第137話 錬金薬師メリアの帰還

 第四惑星プルースに到着してから三年間は、フェンリルと共に各地の地下シェルターを探索してまわり、あちこちに転移しては魔族を救助する生活が続いた。

 それから数年の間、ひたすら神仙石を作り出しては青龍の保温結界を拡大し続け、一国の領土ほどの広さを温かい気候に変えると、玄武による土壌改良の効果も相まってついに緑を芽吹かせることに成功する。


 後は只々ただただ、鳳凰と共に火の女神の剣で豪快に氷河を吹き飛ばしては、神仙石による保温結界の範囲を拡大していく日々が続き、百年も経過すると、赤道直下に位置する大陸全土を緑化することができた。


「ここまでやれば、もう大丈夫かしら」


 一面に広がる麦畑を通り抜ける風が穂をでるように波打たせるさまに、私は満面の笑みを浮かべる。

 今にして思えば、農家の娘として生まれたのは、こうして自分で立派な農作物を育てられるようにという創造神様の計らいだったのかもしれない。


『ビールにウイスキーもできたことだし、ずっとこの星に居てもいいわね』

「私が作ったビールやウイスキーで満足するなんて。鳳凰、あなたハイエルフのワインの味を忘れてしまったの?」

『気がついていないようだけど、この百年で貴女がつくるウイスキーも大概たいがい美味しくなったわよ』


 そうなのかしら。正直、私自身はウイスキーは好みじゃないのよね。の好みに合わせているだけで。

 今では、魔族も聖魔ウイスキーをたしなむようになったので、このまま数千年もすれば、魔族がつくるウイスキーもハイエルフのワインの境地に辿りつけるのかもしれない。

 そう思って空を見上げたところ、セルフィウスさんがこちらに飛んでくるのが見えた。


『メリアスフィール様、飛行試験完了です。聖魔レーザーで発生させた次元回廊を利用するフェンリル殿の長距離転移も無事に成功しました。いつでも、ガイアまでお送りすることができます!』


 そう、ついに帰れる日がやってきたのね。あの懐かしいテラとガイアに。


「ありがとう。結局、温暖化できたのは大陸一つだけで、あとはミースさんに任せることになって悪いわね」

『とんでもございません!メリアスフィール様は我らが魔族の救世主です!』


 到着してから十年以上して植林に成功した後、第四惑星プルースの使徒であり巫女を務めるミースさんに知識伝承を施して、魔族に錬金薬師の知識を伝えた。ある程度の範囲を神仙石による結界で温暖化したあと、聖魔石から錬金術で分離できる魔石を使用して、自力で緩やかな環境改善を進めてもらうためだ。

 今では二桁にも及ぶフォーリーフの錬金薬師がいるので、彼らが作り出す火炎の魔石やポーションの効果でちょっとやそっとの寒波では死人は出なくなっている。もう、子供がバタバタと倒れるようなことは起きないだろう。

 そうして私が感慨にひたっていると、フェンリルと共に二人の人間が転移してきた。


「あなた。またリーティアに稽古をつけていたの?女の子なんだから剣術や武道なんて必要ないわよ」

「メリア、お前に言われても全く説得力がないと思うぞ。それにリーティアが楽しんでいるんだからいいだろう」


 残念ながら娘には錬金薬師を継がせることはできなかったので、私のようには振る舞えないけど、だからと言って重力三倍を付加した神仙石の腕輪をして鍛えるのはどうなのかしら。


「そんな腕輪をして、テラやガイアに帰った時に嫁の貰い手があるか心配だわ」

「お母さんは十倍の腕輪をして鍛錬してるじゃない!」


 娘が私の両腕にある腕輪をゆびさして口をとがらせたけど、私はもういいのよ。それに、


「やれるとこまでやって、更に限界を踏み抜くのがフォーリーフというものよ。これは鍛錬じゃなくて探求と言って欲しいわね」


 地脈の力に加えて魔力を併用して肉体や血流を強化することで、十倍までならなんとかなってしまった。倍率はともかく、地脈の力と魔力を同時に操るすべを覚えるのに最適なのは間違いない。これのおかげで随分と術の幅が広がったわ。


「それはさておき、テラに帰る準備が整ったそうじゃない」

「ああ、百年もあっという間だったな」

「じゃあ帰りましょうか。私たちの故郷、二重惑星に」


 今や魔族達は地上を自由に闊歩かっぽしている。プルースにおける私の役目は、ようやく終わりを告げたのだ。


 ◇


 その日は朝から妙な胸騒ぎがしていた。いつものように神仙石や聖魔石の生成を終え、茶を淹れて一息ついていると、強烈な神気プラーナが間近で立ち昇るのが感じられた。


 それと同時に近くに寝そべっていたフェンリルが急に立ち上がったかと思うと、転移するのも忘れて必死に窓を飛び越え外に向かって駆け出していく。その後、戸の向こう側で、最近ではついぞ聞かなくなったフェンリルの甘える鳴き声が聞こえてくる。


『うわぁあああん!寂しかったよぉ!』

「こんなに大きくなって、びっくりしたわ」

『まったく、まだまだ甘えん坊みたいね』


 戸の向こう側から聞こえる懐かしい声に、まさかと思って急いで外に出てみると、懐かしい顔がそこにあった。


「ロイドさん、ただいま」

「ああ、メリアちゃん。おかえり」


 メリアちゃんのそばには、護衛騎士のブレイズくんともう一人、二人の面影おもかげを宿した年頃の女の子がいた。どうやら、そういうことらしい。


「おめでとうは、今更かの?」

「いいえ、ありがとう。私たちの子供でリーティアというの。ほら、挨拶しなさい」

「リーティアです、よろしくお願いします」


 こうして百年の時を経て、メリアスフィール・フォーリーフは新たな命と共にガイアへの帰還を果たしたのだった。


 ◇


 ガイアについて数日経過した後、ロイドさんに案内されガイアとテラを見てまわった私は、独自の発展を遂げたさま隔世かくせの感を禁じ得ないでいた。


 テッドさんはドワーフと共にテラとガイアを行き来するシャトルを作り出し、ウィリアムさんは長期熟成のワインを生涯をかけて生み出し、ビルさんの商会は世界を股にかけた貿易を手がけるグローバル商会として名を馳せ、メリアスティは世界の中心の物流ハブ、兼、先進学術都市として世界一の都市に変貌へんぼうを遂げていた。


 ガイアではダンジョン構想による魔石栽培が軌道に乗り、ライゼンベルクをはじめとした辺境の地で、冒険者ギルドが主体となって魔獣を狩って魔石を採取する体制が整っていた。

 また、百年の時を経て商業ギルドがテラと同様の勢力に復活し、魔石や素材を流通させる体制も整えられていた。


「魔族と有翼族、それにエルフやドワーフは元気にしているのかしら」

「彼らは、基本的には地上に干渉せず、浮島に住んでおるわい」


 大人しくなったエルフは闘争本能に欠けるのか、ダンジョンから抜け出した魔獣がいる森で住むのが難しくなり、今では専用の浮島で保護しているのだとか。

 また、ドワーフはオーバーテクノロジーが過ぎて、翡翠の城に隔離かくりしているそうだ。魔導回路の権威だったニグレドさんにお願いした未来の技術と、セルフィウスさんに教わった第四惑星の技術を吸収して独自進化してしまったそうで、ブラックボックス化した制御ユニットや魔道具を世に送り出しているらしい。


「それにしても、信じられないほど発展したのね」


 メリアスティの浮島を空から眺めた私は、未来都市のように空中を行き交うエアバイクのような乗り物に、大型の飛空艇が入出港する様に驚く。王都以外にも四方に伸びる大街道は高速道路のように自動車やトラックが行き交い、運河には大型船が頻繁に到着する。


 私がいた種は、想像を遥かに越えて見事に花開いていた。


「メリアちゃんが自重なく技術発展させたからじゃのう。隔離措置をしたガイアは牧歌的なものじゃて」


 これだけ発展しても、互いに侵略をすることなく良好な関係を保っている姿に、私は満足をおぼえていた。これならもう、私が出る幕はないわね。


「お、見つかってしまったぞい」

「え?」


 ロイドさんの言葉の意味を理解する前に、浮島から物凄い勢いで何かが飛来してきた。


「メリアスフィール様、お戻りになられましたか!」

「どうしてわかるの?」

「使徒様が二人もいらっしゃれば自明の理かと」


 どういうことかとロイドさんの方を見ると、ロイドさんは頭をかいて答えた。


「メリアちゃんの騎士団は、いつからか、この浮島を守る聖騎士団になってしもうての。神気プラーナを見たらすっ飛んでくるぞい」

「でも街を警備するための、ごく普通の騎士団だったはずよ」

「メリアちゃんが、あんな闘技場を作るのが悪いんじゃぞ?娯楽に乏しい世界であんなものを建てて四聖選定などと権威付けまでしたら、毎年トーナメントが開催されるに決まっておるじゃろ。おかげで毎年のように聖騎士選定に呼ばれたわい」


 そんな説明を受けながら、私は訳がわからないうちにロイドさんと共に迎賓館に連れて行かれた。


「こちらは、ボルドー・グローバル商会の創始者ビル様の計らいによる歓迎パーティーです。メリアスフィール様が戻られたら、最高のシェフに最高の料理でおもてなしするようにと、遺言が残されています」

「え?ビルさんが・・・」


 私が驚いている間にも、コリアード諸島で作られたという非常に洗練された陶磁器に盛られた様々な料理やデザート、長期熟成のワインが運び込まれ、私と親しい人が残したとされる言葉やレシピが、彼らの縁者を名乗る者たちにより紹介されていく。


「メリア、待ちきれないので先にく。お前の構想以上の都市になったと自負している。あとは子供たちが発展させてくれるだろう」

「メリアの嬢ちゃん、二重惑星を行き来する船は作っておいたぞ!メンテはドワーフに任せたので安心してくれ」

「世界のどこの食材であろうと、ここメリアスティでそろわない食材はありません。存分にお楽しみください」

「このワインが限界だったがいい線いってるはずだ。あとは子供達が意思を継ぐ」

「メリアお姉ちゃんがビックリするほどのお菓子のレシピを沢山残したから食べてみてね!」

「師匠の偉業には及びませんが、世界各地の疫病えきびょうの流行を防いで回りました。後は弟子が意思を継ぎます」

「使命を果たされました後は、用意した美食のレシピの数々をお試しいただき、心安らかにお過ごしください」


 ・・・


 次々と読み上げられる遺言ゆいごんともいえる暖かな言葉や書き置かれたレシピの束に、私は涙が止まらなかった。

 そんな様子を見ながら、彼らを懐かしむように隣に座るロイドさんが声をかけてくる。


「メリアちゃんと交流があった者たちは皆、胸のすくような者たちばかりじゃった。それぞれメリアちゃんが示したはるか高みの目標に向けて、いつか帰ってくるメリアちゃんをびっくりさせてやろうと、子供のような目をして邁進まいしんしておった」


 ロイドさんが伝える彼らの生前の姿に、在りし日の彼らの快活な笑顔とひたむきな表情が目に浮かんでは消えていく。


 エリザベートさん、テッドさん、料理長、ウィリアムさん、ビルさん、ライルくん、カリンちゃん、みんな、ありがとう。

 みんなが頑張ってくれたおかげで、もう、私の錬金術がなくても、十分すぎるほど美味しい料理が食べられるし、これ以上ないほど便利な生活が送れるようになったわ。


 ◇


 こうして、二度の転生を経て三度目の人生を迎えた少女は、数奇な運命の果てにようやくスローライフを手にする。

 歴史上、数々の偉業を成し遂げた彼女の名は、テラ、ガイア、プルースの全ての星において、フォーリーフを名乗る錬金薬師たちの活躍と共に末長く語り継がれたという。


 〜おしまい〜

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転生錬金少女のスローライフ(Web版) 夜想庭園 @kakubell_triumph

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