最終話


 

 「いた!あそこだ!」

 微かな懐中電灯の明かりがが、一瞬クレイを照らす。皮肉にもミランダが現れたことで、彼等の気配が明確になったのだろう。

 ミランダは一瞬だけ、二人の姿を見るが、さほど驚いた様子は見せない。

 しかしマクガナルの方は、クレイとミランダ以外がここに現れたことに動揺を隠せない。

 ヴァンパイアとしては、全て襲ってしまえば良いだけのことなのだが、ミランダを相手にしている以上、二人の挙動を押さえ込むことは出来ない。

 「うわ!クレイ!腕!腕!」

 両腕を無くしたクレイに、混乱するリッキー。ジョンも大声を出しそうになるが、口を塞ぐのみで、必要以上に慌てることは無かった。

 「何?結局呼んじゃうんだったら。声描けとけば良かったね!」

 ミランダは、矢張り二人がここに来ていることを知っている様子だった。

 「リッキー!トランクケースを空けてくれ!ジョン!俺の銃を探してくれ!右手と転がってるはずだ!」

 とんでもない事を言うクレイだったが、クレイの失われた両腕から血が流れていないことから、混乱も禁じ得ないが、ジョンは兎も角この緊急事態に、クレイの腕を探すのだった。

 リッキーはすぐ近くに転がっていた、クレイのトランクケースを見つけ、トランクケースを止めている四つのロックを全て外すのだった。

 すると――――。

 「だから、中から空けられるようにって、お願いしたのに……」

 トランクケースが開かれると、そこからワンピースの寝間着姿の女性が、静かに立ち上がる。

 そして、彼女の足下には、ヒヤリとした冷気が、まるでドライアイスを焚きつけたかのように、地面を這うようにしてあふれ出すのだった。

 黒髪で色白で、ホッソリとして端整な顔立ちの彼女は、実に美しい。しかし、僅かにあるのはリッキーの持っている懐中電灯の明かりだけだというのに、彼女の目は煌々と深紅に輝いていた。

 口元からは微かに牙が見える。

 「毎日、おいしいご飯を有り難う」

 彼女は、しゃがみ込み、リッキーに寄り添い、その頬に軽く口づけをする。あまりに美しい彼女に、リッキーは硬直して何も出来ない。

 そして僅かに触れた彼女の胸の膨らみが非常に豊かであることをリッキーに悟らせ、尚且つ目眩がしそうな香りに、すっかり逆上せ上がってしまうのだった。

 

 「エミリー!」

 クレイは、ノンビリとリッキーに挨拶をしている。彼女――そう、エミリーに、必死の叫び越えを上げる。

 「解っているわ」

 エミリーは、すっかり逆上せ上がっているリッキーの横を通り過ぎ、ゆっくりとミランダの方に近づき、彼女を追い込んでいるその両手首を掴み、いとも簡単にへし折ってしまうのだった。

 骨を砕かれたマクガナルは、悲鳴を上げる。ヴァンパイアとて、肉体的な苦痛は避けがたいのだ。

 ミランダは、助かりはしたが、今度は腰を抜かしてしまっている。

 それは、明らかにエミリーが自分より上の存在であることを理解したからだ。しかも手の届きようのないほどの上衣腫だと、本能に認識させるほどの存在だ。

 

 「ねぇクレイ!私、彼女の血は吸いたくないわ!獣くさいんですもの!」

 「押さえてくれるだけでいい!」

 クレイは漸く蹌踉けながら、立ち上がるのだった。

 「ジョン!俺の銃は見つかったか!?」

 「こう暗くちゃわからん!が――」

 ジョンは銃を構えた。それは間違い無くマクガナルの方だった。それを理解すると、エミリーは、エミリーは、誰もが理解しがたいスピードで、マクガナルの真後ろに周り込み、彼女を羽交い締めにする。

 「私は、打たないでね」

 「解ってるよ。美しいお嬢さん」

 静かな目を向けるジョンと、度胸の据わったエミリーが視線を交わし、ジョンは至近距離で、マクガナルの額に、迷うことなく銃弾を撃ち込むのだった。

 クレイは訳が分からない。ミランダはただただ、ほっとした様子である。リッキーは、エミリーにすっかり魅了され、逆上せ上がってしまっている。

 

 マクガナルは、容易く頭部を撃ち抜かれ、その場に倒れ込むが、彼女が死を迎えるのはもう少し先だ。

 「この人ハンターだよ」

 へたり込んでいたミランダが、一度クレイを見て、それからジョンを見て、顎でジョンを指した。

 「まぁ……そんなとこだ」

 ジョンは、気恥ずかしそうに、何故か照れながら、ニヤニヤと笑いながら、少し下を向いた。

 どうやら、彼にも色々あるらしい。

 しかし、同時になるほどとも思ったのだ。ジョンも恐らく、マーチンとミランダを見て、殺す気分にはなれなかったのだろう。二人がハンターをしっている理由はこれだったのだ。

 「で、なんでアンタはこの場所を?」

 とクレイが訊ねると、ミランダは上を指す。

 暗がりで、わかり辛くはあるが、そこには一匹のコウモリが飛んでいた。そう、それはマクガナルのコウモリでは無く、ミランダのだったのだ。

 「もう帰っていいよ!」

 ミランダが声を掛けると、コウモリは、自然と何処かへ飛んでゆく。

 恐らく塒にでも戻るのだろう。

 

 暫くすると、エミリーが戻って来るのだった。クレイの腕は、まるで紙粘土のように容易く元の位置に納まってしまう。彼は人間ではないのだ。

 

 「クレイ。ここは霊気が豊富みたい。補充していくわ」

 「じゃぁ少その間、改めて自己紹介でもしますか……」

 二人は、休憩も兼ね、自分達の事情を語ることにする。

 

 巻き込まないつもりだったのに、すっかり二人を巻き込んでしまった。その償いも兼ねてのことだ。

 それにしても、ジョンがミランダとマーチンの言うハンターだったということには、驚きである。

 

 マクガナルの死体をそこに転がしたまま、後語りというのもなんだが、中級のヴァンパイアである彼女は、朝日と共に、皮膚が崩れ落ち灰となって消えるだろう。あえてその処理をする必要もない。ヴァンパイアになったのは、彼女のせいではないが、残念ながら非現実的な彼女の死は、自分達ではどうしようもないのだ。

 

 改めてクレイは、それぞれの紹介をする。

 どういうわけか、エミリーはリッキーが気に入ったようで、墓石の上に座り込み、彼を膝に抱いている。

 「彼女はエミリー……」

 「クレイの妻よ」

 クレイが何とも言い出しにくそうにしていたところを、エミリーは間髪を入れずそう言う。

 「ヴァンパイアが……かい?」

 あまりにぶっ飛んだエミリーの自己紹介に、ジョンは妙な声で、それを疑う。

 「まぁ訳ありで……ね」

 コレには、クレイも苦々しく笑うしか無かった。

 「でも、どう見たって上級以上だろ?なんで、あんな狭っ苦しい所に?」

 コレはミランダの疑問だった。正直ミランダは、エミリーの側に近寄りがたかったのだ。ヴァンパイだ同士でしか解らない、力関係がそうさせるのだが、上級であろうと最上級であろうと、普段はそんな振る舞いを見せないのだ。

 言い換えてしまえば、エミリーはそうだと悟られてしまうのである。

 「私は、オーヴァーロードなの」

 

 ヴァンパイアオーヴァーロード。それは始祖をも超える存在で、言わば始祖を生み出す存在であり、ヴァンパイアで有りヴァンパイアよりも上級の存在なのである。

 そんな物がいたのかと、ミランダもジョンも驚きを隠せない。

 「彼女は……その、霊的要因が強すぎて、逆にこう言う場所じゃないと、こちらに存在し続けられないんだ。まぁ普段はね……。あの中に……ね」

 それがクレイが墓地を選んだ理由である。万一に備えてエミリーが動ける環境での対応を考えたのだ。出来ればあまりエミリーを外にに出したくはないと、いうことである。

 「え……と」

 ミランダは、少し考える。

 始祖は始祖であるから始祖なのである。

 「私は転生術で、オーヴァーロードになったから、元は人間。私達は、私とクレイをこんな風に運命付けた男を捜しているの……もう顔を変えてしまっているでしょうけど……」

 そう言って、腕の中のリッキーを抱きしめたたりしている。

 そうされているリッキーは、もうデレデレである。

 「エミリー?」

 あまりにも、リッキーを贔屓にしすぎているエミリーに対して、クレイは少し釘を刺す。

 エミリーは、ヴァンパイアを生み出す存在なのだ。彼女が気に入ると言うことは、それはそれで厄介なのである。

 「何もしないわよ」

 エミリーはクスクスと笑うのであった。クレイはやれやれと言った表情をする。

 「そろそろ戻ろう……」

 「待って」

 エミリーは、それまで膝に抱いていたリッキーを下ろして、ミランダに近づく。

 「一度噛まれたアナタを、始祖クラスにすることは出来ないけれど、もうワンランクくらいは、どうにかしてあげられそうね」

 そう言って、真正面からミランダの首筋に静かにかみつくのだった。

 それほど素早い動作では無かったというのに、誰もエミリーの行動を止めることが出来なかった。

 あっけにとられたのもあるが、彼女の悪戯な判断を、クレイは止める事が出来なかった。

 それがエミリーという存在なのである。彼女が本気でそう考えれば、周囲は解っていても動けなくなるのだ。だから、リッキーに対しての行為に釘を刺したのだが、ミランダに対しては無警戒だった。

 誰もが数秒動けない中、エミリーは、ミランダから離れる。

 エミリーがミランダに、なぜそうしたのか?というのは、前もって放たれた台詞に尽きるが、それでもミランダは、自分の首筋を少し押さえて、動揺した様子のまま、茫然自失となっている。

 「クレイを助けてくれたお礼よ」

 そう言って、エミリーは、トランクケースに向かい、歩き始めるのだった。

 「週に一度、ここへ連れてきて。そしたら、少しくらいアナタと食事をする時間くらい、出来そうだから」

 そう言って、エミリーは自らトランクケースの中に入り。蓋を閉めるのだった。

 そして、クレイは、再びトランクケースにロックを掛ける。

 「俺のことは、明日アンタのアパートででも、話そう。構わないだろ?」

 クレイはミランダの方を見る。

 ミランダは、未だに自分の首を押さえたまま、無言のままコクリと二度ほど頷くのであった。

 「どうやら、この街には長居することになりそうだ。ジョン。宿まで送ってくれ!」

 クレイはそう言うと、軽々とトランクケースを持ち上げ、珍しく颯爽ときびすを返して、墓地を後にするのだった。

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トランクケース 城華兄 京矢 @j_kyouya

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