第18話

 そして、クレイはトランクケースを引いたまま、墓地の深部までやってくる。

 「いるんだろ?マクガナルさん」

 マクガナルというのは、あの住居の名字ファミリーネームである。クレイはそれ以上の事は知らなかった。クレイが態と姓を呼んだのは、ある意味ハッタリであるが、半分はそうではない。

 周囲の住民が問題視していないということは、住居の主が当人である可能性が高いと思ったからだ。そして通報したのは、恐らく住民なのだろ。

 クレイの呼びかけに反応して、闇夜から姿を現すように、一人の女性が寝間着姿で姿を現す。足下は何も履いておらず、裸足である。

 衣類に気に掛けている様子がないと言うことから、マクガナルの意識には相当問題が出ているに違いないと、クレイは思う。

 ソバージュの掛かったロングヘアだが、逸れも手入れが行き届いておらず、ほっそりしているため、尚窶れて見える。

 「放っておいてくれれば……よかったのに!」

 マクガナルは真っ赤に血走った目をクレイに向けながら、少し彼を警戒しながら、周囲を歩き出す。

 「悪いが……お宅はもう救えない」

 「オマエは聖水くさい!聖職者か!?」

 それがマクガナルがクレイを警戒する理由だ。つまりクレイが、自分を殺す手段を知っていると言うことを、彼女が心得ているのだ。

 ただ、彼女が彼をハンターと言わず聖職者と言ったのは、少し驚いた。マーチンは、最初にハンターと言った。よくよく考えれば、マーチンは、何故ハンターという存在を知っていたのだろうか?あとで、その辺を訊ねてみる必要がある。

 クレイも少し間を保ちつつ、絶えず体の正面を、マクガナルから外すことは無かった。

 「もう喉の渇きに逆らえないんだろう?お宅は、畜生の血肉を貪って耐えているようだが、それはあくまで自己保身だ」

 彼女は人間の血を吸いたくないから、ペットを襲っていたわけではなく、騒ぎになりたくないから、人間を避けていたという具合だと、クレイは考えたのだ。

 それは、窓から一瞬見えた、恨めしそうなその視線が何より物語っていたのだ。助けを求めるものの目ではない。

 「で……天に帰る準備は出来たか?」

 クレイは、素早く懐から銃を抜き、彼女に向ける。

 すると、あっという間に彼女はクレイの目の前から姿を消し、一気に上空へと飛び上がり、飛びかかるようにして、クレイに襲いかかる。

 凄まじい跳躍力と瞬発力だが、彼女は戦闘のプロではない。

 あくまで、強靱な肉体を手に入れた、ヴァンパイアなのである。常人では戸惑う所だが、クレイはトランクケースをその場に置いたまま、後方にするいと身を引いてそれを躱して、間近に迫った彼女のこめかみに、銃を突きつける。

 だが、彼女はあっという間に、クレイの右手首を書き切ってしまうのだった。

 予想以上に動きの速さで、銃を持ったままのクレイの手首は、あっという間に飛ばされてしまう。だが、クレイは慌てずに、その方向を確認し、勝負の判定が着いたと油断した彼女の隙をつき、その場に走り寄り、銃を持ったままの手首を断面に付け合わせ、左手でするりとその傷口を撫でるのだった。

 すると、何も無かったように手首は元通りとなり、抑も血液の一滴も流れてはいないのだ。

 クレイはひやりとし、距離を開けたまま、彼女を睨む。

 「拙いな」

 思ったより彼女の動きが速い。それは中級でも相当に力を付けていることを意味する。

 しかし、同時に彼女の手から、卵の腐ったような硫黄臭い異臭を放ちながら、煙が上がっている。

 「オマエは、何なんだ!」

 それは彼女にも相当応えたらしい。ただすぐに皮膚が再生される。

 「間違い無く、アンタは一人は、殺しているな」

 クレイはそれを確信する。しかも十分な血と精気を吸い上げた可能性がある。じっくりと時間を掛けてそれを吸い上げたのだ。といっても一日も掛けない行為であろうが、それだけの余裕があったということだ。

 彼女は血と魂の味をもう忘れる事が出来ないところにいるのだろう。

 加えて、中々動物の血肉を貪って力を付けている。それは決して十分癒やされるレベルの行為にはならないのだが、力を付けるという意味では、ある意味手っ取り早いのだ。

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