第19話

 クレイは一定距離を空け、彼女に狙いを定めるが、予想以上に動きが速い。十で寝割れているのだから、彼女の方も一直線にには、進んでこない。

 「私の安寧を邪魔するな!」

 彼女は相当ご立腹なようで、距離を縮め、クレイの首を取ろうとする間際に、そのようなことを口にする。

 彼を吸血対象にしようとしないのは、彼の身体から聖水の匂いがするからだ。そんな物を口にすれば、内臓がただれてしまう。

 死に至るわけではないが、相当な苦しみを負うことになり、回復するには、可成りの時間を要し、そのための贄も必要となる。

 彼女がなるべく短い手際でクレイを仕留めようとすることで、クレイはどうにか彼女から逃げ仰せ、戦闘を繰り広げているが、基本的に組み合うことはしない。

 「仕方が無い!」

 クレイは、彼女の攻撃を回避しつつ、再びトランクケースの側にまでやってくる。そして、トランクケースのロックを外そうとした時だった。

 またもやクレイの腕が飛ぶ。

 正しくは後ろに迫った気配に気が尽き、身を翻したときに、逸れた攻撃が腕を攫っていったのだ。

 それから、左腕も引きちぎられる。

 当然彼女の両手は焼けただれて、それ相応の苦しみを負うことになるが、両腕を曳地がれたくれいに比べれば軽傷だ。

 しかし、それでもクレイは血の一滴も流さず、自ら招いたミスを後悔し、間近に迫った彼女を見上げていた。

 「オマエは何者だ!?」

 改めて彼女はクレイにそれを訊ねる。

 牙を剥き出しにし、血で染まった真っ赤な目を見開き、クレイを睨み下ろすのだ。クレイを直ぐさま襲わないのは、クレイに触れることで自らも焼けただれてしまうからだ。

 それは直接死に繋がらないとしても、激痛を伴う事うため、触れるには覚悟が必要なのだ。

 痛みが癒えるまでの時間稼ぎである。それは恐らくほんの数分である。

 クレイは立ち上がり逃げることも考えたが、恐らく速度の差で、すぐに捕まってしまうだろう。いや、立ち上がろうとした瞬間踏みつけられる可能性もある。

 クレイは何も応え無い。応える義務もないし、応えたところで意味が無い。

 彼女の両手が癒える。

 墓地という選択をしたのはクレイだが、抑も霊域である墓地は、ヴァンパイアの力をより活性化させるのだ。クレイが考えた板よりも、彼女の回復が随分と早い。

 いつものように、帽子を目深に被り、天命の全うも考えたい所ではあるが、今はそれをする両腕もない。

 「全く……一張羅が台無しだよ」

 そう皮肉っぽく笑うのだった。

 彼女からして見れば簡単な話ではある。彼の五体を引き裂いて、バラバラにしてしまえば良いのだ。それで死ぬかどうかは解らないが、少なくとも何の抵抗も出来なくなるだろう。

 あとは、何処かに沈めてしまうのも良い。

 そう思ったときだった。

 「やっぱり……なんだか変な人だと思ってた。妙に聖水の匂いが体中からしているし……、いくら聖職者でも……ねぇ」

 そう言って、暗がりからゆっくり姿を現したのはミランダだった。

 これは予想外の展開である。クレイは後ろからやってくるその声に、振り向いて反応を示す。

 ミランダはこの場所を知らないはずだ。だが、彼女はここにいる。

 「なんで……」

 「なんて言うか、後学のため。自分の行く末を見るのも悪くないかな……って」

 彼女は夜の眷属らしい、黒い衣類を身につけているが、丈の短いボディコンシャスに己をまとった彼女は、妖艶な色気を出しており、彼女の職業柄に相応しく、実に男目を引いた。

 引き締まったヒップが、より男心を擽らせるが、生憎クレイにはそんな余裕もない。

 ただ、彼女はヒールを穿いていない。素足である。

 理由は分かろう物だ。走るのに邪魔だからだ。

 ただ、車を着けてきた気配など、無かったはずだ。素人の彼女が、何の気配もなく尾行など、考え辛い。発信器でも付けられていたのかと思ったが、流石にそれもないだろうと、クレイは長考する。

 

 「オマエ、その泥人形の見方をするのかい?」

 マクガナルは、ミランダを睨みながらそう言う。同じヴァンパイア同士でありながら、宿敵とも言える、彼に見方をする、ミランダを忌々しそうにジッと見つめる。

 ミランダは、何も言わず、すっと両手を前に出して組み合う姿勢を取る。ただ、あまり格闘が得意といった様子ではなさそうだ。

 オドオドと、様子をうかがっている。

 ただ、同じヴァンパイア同士の戦いが初めてなのか、マクガナルの方も直ちに襲いかかることはない。

 クレイは一瞬ミランダに何かを言いかけた。だがすぐに開けた口をすっと閉じた。

 「リッキー!ジョン!聞こえているか!」

 クレイは叫ぶ。今まであまり他人を当てにしそうになかったクレイが彼等の名を呼んだのだ。

 しかし直ちに彼等がそこに駆けつけることは無かった。

 クレイの大声に一瞬ミランダもマクガナルも驚きを見せたが、互いに出来た一瞬の隙を悟り、両手をがっちりと組み合い、戦闘態勢に入る。二人にとって頼れるのは、鋭い爪と牙だけである。

 身体能力に長けていると言うだけで、両名共に戦闘技能に長けているわけではない。足を掛けて、倒したりなどという、機転も利くわけではなく、ただジッと我慢比べをするだけなのだ。

 だが、それでも徐々にミランダの方が押され始める。膝が折れ、上から押さえ込まれる堅いになり始めるのだ。

 「どうした?威勢が良かったのは最初だけのようだねぇ!」

 マクガナルは自分の優位を知ると、再び愉悦に歪んだ笑みを浮かべ始める。

 「く!クレイ!コイツは、私より格上なのかい!?」

 「アンタは、相方の汚れた血しか、吸ってないだろう!」

 理由は明白だったのだ。マクガナルが人間の生き血や、畜生の血肉を貪っているのに対して、ミランダは、マーチンの血でしか、その命を満たしていない。当然同じ中級ヴァンパイアでも、その力には、差が出るのだ。

 夜のヴァンパイアに力が宿るのはミランでも知っているだろうが、他者との比較など当然したこともないだろうし、ヴァンパイアとしての戦闘経験も皆無だろう。

 「へ……へぇ。そんなに変わるもんなのかね!」

 それでもミランダは引かない。懸命に堪えている。

 その両腕は、どうにかマクガナルの牙が自分の首筋に届くのを拒んでいる。

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