やがて芽吹け

尾八原ジュージ

雨乞いの終わり

 百年ぶりに雨が降った。

 かくしてわたしたちの長い雨乞いは終わった。


 お師匠さまは掲げていた右手をおろされ、わたしたちを見て、おまえたち、おつかれさまとおっしゃった。

 わたしたちのひび割れた体に雨が降り注いだ。百年の空白を一挙に埋めてゆくような激しい雨が。

 これで当地にも人が戻るでしょうとお師匠さまがつぶやかれた言葉は、わたしの頭にちゃんとしみ込む前に、わたしの耳といっしょに溶けてしまった。

 わたしの横に立っていた同胞が、ぐずぐずとつぶれて平たくなった。わたしももう立ってはいられず、湿り気を帯びはじめた大地の上にひざをついた。


 百年前、当地に住んでいたものたちはすべて遠い土地へ逃げた。魔法の力で死ぬことのないお師匠さまだけがここに残られ、わたしたちと雨乞いの儀式を続けていた。

 わたしたち。百年前、お師匠さまが共にくらすために作られた十体の土人形。


 今わたしたちはうまれてはじめて雨にうたれ、泥になってもとの地面へと還る。

 理によってはじめから定められていた役目に、百年を経てもどってゆく。


 さようなら。百年間ありがとう。


 お師匠さまのお声はとてもさびしそうだ。

 わたしたちのような土くれの人形でも、いなくなればさびしいのだろうか。当地に人間がもどれば、お師匠さまはさびしくないのだろうか。

 さようならと返すまえに、わたしの口は溶けてなくなってしまった。わたしたちはかたちを失い、ただの土となって、地面と一体になる。


 いずれわたしたちから芽吹いたものたちが、お師匠さまに会えるといいな。


 最後の思考が雨に溶ける。

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やがて芽吹け 尾八原ジュージ @zi-yon

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