第224話 こんな風に

 四月某日。

 俺は駅前でぼーっと立ち尽くしていた。

 部活の用事でもなく、休日に出かけるのはかなり久々である。

 それも私服で。


「……なんでいるのよ」

「待ち合わせ場所に居て何がおかしい」

「まだ三十分前だから」

「それを言うならお前も三十分前に来てるじゃねーか」

「遅刻するくらいなら早めに来た方が良いと思って」

「俺も似たようなもんだよ」

「ふぅん」


 相変わらず可愛げがない奴だ。

 待ち合わせ時間三十分前にやってきた姫希は、いつものワンサイドアップの髪を弄りながら、俺の前でそわそわしていた。

 服装は白の肩開きロングスリーブに、赤のスカート。

 シンプルだがめちゃくちゃ似合ってて可愛い。


「服、似合ってるな」

「そ、そうかしら。ちょっと肩出すの恥ずかしかったけど、それは良かったわ」

「元の顔とスタイルが良いからシンプルなコーデが映える。羨ましいもんだ」

「……なによそれ」


 ついコーチングの時みたいに冷静に分析してしまい、自分の激きしょ発言に苦笑する。

 何言ってんだか。

 どうやら初デートで緊張しているらしい。


 そう、今日は姫希との初デートなのである。

 予定としては映画を観たり、駅周辺をぶらぶら回ったり。

 初回から重いのは両方にとって良くないと思ったため、カジュアルなデートプランを立ててみた。

 俺と姫希は関係値もかなり深い方だとは思うが、あくまで友達や部活仲間としての関係性だからな。

 恋人となれば全く別だ。


「映画の予約までまだ時間あるし、軽く何か食べるか」


 俺が言うと姫希は小首をかしげて聞いてくる。


「どこ行くの? ラーメン? お寿司? それとも焼肉?」

「軽くって言ってんだろ」

「わかってるわよ」

「……」


 出てきた選択肢に俺は絶句した。

 どうやら軽くの概念が俺とは全く異なるらしい。

 姫希らしいと言えばそれまでだが。

 俺はファストフードとか喫茶店とかを想定してたんだけどな。


「喫茶店とかじゃダメなのか?」

「あ、それならコメダに行きたいわ」

「あそこも軽食ではないだろ。……まぁいいや」


 こいつが行きたいって言うならそれでいい。

 目をらんらんと輝かせながら何を食べようか唸る姫希の横顔に、俺はずっと笑っていた。



 ◇



「最後尾席なんだ」

「ほら、俺って身長が高いだろ? 中途半端な場所に座ると邪魔になるんだよ」

「大変なのね」


 映画館内で予約していた席に向かうと、姫希が呟いた。


 俺の身長はデカい。

 映画を観るのも一苦労なのである。


「優しいわね」

「当たり前のことだろ」

「そんなことないわよ。周りに配慮できる君のそういう所、大好きよ」

「そ、そうか」

「えぇ」


 相変わらず嘘偽りなく自分の思っていることをストレートに言ってくる奴だ。

 そういうところに、俺も惹かれた。


 若干さっきの言葉にドキドキしていると、つい右隣の姫希の肩に目がいく。

 部活生と言えど、綺麗な肌だ。

 意識が高そうな奴だし、ちゃんと気を遣っているのだろうか。


「じっと見てどうしたのよ」

「いや、綺麗な肩だと思って――いてっ」

「見んな」

「えぇ……?」


 足を踏まれた。

 顔も背けられてしまう。

 怒らせてしまったのだろうか。


「毎日保湿してるから」

「部活でキツいだろうに、流石だな」

「そうね……。この服、可愛くてつい衝動買いしちゃったのよ。だけど買ってから、肩出すんなら気を遣いたいなって思って。せっかくならデートの日に着たいと思ってたし。でも実際に今日着てみて、似合ってるか不安になっちゃったわ。服に着られてるというか」

「そんなことない。凄く似合ってる」

「あはは。ありがと。柊喜クンの今日の格好も結構いい感じじゃない」

「ま、マジ?」

「えぇ。あたし結構好きかも。でも、柊喜クンはスタイル良いし、身長もあるから……」


 俺のコーディネートを考えて唸り始めた姫希に苦笑する。

 可愛いな。


「あとで見に行くか」

「いいわね。選んであげる」

「おう。……ってかなんか、凄いカップルっぽかったな。今の会話」

「え? ……あ」


 振り返って恥ずかしくなったのか、姫希が再び顔を背けた。

 上映時間までまだあるため、耳まで真っ赤なのがよくわかる。

 なんだこいつ。

 可愛いとこあるじゃん。


「照れてるのか?」

「上映始まるからもうそろそろ黙って。迷惑よ」

「はいはい」


 前ならこんな事を言われて、どれだけ俺の事嫌いなんだと思ったかもしれないが、流石に俺も馬鹿じゃない。

 これはただの照れ隠しだ。

 膝の上で手をぐーぱーしている姫希が面白い。



 ◇



 映画を観た後は、二人で色々駅モールの中を回った。


「ってか君にデートしようって誘われた時はびっくりしちゃった」

「なんで?」

「いや、君の事だし、バスケコート巡りとか言い出しそうじゃない」

「そんなわけねーだろ。お前は俺の事を何だと思ってるんだ」

「バスケの化身」

「おい」


 確かに今までの人生、バスケの事ばっかり考えていたような気もするが、魂まで売ったつもりはない。

 立ち寄った洋服店で俺達はそんな事を話す。

「冗談よ」と楽しそうに笑いながら言う姫希は、そのまま男物の服を見て呟いた。


「でも、君にとってバスケって大事でしょ?」

「それはそうだな」


 前にも言ったが、バスケを始めたきっかけは母親だ。

 俺にとってバスケはそれこそ人生を注いできたもので、そう思うとまぁ確かに、バスケの化身と言われても、否定できないかもしれない。

 ただ、それは俺だけじゃない気がする。


「姫希だってバスケ大好きだろ」

「そうね」


 俺は姫希に告白した時、色々好きなところを語った。

 今になって思えば顔を覆いたくなるくらい恥ずかしい記憶だが、そんなことはいい。

 俺が姫希の事を好きになった理由は、バスケへの姿勢もあった。


 他の人は、どうしてもバスケが好きというより、俺に好かれたいから頑張っているというのが見え透けていた。

 悪い事ではない。

 実際それで頑張っていたし、俺はそれを認めるし凄いと思っている。

 だけど、やっぱり純粋にバスケを楽しんでいる奴は、人一倍輝いて見えた。

 何より、初めて会った時にあんなに自信がなかったこいつが試合でシュートを決めた時が、一番嬉しかったからな。


「これ似合うんじゃないかしら」


 当の本人は服に夢中だ。

 俺の胸に服を合わせて首を傾げている。

 可愛い。


「あんまり私服持ってないから助かるよ」

「これを機に揃えるといいわ。どうせいっぱい一緒に遊ぶでしょ?」

「そうだな。楽しみだ」

「あたしもよ」


 そう言ってニコッと微笑みかけてくる姫希。

 最近、姫希の愛情表現もわかりやすくなってきた。

 やっぱり素直なのは気持ちがいいものだ。

 俺も、こんな風になりたいな。


「姫希」

「どうしたの?」

「いや別に。呼んだだけ」

「殴るわよ」

「なんでだよ」


 口の悪さは変わらない。

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