第225話 愛してる
姫希に勧められるがまま、俺は数着の服を買った。
買い物をするつもりがなかったため若干予想外の出費だが、気にするほどでもない。
自分でも着たくなるような服を勧めてくれたし。
姫希は服のセンスも結構良い。
「弟以外の男の子の服選んだの初めて」
「そっか」
「あの子と違って君なら泥だらけにする心配もないしいいわ。一生懸命選んであげた服とかを汚されるとやるせなくなるのよ」
「はは、母親みたいだな」
「歳離れてるし、そういう節はあるかしら」
姫希の弟は小二くらいだったっけ。
そのくらい離れていたら、可愛いのだろうか。
わからないな。
俺には親どころか兄妹もいないのだから。
ってやめよう。
こういうのは俺は気にしないが、口に出すと相手が気を遣ってしまう。
俺は今日のデートを楽しみたいのだ。
と、そんな事を思っていると姫希が少し距離を縮めてくる。
「えっと……?」
「……なんにもしないの?」
「え?」
言われて、俺は姫希を見る。
「手、繋ぐ?」
「……あたしから催促したみたいじゃない」
「いや、なんか。ちょっと恥ずかしくて。もうちょっと遅い時間になったらかな~なんて思ってました」
「何が恥ずかしいよ。あんな熱烈な告白しておいて」
「それを出すのは反則だろ」
「ふん」
ツンとそっぽを向く姫希。
言われっ放しも面白くないため、手を取った。
ぎゅっと握ってみる。
「あ」
「なんだよ。お前が言い出したんだろ」
「いや、そうだけど。ってかごめん。あたしの手あんまり綺麗じゃないのよね」
「そうか?」
言われてじっと見てみた。
俺のと違ってすべすべで細くて、白い手だ。
言われてみると少し指が曲がっているかもしれない。
「努力の証だろ」
「それはそうね」
「俺は好きだよ」
「柊喜クンと一緒にたくさんドリブルして、その度に突き指して、こんなことになっちゃった」
「お前は不器用だからな」
「そんな不器用なあたしをよく見捨てず、優勝まで導いたわね」
「どうだか」
俺が姫希を見捨てなかったのではなく、姫希が俺を見捨てなかったようにも思える。
「柊喜クンの手もごつごつしてる」
「見ろこの中指を。ぐにゃぐにゃしてるだろ」
「君も突き指とかしてきたのね」
「あぁ」
そんな事を言いながら、俺達はお互いの手を触り合って。
ふとここがモールの中で、色んな人に見られていることを思い出した。
「つ、次の場所に行くぞ」
「そうね! あたしも服見たい」
「よしきた」
おかしなテンションで、逃げるようにその場を離れた。
◇
「今日はその、ありがとう」
「こちらこそ。楽しかった」
「あたしもよ」
午後七時過ぎ、俺達は互いに照れ笑いを浮かべながら別れを言う。
あれから、特に何をするわけでもなく一緒にいた。
ずっと他愛もない会話をして、歩いて。
特に生産性のある時間ではなかったが、人生の中でもかなり上位を占めるくらい、楽しかった。
姫希もよく笑ってくれたし、楽しいとも言ってくれていて、幸せだ。
「ってか悪いわね。夕飯代出してもらって」
「美味しそうに食べるもんだからつい」
「もう。無理はしなくていいから。次のデートはあたしが出すわ」
「そっか」
付き合う前と同じようなやり取りをしながら、しみじみ思う。
この子、俺の彼女になったんだな。
正直、最初の方は苦手だった。
高飛車で絡みづらくて、口も悪いしめっちゃ警戒されてるのもわかるし。
つかみどころがなかった。
だけど、ずっと一緒に居るうちに自然と印象は変わった。
ただ不器用なだけで、姫希は優しいし、努力家だった。
俺自身、こいつから学ぶことは多かったと思う。
「柊喜クン」
「どうかしたか?」
「あたし、面と向かって言ってなかったから、一応言っておきたいことがあって」
「……」
「大好きよ。愛してる」
顔を真っ赤にしながら伝えてくれた姫希。
高校生で「愛してる」なんて、若干重い気もする。
だけど、嬉しいな。
「ありがとう」
「……君も、あたしのこと好きなのよね?」
「勿論」
わかりやすいくらい愛情表現したつもりだったんだが、伝わっていなかったか?
苦笑すると、姫希はぼそっと呟いた。
「この前、ハグしたいって言ってたわね」
「お、おう」
「はい」
すっと両手を広げて俺を見る姫希。
そんな彼女を迷わず抱きしめた。
ぎゅっと背中に腕を回され、同時にたくさん良い匂いがした。
部活の時に何度も嗅いだ匂いとは、ちょっと違う。
もっと爽やかな感じだ。
ふと見下ろすと、姫希は俺の顔を見つめていた。
身長差があるから首が痛いだろうに、無理している。
そんな彼女に、俺は笑った。
「好きだよ」
そう言って、屈みながら顔を近づけて――。
◇---◇
「ねーお父さん、これ何?」
「お、懐かしいもん出てきたな」
ある日の晩、娘と一緒にクローゼットの整理をしていると、とある箱が出てきた。
中には使い古されたバッシュやサポーターが入っている。
中学時代のものだ。
と、そんな箱の中から娘は一枚の写真を拾い上げた。
「なんか写真あるよ?」
「……これは高校の頃の奴だな。一年の時の春季大会だ」
「高校って事は、お母さんもいる?」
「あぁ」
写真は懐かしいものだった。
五人の少女の笑顔は十年以上経った今でも、鮮明に記憶に蘇る。
今は一階でお風呂に入っている妻の事を思いながら、俺は感慨に耽る。
まさか、部活のコーチを引き受けて、あんな生活が待ち受けているとは、高一の夏のあの日には思ってもみなかった。
「みんな可愛いね」
「そうだな」
娘は興味津々にその写真を見た。
そして、小首を傾げて聞いてくる。
「お母さんどれ?」
「ははっ、それはな――」
俺は、最愛の妻の顔を指さした。
-完-
◇
【あとがき】
結局、最後に柊喜を勝ち取ったのは五人の中の誰だったのでしょうか。
本編で描いた恋愛は四月までで、あくまでそこまで。
人生のヒロインレースはあの後も続いたのでしょうか。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
私自身初めてここまでの長編作品を執筆しましたが、毎日更新で七ヶ月間駆け抜けられたのは間違いなく読者の方の応援のおかげです。
長々と語ってもアレなので、お願いをさせてください。
現在カクヨムコンの読者選考期間で、期限は2/7日までです。
中間選考を通るには読者の方の応援が必要になります。
是非☆レビューをお願いします。
(欲を言うとフォローも7日までは剥がさないで欲しいです……)
そして最後にお知らせです。
本日から新作の連載を開始しました。
とりあえず一作品、少し本作とは毛色の違う”ざまぁ”作品を投稿しました。
よかったら読んでみてください。
『クラスの美少女に振られようが陰キャだと馬鹿にされようが、俺はハーフサキュバスの巨乳女子大生にキスしてもらえる。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330651403264632
そしてもう一本新作を出しました。
こちらの方がどちらかと言うと雰囲気が近いかと思います!
よかったら読んでみてください。
『うちの双子ちゃんは二大美少女の”貧乳は短気”論争に終止符を打つ救世主になるのか』
https://kakuyomu.jp/works/16817330651652174109
Twitterや作者フォローをしていただけると、お知らせがスムーズにできます!
本当に長い間、ありがとうございました。
「デカいから邪魔」「もーいらない」ってなんですか……? 理不尽に元カノにフラれた俺だが、幼馴染の頼みで女子部活のコーチを始めたら皮肉にも高身長が故にモテまくりになっていた。今更復縁だなんてもう遅い! 瓜嶋 海 @uriumi
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