振り下ろされた刀を避けて男の襟首を掴んだ。

 

男の頭に識瀬の拳がとんでもないスピードで幾度となく振り下ろされ続ける。

 

「がっ、ぐお、ごあ」


 

識瀬の手の中にある男の頭が、ゆっくりと赤い塊になって飛び散っていく。

 

声を発さなくなるのに時間は要らなかった。

 

「ふー、きたないきたない。」

 

男だった物を地上に捨てて識瀬が帰って来た。

 

「今の誰なんですか?」

 

「あんまり知らないけど定期的にあんなんが来るんだよ。吸血鬼に恨みがある奴が一定数居るらしくてね。せめてガラスの修理代くらい払ってから死んでほしいねまったく!」


 識瀬はなんでもなさそうにそう答えた。

 彼女にとってこれは日常のようだった。

 

「ずっと命を狙われてるってことですか?」

 

「まあそうといえばそうだが…私に勝てるような化け物はまだ出会ったことが――「いるさ!ここに一人な!」


死んだはずの男が夜景を背にして宙に浮かんでいた。

 

「おいおいまだ生きてるのか!お前さては人間じゃないなあ?」


「今度こそは殺す!太陽の道サンロード170ッ!!」


 男がそう叫び振った刀から光が飛んできた。


「!?これはやばいぞ!」


文字通り光速で飛んできた光が識瀬にぶつかった。


「ええ!識瀬さん!」


 光は識瀬にぶつかる瞬間ふっと消えた。

 大きな光源が急に失われたことにより目が識瀬を見失う。

 だが派手に壊れた壁から差す月光がぼんやりと識瀬の姿を浮かび上がらせる。


「これを食らってまだ立っている!しぶといな!ゴキブリ並みだぜ!」


 立っている識瀬の腹から月光を吸収するような真っ黒い塊が伸びていた。

 その塊にはぴょこぴょことした耳と緑色の眼と――肉球があった。


「にゃあ!」


「ああん!?猫お!?」


「かわいいだろ……使い魔のキャスパリーグだ。」


「ッハア!!!!猫如きなんともないわ!」


「キャスパリィィィグ!」

「ニャフ!」


 キャスパリーグが識瀬と分離して膨らむ。もはや猫のかたちではなくなりさっきまで狂ったように笑っていた男の顔がすこし警戒した表情に変わる。


「お前は人間なのか?気になるなあ……だがここまででお別れだ……」


「かかってこいよ!面白くなってきやがった!」


識瀬がうっすらと笑みを浮かべる。

 

「逃げるぞぉ晴乃!」


「なんですかそれ!!」


「逃がすわけねえだろが!せっかく見つけたんだ「にゃう!」


 その声とともにキャスパリーグが破裂した次の瞬間、私たちは畳張りの大広間にいた。


 


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銀髪最強吸血鬼に血を吸われながら死ぬまで生きる 根古水まくり @nekosuimakuri

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