序章 戦前

魔族 宣戦派編


「ギュルゴス様‼大変です‼」


 穣とユーゴが地下牢から脱獄してから間もなく。魔王ギュルゴスの元に、一人の部下が慌てた様子でやってきていた。

 しかしギュルゴスはそんな部下の様子にむしろ不敵な笑みを浮かべると、気弱な者ではその声音だけで気絶させられるほどの声で問い返す。


「何だ?面白れェことでも起きたんだろうなァ?」

「え、ええと…………地下牢の最下層に捕らえていたユーゴ・ダスターに脱獄されてしまったようで…………」

「脱獄だァ…………?」


 脱獄という言葉を繰り返したギュルゴスは、先程の不敵な笑みからさらに口角を釣り上げると、酒の入った木製のジョッキを机へと勢い良く叩きつけた。


「このタイミングでか…………!狙っていたのか⁉奴らを捕らえてから十五年!ようやく…………ようやく動き出してくれたか!」


 どこか興奮した様子のギュルゴスは、酒を一気に呷るとジョッキを床へと投げ捨てた。


「だが、あの牢はアイツでもぶっ壊すのは無理なはずだぜ?俺が知らねェ脱出方法でもあったってのか?」

「い、いえ。それが、ディエラ様が脱獄の助力をしたという噂がありまして…………」

「ディエラが…………?馬鹿な。あの女は俺にも従わねェじゃじゃ馬だ。それに、アイツらを捕らえたのはアイツ自身じゃねェか!」

「それが、ディエラ様は人間の男に『誓い』をしたのではないかと、ディエラ様の従士たちが…………」

「人間の男だと…………?」


 ギュルゴスがそう呟くと、室内には押し潰れそうな沈黙が訪れた。

 部下はギュルゴスが怒るのではないかと身を構えたが、ギュルゴスの実際の反応に腰を抜かすこととなる。


「面白れェじゃねェか…………!あのディエラを服従させるほどの男が人間にいたってのか!それも…………このタイミングで現れやがった!」


 もはやギュルゴスは報告に来た部下の存在も忘れて、興奮した様子で狂ったような声を上げ始める。


「しかもユーゴ・ダスターの脱獄の協力だァ⁉いったい何がどうなってやがる!どことどこが繋がったってんだァ?オイ!」


 ギュルゴスはそう叫んでから数秒黙ると、部下に向かって指示を出した。


「おい…………ディエラとその男を指名手配しろ!懸賞金は一億ゴルだ!」

「い、一億ですか⁉ユーゴ・ダスターには⁉」

「放っておけ!アイツにはアイツの役割がある…………!」


 その言葉はそこにいた部下はおろか、ギュルゴス以外の誰にも真意がわからない言葉だった。しかしその真意を問えるほどの勇気は部下にはなく、黙ってギュルゴスの言葉を聞くことしかできないでいた。


「それから帝国だ!この城に潜り込める人間など、帝国の人間しかいねェ!帝国への支援は今後一切打ち切れ!」

「なっ…………よろしいのですか⁉そんなことをしたら、下手をすると帝国との戦争になってしまうのでは⁉」

「ああ、そうだな…………何か問題か?」


 ギュルゴスの有無も言わせぬ圧力に、部下は黙って頷くことしかできなかった。

 ギュルゴスは部屋を後にした部下を見届けると、だだっ広くこれでもかと豪華な装飾が施された部屋の中で、一人叫ぶ。


「思い通りに行かねェことほど面白れェ…………!そうだ!俺を退屈させるな!この世界はどうせ神に見捨てられた世界なんだ!くだらねェ小競り合いなんてやめて、派手にやろうぜ…………!

 人間だけじゃねェ!森の引っ込んだエルフ共も!山に隠れる竜族共も!海底で暮らすマーメイド共もだ!均衡なんてクソだと思わねェか⁉どこへ行っても…………!何をしても…………!他種族共との柵に縛られて好きに出来ねェ!だったらいっそ…………勝った奴が総取りの世界戦争と行こうじゃねェか‼」


 ギュルゴスが一人で叫んだこの雄たけびは、今は誰にも届かなかった。しかしやがて世界へと広がっていき、この世界に大きな戦火を巻き起こすことになる。戦乱が始まる瞬間というものは存在するかもわからないが、少なくともこの瞬間がその一部であることは確かだった。

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異世界召喚されそうになったが、昔召喚された時に編み出した技で召喚を拒否することに成功した〜だが何度も繰り返しているうちに相手も本気を出してきたようで、その結果召喚が乱れて魔王城に召喚された件について〜 @YA07

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