手の温もり

今日は十二月二十三日。今日は一週間掛けて行なわれたサトゥルナリア祭の最終日である。

サトゥルナリア祭とは、別名・農神祭とも呼ばれ、エルトリウス王家の祖神にして神々の王ユピテルの父神・サトゥルヌスを祀るお祭りだ。

エルトリアでも盛大に行われるお祭りの一つで、ローマの町は1週間の開催期間中、昼夜を問わず盛大な催しが実施される。


大通りにはローマの商人は勿論、王国中から集まった商人が露店を開き、ローマでは普段見られないような珍しい品々も見られる。

町には正装をした者の姿は一人も無く、貴族・平民、さらには奴隷すらもがカラフルな装飾が施された風変わりな装束に身を包んでいた。

このお祭りはエルトリア国王の名において実施され、必要経費のほぼ全ては国庫から賄われるため、どれだけバカ騒ぎをしても、臣民達の懐が痛む心配は無い。

よって臣民達は無償で豪華な衣装を着て、普段食べられないような御馳走を食していた。

そんなこんなで、大勢の人でごった返しになるローマの町中に、タルキウスとリウィアの姿もあった。


照明用魔法道具とその灯りを反射して輝く町の黄金によって町中は昼間にも負けないくらいの明るさを保つ。

しかし、このような人混みの中で一度はぐれてしまえば、合流するのは至難の業。

特にまだ幼く身体が小さいタルキウスは人混みに呑まれたら、そのままどこへ流されるか分かったものではない。

そう思い、リウィアはタルキウスの小さな手をギュッと力強く握る。決して離さないように。

「た、タルキウス様、もう少し、ゆっくり歩いて下さい!」


「リウィア! こっちだよ、こっち!」

リウィアの心配を他所に、タルキウスはどんどん人混みを掻き分けて前へ前へと進んでいく。


日頃、宮殿にこもって政務に勤しむ黄金王タルキウスにとっては、サトゥルナリア祭は仕事の一環でしかなく、何度か式典に出席する程度でしか関わってはいなかった。

そこでリウィアは、最終日で盛り上がりも最高潮に達している今夜。リウィアはタルキウスに息抜きも兼ねてこのお祭りを楽しんでもらいたいと考えてお忍びで外に連れ出したのだ。

一旦町に出ると、好奇心旺盛なタルキウスは普段見るローマの町とは違った一面を目の当たりにして大はしゃぎ。タルキウスに喜んでもらえた事を嬉しく思う一方で、少々はしゃぎ過ぎて心配が絶えない。

「ちょ、も、もう少しゆっくりでお願いしますッ」




しばらくタルキウスはリウィアの制止などまったく耳に入らず、好奇心と興味の赴くままにローマの町を練り歩く。

しかし、流石にリウィアが疲れを見せ出した事に気付いたタルキウスは、近くの広場に移動して二人は壁に背を預けて一息つく。

「ごめんね、リウィア。疲れちゃった?」


「い、いえ。大丈夫です。ですが、あの人混みには流石に参りました」


「ふふ。確かにすごい人だよね~。俺もビックリしたよ」


「でも、タルキウス様が楽しそうだったので安心しました」


「うん! とっても楽しいよ! 今日はありがとうねッ!」

タルキウスは満面の笑みでお礼を言う。


「喜んでもらえて何よりです」

タルキウス様が笑顔を見せてくれる度に、私は全ての苦労が報われるような気持ちになる。


「さ! そろそろ行こ! 向こうの方も見てみたいし」

先ほどまでリウィアを気遣っていたタルキウスだが、もはやその気遣いは好奇心に取って代わり、今ではまだ見て回っていない店に興味津々だった。

タルキウスはリウィアに手を差し出す。


「ふふ。では行きましょうか」

リウィアはタルキウスの手を取り、それに応じる。


まだ小さいけど、頼もしい手。この手は私に、タルキウス様がこれまでどれだけ辛く過酷な日々を過ごしてこられたのかを教えてくれる。私と出会う以前のタルキウス様は、家族から引き離され、友人と呼べる人すらおらず、ただひたすら訓練に明け暮れる日々を過ごしていたという。でも、それだけじゃない。


リウィアの手を引き、そのまま人混みの中へと戻ろうとするタルキウスは、何かに驚いた様子で足を止めてリウィアの方に顔を向けた。

「リウィア、すごく手が冷えてるけど大丈夫?寒くない?」

心配そうにリウィアの顔を見上げる。

せめて少しでも温かくしてあげようと思い、タルキウスは自分が纏っているトーガをリウィアに掛けるため、一旦リウィアの手を離そうとした。

しかし、リウィアはその手を離さず、逆に今度は両手でタルキウスの小さな手をしっかりと握りしめる。


「寒くなんてありませんよ。タルキウス様の御手がとても温かいので」

タルキウス様の手は、力強いだけじゃなくて、とても優しく温かい。真冬の寒さから私の手を守って下さるように私の手を握り、優しく包み込んでくれる。そして私をどこまでも導いてくれる。


「でも、それだと手以外が寒いんじゃない?」

自分の手が温かいというなら、手に触れていないところは寒いはず。純粋無垢なタルキウスは直感的にそう思った。


そんな彼にリウィアは思わずクスッと笑ってしまう。


「もう! 何で笑うのさ! 人がせっかく心配してあげてるのに~」

頬っぺたを膨らませてそっぽを向き、へそを曲げてしまった。


「ふふふ。申し訳ありません。ですが、私は少しも寒くありませんから」


「本当に?」


「はい」


「じゃあ、何で?」

純粋故の疑問なのか、それとも意地悪のつもりなのか、タルキウスは目を細めながらリウィアを見上げて言う。


「タルキウス様はいつも元気いっぱいですので。傍にいるだけで私の心も身体も温まってきます」


「……それって俺がストーブみたいに暑苦しいって事?」


「え?」

子供の発想力には驚かされる。なぜそういう発想になってしまうのかが不思議です。でも、そういう所もタルキウス様の良い所なんですよね。


「さ! タルキウス様、お話はここまでにしましょう。あっちに行ってみたいんですよね。時間が勿体無いですから早く行きましょ!」

そう言って今度は、リウィアがタルキウスの手を引いて歩き出す。

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世界最強の魔導師にして歴代最年少の少年王は聖女を溺愛してる~短編集~ ケントゥリオン @zork1945

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