大人しくて可愛い幼馴染の彼女が俺以外の男とラブホ街を歩いてる

音の中

大好きな彼女が男とラブホ街を歩いてる

 俺は見てしまった。

 家族と同じくらい、いや、家族よりも心から愛していると言える存在が、俺とは別の男と一緒にラブホ街があることで有名な通りを楽しそうに話しているところを見てしまったのだ。ここの通りは学校から駅に行く一番近道なのだが、治安が悪いので利用する人はほとんどいない。そんな通りを俺の彼女が男と一緒にいたのだ。


 彼女は俺と一緒にいると、いつも朗らかな笑顔を浮かべてくれる。

 だけど、今の彼女の笑顔はどうだろうか。

 あんなにも嬉しそうで、あんなにも蕩けたような笑顔を俺に見せてくれたことはあっただろうか。


 本来だったらその場で彼女を問い正すのが正解なのだろう。

 だが、今の俺にはそんな余裕など一切なかった。

 その光景から目を背けたい。ただその一心で俺はその場から逃げ出した。


 家の玄関の前で俺は汗をびっしょりかいて、肩で息をしながらその場で立ち止まってしまう。そして、隣の一軒家を横目で見ると、汗以上に大量の涙が俺の目から出てきた。それから結構な時間が経過したが、俺は未だに玄関の前で泣いていた。このまま玄関の前で泣いているところを親や、彼女の家族に見られたら不審がるだろうと思い至るまでは冷静になることが出来たので、家の中に入ってそのままシャワーを浴びる。

 シャワーを浴びたら、先ほどの光景も一緒に流れてくれるかと思ったが、そんなことは一切なく、むしろ鮮明に脳裏に焼き付いていた。


 俺は力無く部屋に戻ると、ベッド側の壁に貼り付けられたいくつもの壁掛けフォトフレームが目に入る。

 そこには小学生から最近に至るまでの俺と彼女が写っていた。そこに写っている俺たちはとても幸せそうな笑顔を浮かべている。一番最近の写真は高校の入学式に校門の前で撮影したものだった。

 このときの彼女の心はまだ俺にあったと思う。彼女の心はいつから俺から離れてしまったのだろうか……。




 ―




「私は雛菊。春見雛菊はるみひなぎくっていうの。あなたの名前も教えてくれる?」



 小学校3年生のときに、俺はこの街へ引っ越してきた。

 そして、隣の家に住む雛菊と初めて出会ったのだ。



「僕は花山瑠夏はなやまるかだよ。雛菊ちゃんこれから仲良くしてくれたら嬉しいな」


「瑠夏くんだね。うん! こちらこそ仲良くしてね」



 雛菊は天使のような笑顔を浮かべながら、腕を前に突き出して手を広げてくる。当時の俺は、この行動が何なのか分からずに、ジッと突き出された手のひらを眺めていた。すると、「握手だよ、握手。これからずっと瑠夏くんと仲良くしていくんだから、握手をして親愛度をアップさせないと」と雛菊は言っていたが、正直よく分からないまま握手をした記憶がある。

 俺が握手に応じると、雛菊は「えへへ」とはにかんだ笑顔を浮かべた。



『俺に恋心が芽生えたのはいつか』



 誰かにそう尋ねられたら、今の俺ならこの瞬間だと断言出来る。それくらい、そのときの雛菊は魅力的だったのだ。しかし、当時の俺は子供だったこともあり、このとき感じた感情を恋だとは認識していなかった。

 俺たちは同じ学年だったこともあり、翌日からは当たり前のように一緒に登下校をして、放課後に二人で公園で遊んだり、図書館に行って本を読むという日常が俺にとって当たり前となった。


 雛菊は大人しくて、友達と積極的に遊ぶような女の子ではなかった。

 俺も引っ越し前はど田舎に住んでいたので、大人数で遊ぶということに慣れていなかったこともあり、雛菊との時間はストレスなくとても心地が良いものだったのだ。

 もちろんクラスメイトたちと遊ぶこともある。極端なことをしてしまうと、クラスから爪弾きにあってしまう。そして最悪イジメられる可能性だってあるということを、雛菊は俺に教えてくれたのだ。彼女は当時から周りを見通す力に長けていて、自分だけではなく俺のことも悪意に晒されないようにしてくれた。

 このときは深く考えることなく、『雛菊ちゃんは頭がいいな』くらいしか思わなかったのだが、今考えると当時からこのレベルでの世渡りをする雛菊は本当に凄いと思う。


 俺と雛菊は、傍から見ても仲良しだったと思うが、雛菊の世渡りスキルのお陰で俺たちの関係を揶揄ってくる人たちはほとんどいなかった。これは中学校に上がってからも一緒だった。


 中学生に上がると、俺は雛菊へ抱いている気持ちが友情とは違うことに気付き始めていた。しかし、思春期だった俺はそんな気持ちを抱いていることが恥ずかしくて、必死に想いを隠そうとしてしまい、つい雛菊へ冷たい態度を取ってしまった時期があった。

 そんな俺にも雛菊は変わらない態度でずっと一緒にいてくれたのだ。当時の俺の雛菊への態度は、所謂ツンデレってやつだったと思う。はっきり言って男のツンデレなんて何の価値もないし、ただ拗らせただけの気持ち悪いヤツだ。


 そんな感じの態度を一年位続けてしまったが、中二に進級してから一ヶ月ほどが経ったころ、俺の行動があまりにもガキ臭く感じてしまい、雛菊に対してツンデレしていること自体が逆に恥ずかしくなってしまった。

 当時の俺は、中一の雛菊への態度を思い返して、あまりにも恥ずかしくなってしまい、枕に顔を埋めて「うぉぉぉぉ! 恥ずかしいぃぃぃぃぃ!!! 俺を殺してくれぇぇぇぇぇ!!!」と叫んでしまったくらいだ。だが、この枕に叫んだこと自体も、今考えたら黒歴史すぎて恥ずかしくなってしまう。


 当時の俺は恥ずかしさのあまり、このまま召されてしまうところだったが、ようやく気を取り直して雛菊の家に向かいインターホンを押す。



「はーい。あっ、瑠夏くん! 雛菊なら今部屋にいるから行かせるね」


「はいっす」



 俺は気恥ずかしい気持ちが残っていたので、「はいっす」なんて体育会系のような返事をしてしまう。だが、俺は部活動には所属していない立派な帰宅部員だったので、「はいっす」なんて今まで言ったことはなかった。そのことに気付いて、雛菊家の玄関の前で一人また悶絶したのは仕方のなかったことだろう。



「瑠夏くんどうしたの?」


「少し時間いいか?」俺は内心の悶絶を悟られないように、極めて冷静に話しかける。


「うん、もちろんいいよ。私の部屋に上がる?」


「いや、今日は久しぶりに『タコ公園』に行かないか?」



 タコ公園とは、存在感のある大きなタコの遊具が置かれた公園のことだ。

 この公園は俺と雛菊のお気に入りで、タコの頭に座って色々な話をしたものだった。

 だが、この公園も中学生になってからは数えるほどしか足を運んでいない。



「いいね! 久しぶりだし楽しみだな」



 雛菊は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていたが、「あっ、けど今は部屋着だからちょっと着替えてくる」と言って部屋に戻っていった。雛菊が部屋に戻って5分ほどすると、小花柄のワンピースにカーディガンを羽織った春っぽい装いでやってきた。雛菊の私服は何度も見ていたが、ツンデレフィルターが無くなって曇り無きまなこで見るとあまりの可愛さに俺の心臓は止まってしまいそうになっていた。



「じゃあ、行こうか」と若干声が上ずったことを自覚してしまい、『俺ダセェ』と内心落ち込んでいたが、雛菊はクスリと小さく笑って「うん。瑠夏くんとタコ公園行くの久しぶりだから嬉しいな」と笑顔で言ってくる。その笑顔があまりにも可愛すぎて、俺は無意識に「好きだ……」と呟いてしまった。



「え?」



 俺の呟きを耳にして固まってしまう雛菊。俺はやばいと思い、「あっ、あぁ。いや、うん。なんでもない。なんでもないから」と咄嗟に誤魔化してこの場の空気を有耶無耶にしようと試みる。

 だが、「瑠夏くん……。好きだって言ったよね。何が好きなのかな?」と絶対に有耶無耶にしないマンへとなった雛菊に問い詰められて、俺は「お前のことが好きなんだ。それが恥ずかしくて、今までお前に冷たくしちまった。――ごめんな」と素直に告白をした。

 雛菊のリアクションが怖すぎて、俺は気持ちを伝えた後目を瞑ってしまったが、柔らかくて暖かい何かが俺のことを包み込んできた。



「嬉しい。私も瑠夏くんのことが好き。好きすぎて、好きが止められなくて。だから瑠夏くんがちょっと恥ずかしがってるの知ってたのに、何度も声を掛けちゃってた。私の方こそごめんね」



 雛菊の声が俺の胸元から聞こえてきたことで、包み込んでいるこの温もりが雛菊によるものだと理解した。そして、好きと言われたことに驚いて目を開くと、雛菊が俺の胸元から上目遣いで俺のことを見て、「やっと私を見てくれた」と微笑んだ。

 あまりの可愛さに俺は気持ちが高まって、雛菊のことを抱きしめると。



「ちょっと苦しいよ」と苦笑いを浮かべているが、雛菊も俺のことを抱きしめる力を強めた。



 しかし、俺は失念をしていた。

 ここが雛菊の玄関の前だったということを。

 ふと俺が正面に顔を向けると、雛菊のお母さんがニヤニヤとしながら俺たちを見ていたのだ。



「うわぁ!」俺は声を上げて雛菊を離すと、お母さんが「あらあら、そんなに急に離れなくてもいいのに」と言ってきた。



 俺は内心『くそぉ。煽ってきやがって』と思っていると、雛菊が「ママ何してるのよ! もう、瑠夏くんと良い感じだったのに邪魔しないで!」と俺が言いたいことをしっかりと言ってくれた。お母さんは「もうケチね。けどそうよね。これから出掛けるんでしょ? 夜遅くならないようにね」と、理解を示した体で俺たちを快く送り出そうとしているが、口元はニヤケまくっていたので台無しだ。


 俺たちは少しプリプリしながらタコ公園に向かうが、途中で面白くなってしまいどちらともなく大爆笑をしてしまった。そのまま素直な気持ちでたくさん雛菊と会話をする。俺は今までなんで無駄な時間を過ごしてしまったのだろう。こんなに楽しい時間をなぜ俺は自分から手放していたのだろう。

 心から反省した俺は、久しぶりにタコの頭に座ってから雛菊に改めて謝罪をした。

 雛菊は「もう気にしないで」と言ってから、「それよりも、瑠夏くんの気持ちをちゃんと聞かせてほしいな」と言ってきた。そう改めて言われると恥ずかしい気持ちになってしまうが、ツンデレを卒業した俺は雛菊に対する本当の気持ちを伝えた。すると、雛菊は目から一筋の涙を流したと思ったら、「嬉しい。私も瑠夏くんが好き。ずっと好きだったの」と教えてくれた。

 そして、「だから、瑠夏くん」と言ったところで、俺は雛菊に「そこからは俺に言わせてくれ」と伝えて正面から雛菊の目を見据えて、手を優しく握る。



「雛菊。俺は雛菊のことが好きだ。大好きだ。――だから、俺と付き合ってくれないか」


「はい。私も瑠夏くんのことが好きです。大好きです。だから、瑠夏くんの彼女にしてください」



 そう言いながら、今までで一番の笑顔を俺に浮かべてきた。それから悪戯な表情をすると「私の心は一生瑠夏くんだけのものだよ」と耳元で囁いてきたのだ。

 俺が拗らせている間に、雛菊は雛菊で小悪魔へと進化していたらしい。


 それから俺たちは、今まで以上に仲良くなった。

 デートだって何回も繰り返したし、中二のクリスマスにはキスだってした。

 中三からは一緒に受験勉強をして、同じ高校に進学できるようにお互いを励まし合った。

 俺は雛菊に比べて成績はあまり良くなかったのだが、雛菊の教え方が良かったのか中三の最後には学年で3位になることができ、受験も無事に合格することができた。

 まさか、俺が県内でも有数の進学校へ入ることが出来るとは思っていなかった両親は心から喜んでくれた。そして、その足で雛菊の家まで行って感謝を伝え、その流れで両家合同の合格パーティーが開催された。


 高校に入学してからも俺たちは仲良しだった。

 同じクラスになることも出来たし、クラスメイト全員が俺たちの関係を知っている。

 高一の一学期が終わる間際まで全てが順風満帆だと思っていたし、これからもずっとこの関係は続いていくと信じていた。


 ――雛菊が俺以外の男と一緒にラブホ街のある通りで楽しそうに話しているところを見るまでは。


 あの男はクラスにいる有名人。

 イケメンで身長が高く、スポーツも万能。親は大きな会社の役員をしていてお金持ちというハイスペック人間の豪徳疾風ごうとくはやてだった。しかも、人格的にも優れているのだというのだから、クラスメイトだけではなく学年中の女子が彼に釘付けだった。雛菊に関してはそんな素振りを一切見せなかったので安心していたのだが、俺が知らないうちに逢瀬を重ねていたのだろうか。


 うちの学校は生徒会のサポートとして、一年の一学期から生徒会に携わることが出来る。俺は生徒会に所属したいと思っていたので、一学期から生徒会の手伝いを週に一度していたのだ。それ以外の平日は一緒に登下校しているし、土日もどちらかに予定がない限りは一緒に過ごしていた。恐らく俺が生徒会の手伝いをしていた日に会って距離を縮めたのだろうな……。


 翌日になり、雛菊がいつものように俺のことを迎えに来る。



「おはよ、瑠夏くん」笑顔を浮かべながら、いつものように俺の腕にしがみついてくる。


「あぁ、おはよ」


「あれ? 瑠夏くんちょっと元気ないのかな? 体調悪いの?」



 心配そうな表情を浮かべながら、雛菊は俺のことを見上げてくる。

 雛菊の可愛い顔が、俺の目を真っ直ぐ見つめてくる眼差しが今はキツイ。



「いや、大丈夫だよ。それよりも早く学校へ行こうぜ」



 俺はこれ以上悟られないように、雛菊の手を引っ張って学校へ向かう。

 学校に向かっているときも雛菊の態度に何も違和感はなかった。俺以外の人と二人でラブホ街のある通りを楽しそうに会話していたとは思えない。ひょっとしたら別人だったのではないだろうか。しかし、雛菊のあの表情が俺の脳裏にしっかりと焼き付いている。


 その後教室に入ると窓際の一番後ろにある自分の席に座ってから、雛菊と豪徳のことを観察してみる。

 雛菊は教壇から2列目に座って鞄から教科書などを取り出していた。

 豪徳はというと、カーストトップのグループで友人と話しながらも、チラチラと雛菊の方を見ているのが分かった。

 やはり豪徳は雛菊のことを意識している。

 いつからだったのかは分からないが、豪徳は雛菊のことをずっと見ていたのだろう。


 俺は凹んだ気持ちのまま朝のSHRを聞いていた。

 今日の放課後に雛菊に聞いてみよう。

 その結果別れることになったとしても。




 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆




 高校に入学するとクラスにとても可愛らしい女の子がいることに気付いた。

 彼女の名前は春見雛菊というらしい。

 中学まで付き合っていた彼女とは、卒業のタイミングで別れてしまった。

 同じ学校に進学出来なかったので、俺から振った形だったのだが、一緒の高校で楽しい学校生活を送りたいと思っていたので、仕方がなかったと思う。

 元カノは別れたくないと言っていたが、同じ高校に行けなかったら別れると以前から伝えていたので「仕方ないだろ」と言って諦めさせた。


 俺は自分で言うのもなんだが、かなり恵まれている人間だと思う。

 勉強もスポーツも出来るし、顔だってイケメンの部類に入るだろう。

 それに、あまり言いたくはないが、父親は有名企業の役員をしているのでお金だって持っている方だ。

 だが、それは俺の力ではないので、はっきり言ってそんなことは関係ないのだが。


 春見さんは大人しそうな女の子で、あまり異性と会話をするような子ではなさそうだった。

 学校が始まって一週間ほど経ったが、実際に仲良くしている異性はいなそうだ。ただ一人を除いて。

 彼の名前は花山瑠夏というらしい。同じ中学出身の人に聞くと、春見さんと花山くんは中学の頃からお付き合いをしているらしい。

 俺はそのことを知って落胆をしたが、花山くんは俺に比べたらイケメンではないし、俺みたいに一軍と言われるような友人は周りにいそうもない。隠キャってほどではないが、普通の男の子って感じだ。


 しかし、春見さんはそうではない。

 大人しい子なので友人もあまり多くはなさそうだが、彼女は他の女の子とは比べ物にならないくらいの輝きを放っていた。

 それは俺だけが感じたのではなく、クラスメイトはもちろん、他のクラスの男子生徒も思っていたらしく、入学してから一ヶ月も経つと彼女にラブレターを送っているという話は何度も耳に入ってきた。トップカーストの俺たちには恋愛関連の話は自然と入ってくるのだ。


 だが、告白の場に現れたという話を聞いたことはなかった。

 恐らく彼女はラブレターは受け取るものの、告白の場所に行くことはなかったのだろう。

 その理由は彼氏がいる、その彼氏に疑われるのを避けるためだと思われる。


 俺は友人たちに相談をした。



「春見さんのことが好きなんだが、やっぱり諦めた方が良いのだろうか」



 俺がそう言うと、仲の良い女子の小山莉子こやまりこが「疾風なら奪えるんじゃない?」と言ってきた。それに続いて、高校に入ってから一番仲が良い森戸聡もりとさとしも「奪うと言うのは語弊がありそうだけど、本気で好きならちゃんと伝えてみたら。それを受け入れるかは春見さん次第だしね」と言ってくる。


 俺は告白というものをしたことがない。

 今まで付き合ってきた女の子は全員があちらから告白してきたのだ。

 しかし、振るのはいつも俺から。

 彼女たちは、俺にどんどんとのめり込んでいくのだが、俺が彼女たちにハマることは一度もなかった。

 いくら肌を重ねても、気持ちいいという感覚はあるが、この子を愛していると思えたことがないのだ。

 付き合ったら好きになるかな、と思っていたがそんなこともなく、一緒にいることに飽きてしまい俺から振るのがパターンとなっていた。

 彼女たちは「セフレでもいいからお願い。私を捨てないで」と言ってくる。

 だから、何人かはそんな関係を維持しているのだが、正直そういう関係を重ねても虚しさを感じてしまう。

 俺は夜の方も才能があったのか、彼女たちは俺に抱かれると全員がだらしない表情を浮かべているのだが、俺が心から満足できたことはなかった。

 彼女たちと俺の違いはなんだろう。

 恐らくそれは相手のことが好きか、そうではないかという違いだと思っている。

 だからこそ、俺は春見さんのことをどうしても俺のものにしたいと考えていたのだ。


 だが、告白素人の俺はどうやって告白すれば良いのか分からなかった。

 その時に元カノであり、現セフレの一言が頭をよぎる。



「あなたとエッチした女の子は、全員があなたの虜になるでしょうね」


「そんなに気持ちいいのか?」


「えぇ、他には何もいらなくなるくらいに。あなたはイケメンだし、周りからの評価も高い。そんなあなたに誘われて断れる子なんていないわよ」



 たった一人だけの言葉だったら心から信じることはないような言葉だったが、俺と関係を持っている女の子たちが全員同じようなことを言うのだ。

 だとしたら、俺が誘って一回でもエッチしてしまえば、心も身体も俺のものにできるのではないかという考えに至る。

 だから、俺はたまに校内や、彼が生徒会でいないときに春見さんに話しかけるようにした。

 俺一人で行って警戒されるのも嫌なので、莉子を連れて行くことも忘れない。


 そして、この間ついに春見さんのことをカフェに誘うことができた。

 莉子と聡も途中までいたが、予定ができたと言ってバラバラのタイミングで抜け出してもらった。彼女も「私も帰りますね」と言って席を立とうとしたのだが、「もう少しだけ」と言ってなんとか留めることに成功した。


 ここのカフェはラブホ街の近くにあり、治安が悪いのであまり学校の生徒たちが使わない通りに面している。

 俺はあわよくば今日このままこの子とエッチをしようと考えていたのだ。



「春見さん。彼氏とは仲良くしてる?」


「うん。瑠夏くんとは仲良くしてるよ」


「そっか。2人は仲が良いもんな。中学から付き合ってるんだろ? だったら相当深い関係になってるのかな?」



 俺がそう言うと、春見さんはちょっと暗い顔を浮かべたと思ったら、キッと俺を睨みつけて「豪徳くんには関係ないですよね?」と言ってきた。

 そのリアクションを見て、俺は春見さんたちがまだ男女の関係に至っていないことを確信する。そして、少し暗い顔を浮かべたことで、今の進展のない関係を彼女がよく思っていないことも。



「無粋なことを言ってごめんよ。俺は春見さんの力になりたいと思ってるから」



 彼女は無言で俺の話を聞いていたが、「ちょっとお手洗いに」と言って席を立った。

 そして席に戻ってくると、「私と瑠夏くんのお話を聞いてくれますか?」と自分から言ってきた。

 俺は「もちろん」と言うと、ほっとしたような表情を彼女は浮かべる。


 彼女は「実はね」と言うと、春見さんと花山くんのことを話してくれた。

 小学校からの幼馴染で中二の時に付き合ったこと、その年のクリスマスにファーストキスを済ませたものの、高校入試に向けて勉強してしまったことで、深い仲になることはなかなか出来ていないという話を教えてくれたのだ。高校に入学してから進展するかと思ったものの、ヘタレなのか一切手を出してこないらしい。



「だったら、春見さんからもっと積極的になればいいんじゃないかな?」


「だけど、私から積極的になって嫌われるのが怖い」


「春見さんは男が喜ぶことを知らないだけだよ。もし良かったら俺が色々と教えてあげるよ?」



 春見さんは俺のことを見つめてくると、嬉しそうな笑みを浮かべて「ありがとう」と言ってきた。

 俺はそのあまりの可愛さに胸がドキドキしてしまい、このまま一気にホテルへ行きたくなってしまう。



「春見さんにさ、男の喜ぶところを教えたいんだけど、ここだと難しいんだ。春見さんが良ければこれから移動しないかい?」


「喜ぶことって例えばどんなことなの?」


「失礼なことを聞くかもだけど、キスって言っても軽くするくらいの可愛いのしかしてないんじゃない」


「うん。いつもそんな感じ」


「けど、それだと男は喜ばないし、興奮もしないんだよ。そのキスのやり方を教えてあげるし、もし彼氏とエッチをする時に処女だと失敗して男としての自信を喪失させちゃうかも知れない。だから女の子がリードしてあげると男は喜ぶんだ。昔から言うだろ? 女は男を立てて自信を持たせるものだってさ。だから俺で練習してみないか?」



 春見さんは少し考えた素振りを見せると「本当に瑠夏くんが喜ぶのかな?」と目を潤ませて見つめてくる。

 その表情があまりにも蠱惑的で俺は吸い込まれそうになってしまう。

 どうやら俺は思った以上にこの子のことが好きになっているようだった。



「あっ、あぁ。もちろんだよ。俺が教えることを花山くんにしてあげたら絶対に喜ぶよ」


「うーん。じゃあ、お願いしようかな」その言葉を聞いた俺は心の中で『よっし!』と言いながらガッツポーズをする。


「じゃあ。今から行こうか? 俺が優しく教えてあげるから」



 彼女に浮かれている俺の心を悟られないように、努めて冷静な俺を装ってエスコートをする。



「だけど、ごめんね。今日はこれからママと約束があるんだ。だからさ、明日でも良いかな。せっかく初めてのエッチだし、下着も可愛いのつけたいし」



 春見さんの言葉を聞いた俺は、内心では落ち込んでしまったが、「うん。じゃあ仕方ないね。それじゃあ明日にしようか?」と言う。だけど、花山くんは大丈夫なのだろうか?



「我儘を聞いてくれてありがと。じゃあ、瑠夏くんには明日は予定があるから先に帰ってもらうようにするね」



 そうか。彼女が花山くんを先に帰すと言うなら大丈夫なのだろう。



「あとさ、本当のことを教えて欲しいんだけど、小山さんと森戸くんって私と2人で話すために協力してもらった感じなのかな?」



 莉子と聡には俺の計画や目的を伝えている。

 彼らも花山くんと付き合うよりも、俺と付き合った方が春見さんは絶対に幸せだし、楽しい高校生活を送れると言って後押しをしてくれた。しかし、これを正直に伝えて良いのだろうか。

 俺は一瞬逡巡したが、彼女に対して不誠実なことをしたくないと思ったので、正直に「あぁ、どうしても春見さんとお話をしたくて協力をしてもらったんだ」と伝えた。

 すると、春見さんは「そっか。そこまで私とお話ししたいと思ってくれてありがと。これから色々なことを教えてね」と言って笑顔を向けてきた。


 俺はその夜家に帰ると、莉子と聡にグループRINEで今日のことを報告した。

 彼らは『明日が勝負だね! 数多くの女の子を腰砕けにしてきた疾風のテクだったら余裕っしょ!笑』『お前なら大丈夫だよ。頑張れな! あと、俺にもそのテクニック教えてくれよなwww』と応援してくれる。

 俺は本当に良い友人を持ったとしみじみ思っていると、『あと、実は報告があってな。俺と莉子は今日から付き合うことになったんだ』と言ってきた。俺はそのことを心から祝福をした。莉子はたまに俺に体を求めてくることがあったが、これからは聡に満足させてもらうのだろう。この2人にはこれからずっと幸せになって欲しいものだ。


 翌日になり登校すると、すでに教室にいた莉子や聡、他のクラスメイトたちと話をする。

 すでにこの2人が付き合い始めたことを知っていたのか、莉子たちは他のクラスメイトたちから祝福という名の揶揄いを受けている。

 俺もそれに便乗していると、教室の後方にある扉から春見さんと花山くんが入ってくるのが視界に入った。

 今日の放課後に春見さんのことを抱けるって考えると俺のテンションはどうしても高まってしまう。

 確かに花山くんには申し訳ないって気持ちは少なからずあるけど、春見さんは俺と付き合った方が絶対に幸せになるだろう。

 だって俺は学校中の生徒たちから認められている男だし、将来性だってあるのは間違いないだろう。


 俺は莉子たちと話をしながらも、意識を春見さんに向けていた。

 するとSHRのチャイムが鳴ったので席に戻ったのだが、結局一度も春見さんと視線が交わることはなかった。

 確かに変なリアクションをして花山くんに疑問を持たれるのも得策ではないだろう。

 春見さんの大人しく、可愛らしい外見からは想像もつかないくらい、冷静で思慮的なところは他の女の子では一切太刀打ちができないだろう。

 それくらい彼女の魅力は突出しているのだ。

 そんな子を俺の彼女にできるなんて、俺は本当に恵まれているな。




 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆




 瑠夏くんと初めて会ったのは小学校3年生のとき。

 その時の私は同級生になる子が近くに引っ越してきてくれて嬉しいなくらいの感覚だった。

 しかし、瑠夏くんのことを好きになるのにそんな時間はかかることがなかった。


 瑠夏くんは当時イジメられてた私のことを守ってくれた。

 なんてドラマチックなことはなかったけど、ずっと一緒に遊んでいるうちに、瑠夏くんと一緒に遊ぶの楽しいな、瑠夏くんとお話してると落ち着くな、登校するときに学校の誰よりも早く瑠夏くんに朝の挨拶できるの嬉しいなっていう思いが日々積もり重なって、気付いたら瑠夏くんのことが大好きになっていた。

 瑠夏くんは私のことを隣に住んでいる仲良しの女の子ってくらいしか思ってなさそうだけど。


 瑠夏くんはとても優しい男の子。

 私があまりたくさんの人と一緒に遊ぶことが好きではないことを知った瑠夏くんは、私と遊ぶことをいつも優先してくれるのだ。

 だけど、あまり偏りすぎるとイジメられちゃう可能性もあるので、たまに誘われたら別の人たちとも遊ぶようにしようと瑠夏くんに提案をした。

 瑠夏くんは「雛菊ちゃんは色々考えてて凄いね!」と言ってたくさん私を褒めてくれる。

 そして、他のお友達と遊ぶときに瑠夏くんは私に必ず報告をしてくれるようになった。

 私は彼に報告してなんて一度もお願いをしたことがないけど、瑠夏くんが「いつも一緒に帰ってるのに、何も言わずにいなくなってたら悲しくなるでしょ?」と言っていつも報告してくれるのだ。


 る、瑠夏くん優しすぎるよ!

 大好きすぎて胸がキュンキュンしてしまう。

 瑠夏くん好きだよ。好き好き好き好き好き、だーーーい好き!!!

 いつか瑠夏くんと恋人になれるといいな。そうなったら幸せだな。パパとママも瑠夏くんのこと大好きだし、今から私たち結婚しますって言っても許されるはずだよね?


 だけど、中学生に入ると瑠夏くんは思春期に突入してしまったらしく、たまに私に冷たい言葉を言うのだが、その後必ず「別に雛菊のことが嫌いってことじゃないからな」って照れながら言ってくるのがとても可愛かった。

 それに、登下校だって毎日してくれるし、一緒に遊んでくれるのだって変わらない。

 瑠夏くんはずっとずーっと優しいままなのだ。


 だけど、一つだけ不満だったのは、あまり私の家に遊びにきてくれなくなったこと。

 思春期の男の子なんだし、異性の部屋に入るのは確かに恥ずかしいかも知れないけど、ほんの二ヶ月前までは何度も行き来してたんだから、いつも通り来てくれてても良かったのに。


 そんなちょっと捻くれた瑠夏くんだったけど、中学二年生になって少し経った頃に、瑠夏くんが家まで来てくれてタコ公園に誘ってくれた。

 最近はここで遊ぶ回数は激減したけど、私たちの思い出がたっくさん詰まった私にとって大切な場所のひとつ。

 だから、瑠夏くんが誘ってくれたことが本当に嬉しかった。

 部屋着に着替えてた私は急いで準備をする。

 この間ママに買ってもらった可愛い小花柄のワンピと、カーディガンを羽織って瑠夏くんのところに行くと、なんか驚いた表情をしていた。



『あれ? ひょっとして、私の服装変だったのかな?』



 ちょっと不安になったけど、瑠夏くんが「行こうか」と言ってくれたので、「嬉しいな」と心からの気持ちを伝えたら、突然瑠夏くんが私の目を見つめながら「好きだ」と言ってきた。

 予想だにもしなかった展開だったので、「え?」と間抜けな声を出してしまう。すると瑠夏くんは「なんでもない」と誤魔化し始めたので、私は「好きって言ったよね」とグイグイ追い詰めると、私のことを好きだと白状してくれた。そして、今まで冷たくしちゃったことも。


 正直瑠夏くんのツンデレは可愛かったから何も気にしてなかったんだけど、瑠夏くん的には酷いことをしてきたと思ってたんだと思う。瑠夏くんが私に冷たくした後に家に帰って、枕に顔を埋めながら「ウワァァ」って叫んでるところを勝手に想像をすると、可愛すぎて胸のキュンキュンが止まらなくなる。まぁ、流石にそんなことはしてないと思うけどね。


 瑠夏くんは私に想いを伝えたのが恥ずかしかったのか、その後目を瞑って俯いてしまったのだが、その仕草も可愛らしくて仕方がない。私はもうダメって思って瑠夏くんのことをギュって抱きしめた。そして、私も大好きって告白すると、瑠夏くんが目を開いて視線が交わると、瑠夏くんは力強く私を抱きしめてくれた。

 幸せすぎて瑠夏くんの胸に顔を押し付けていたけど、このとき私はここがまだ家の玄関前だということを失念していた。

 瑠夏くんが私を突然引き離したと思ったら、背後からママの声が聞こえてきたのだ。

 私はママに文句を言ってから、ようやく目的地のタコ公園に行ってたくさんお話をした。

 ツンデレな瑠夏くんも可愛かったけど、やっぱり楽しそうに笑顔でお話してくれる瑠夏くんは圧倒的だ。

 そして、改めて告白をし合って、私たちは正式に恋人になることが出来た。




 ―




 高校に入学してからも瑠夏くんとは仲良しだった。

 私は相変わらず瑠夏くんのことが大好きだし、瑠夏くん以外の男の子のことは異性ではなく、生き物として認識している。

 だけど、高校に入ってから困ったことが増えてきた。

 朝登校すると、私の下駄箱にラブレターが毎日のように入っているのだ。

 毎日瑠夏くんと登下校しているというのに、何でラブレターなんて入れるんだろう?

 このことは毎朝一緒に登校している瑠夏くんだってもちろん知っている。

 ラブレターが入っているのを見ると、瑠夏くんは少し悲しそうな表情を浮かべてしまう。

 私は、瑠夏くんにこんな顔をさせる真似をするラブレターの送り主に怒りを覚えてしまうのだ。

 だから私はラブレターの中なんて見ないで、家に帰ったら全て捨ててしまう。

 もちろん中なんて一度も見たことはないし、一度も告白されるであろう場所へ行ったことなどない。

 たまに直接呼び出される時もあったけど、その場で「行きません」とお断りをしていた。


 彼らが私に凸してくるときは決まって瑠夏くんが生徒会のお手伝いに行ってる日だった。

 なんて卑怯な人たちなんだろう。

 瑠夏くんの前で堂々と誘えないんだったら最初から来るなって言ってやりたい。

 というか、実際に言ったことがある。

 最もこんな厳しい言葉遣いではなかったけど。


 瑠夏くんと私は仲良しだけど、四六時中一緒にいるわけではない。

 もちろんお互いのお友達がいるんだから、休憩時間はお互いのお友達と雑談をすることだって普通にある。

 だけど、お昼ご飯だけは一緒に食べているので、この時間だけは誰にも譲る気はない。

 ラブレターなどの煩わしいこともあったけど、そんな感じで平穏な高校生活を送っていたが、一学期も半ばくらいになるとトップカーストと呼ばれているような人たちが私に話し掛けてくるようになってきた。

 中には学校中の女性に人気だという、豪徳疾風くんもいる。正直この人が何で人気なのかさっぱり分からない。

 確かに世間一般的に見たらイケメンだろうし、この学校に入れるくらいだから成績だって優秀。ご両親はどこかの会社のお偉いさんらしい。友達からそれを聞いても「だから何?」という感じだった。




 ―




「あっ、春見さん」



 今日は瑠夏くんが生徒会のお手伝いだったので、私は一人先に帰宅していると帰り道で私を呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ると豪徳くんが、小山さんと森戸くんと一緒に歩いていた。



「今帰りなんだね。じゃあ、一緒に帰ろうよ」と誘ってきた。断る理由もなかったので、一緒に帰っていると小山さんが、「ちょっとカフェで休憩しようよ」と言ってきた。私は行きたくなかったけど、小山さんが「春見さんともっと仲良くなりたい」って言うので仕方なく了承すると、森戸くんが「じゃあオススメあるよ」と言って、ラブホ街が多くて治安が悪いって噂の通りに面したカフェに連れて行かれた。



 最初は他愛のない会話をしていたのだけど、最初に森戸くんが用事があると言って帰ってしまい、それから少ししたら小山さんも帰ってしまった。私は小山さんが帰るタイミングで一緒に出ようと思ったのだが、豪徳くんがどうしても頼むと言うので仕方なく残ることにする。多分この状況は最初から計画していたのだと思う。それだとしたら、これから豪徳くんは私に何かしらアプローチをしてくるんだと思う。だとしたら、はっきりと断った方が今後にとっても良いだろうと判断したのだ。


 そう考えて残っていたのだが、突然豪徳くんが瑠夏くんについて聞いてきた。私は隠す必要がないので、仲良くしていると伝えたのだが、急に私たちのセンシティブな関係について聞いてきた。私はちょっとイラっとしたので「関係ないですよね?」と言うと、何を思ったのか私の力になりたいと言ってきた。


 力になりたいと思ってる?

 一体何のことを言っているのだろう。

 確かに私と瑠夏くんはまだそんな関係にはなっていない。

 だけど、次の私の誕生日にエッチしようって約束しているのだ。

 本当は去年の誕生日に抱いて欲しかったのを思い出してちょっと悲しい顔しちゃったんだけど、ひょっとしてそれで勘違いでもさせたのだろうか?


 私は豪徳くんの言葉に返事をせずに、お手洗いに行くと伝えて席を立った。

 お手洗いについた私は、トイレに座って豪徳くんが何を企んでいるのかを考えてみる。

 自意識過剰でなければ、恐らく豪徳くんは私のことが好きなのではないだろうか。

 もしそうだとしたら、豪徳くんは私と瑠夏くんの仲を意図的に裂こうとしていると言うことになる。


 そんなことは許せない。

 許せるはずがない。


 だけど、怒りと同時に恐怖もやってきた。

 私が今まで告白の場に行かなかった理由の一つとして、瑠夏くん以外の男の人を信用していないというのがある。

 だって、もし告白を断って力付くで何かをされてしまったら、私みたいなひ弱な体では太刀打ちできる訳がない。

 だから、拒絶だけではなく、自分のことも守っていたのだ。


 ただ、今回はカフェにいるし、強引な手段は使ってこないだろう。

 それでも何を言ってくるかなんて分からない。

 それに、やっぱり彼の言う『力になりたい』がどういう意味なのかが分からない。

 その発言の前の内容からすると性的なことだと思うのだが、果たして彼が何の力になるとでも言うのだろうか?

 彼がどのようなことを考えているか分からないけど、ちょっと罠を仕掛けてみたいと思う。

 そう考えた私は、バッグからスマホを取り出して、録音アプリを起動して録音を開始して、何食わぬ顔をして席に戻った。




 ―




 翌日いつものように瑠夏くんと一緒に登校したんだけど、何か瑠夏くんの様子がいつもと違っていた。

 何て言うんだろう。私が話し掛けても響かないというか、何を言っても上の空なのだ。

 何かあったのかを尋ねても「何でもない」と言うばかり。

 ひょっとしたら昨日豪徳くんといたことに気付いているのかも知れない。

 だけど、私がこれからしようと思っていることを言ってしまったら、優しい瑠夏くんのことだから絶対に止めてくるだろう。


 だからごめんなさい。

 もう少しだけ我儘をさせてください。

 私が瑠夏くん以外の男の人から声を掛けられないようにするために。

 そして、あんなことを言ってくる男の口車に惑わされて、女の子が不幸にならないために。




 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆




 やっと放課後が近づいてきた。

 あとはSHRが終われば春見さんとホテルに行くことができる。

 それにしても今日は一分、いや一秒の進みがいつもより遅く感じてしまった。

 だが、ようやく放課後が近づいてきたので、俺のテンションは必然と高まってしまうのは仕方ないことだろう。

 これから春見さんとの楽しいことを考えていると、「少しお時間をもらってもよろしいでしょうか?」という声が聞こえてきた。

 その声の方に顔を向けると、いつも大人しく机に座っている春見さんが挙手をしている。

 先生も驚いた表情を浮かべていたが、「どうぞ」と言って春見さんに発言するように促した。

 すると、春見さんは教壇まで足を運んで教室を、いや、俺の方を見てくる。彼女がこれから一体何をしようとしているのだろうか。



「私には花山瑠夏くんという彼氏がいます」



 春見さんの第一声は、クラスの人にとって周知の事実となっていることだった。

 突然そんなことを言い出した春見さんの行動が、あまりにも意味不明で教室はクラスメイトの声でザワザワとし始める。

 彼氏がいると言われた花山くんを見ても、意味が分からないのか呆然としながら春見さんを見つめていた。



「私は高校に入学してから、数多くの男性にラブレターを頂いてました。ですが、私には瑠夏くんという、この世で一番大切な男性がいるので、全てを無視させて頂いてました」



 春見さんの独白は続く。

 するとクラスメイトから「告白くらいさせてやれよ」という声が聞こえてきた。



「直接会わなかったのは、不誠実かと思いましたが、力で組み伏せられたら私には争う力はありません。なので一度も行かなかったのです。ラブレター以外にも廊下などで突然告白してくる方もいらっしゃいました。正直とても怖かったです。私には瑠夏くんがいるのに、どうして告白なんて出来るのでしょうか? 私と瑠夏くんの仲を裂こうとする意味は何でしょうか?」



 春見さんの声は大きくはないが、声色から怒っているのだと言うことが伝わってくる。

 この時俺は、昨日の春見さんに提案したことは失敗だったのではないかと思い始めてきた。

 いや、俺は彼女の手伝いをしたいと言っただけだ、いずれ俺のものにしようとは考えていたが、それは今すぐではない。

 彼女は俺のことを怪しんでいないはずだ。

 内心ではとても焦っていたが、大丈夫だと自分に言い聞かせていた。

 しかし、その希望はすぐに打ち砕かれた。



「先日私は、豪徳くんと小山さん、森戸さんに誘われたので一緒にカフェへ行きました。しかし、小山さんと森戸くんはすぐにカフェから出て行ってしまったのです。私もそのタイミングで帰ろうと思いましたが、豪徳くんがもう少しと言うので付き合うことにしたのです」


「ちょっと待って! なんで突然昨日の話になるの?」



 莉子が春見さんの話を遮って質問をする。



「それについてこれから説明をさせて頂きます」春見さんは表情を変えずに、目線だけ莉子の方に向けたがすぐにクラスを見渡すと、再び説明を始める。


「豪徳くんは、私に瑠夏くんのことで悩みがないかと聞いてきました。そして彼は力になると言ってくださったのです。ところが私は豪徳くんが何に対して力になるのかわかりませんでした。なので、瑠夏くんのことを色々とお話ししました。すると豪徳くんは、男を喜ぶことを教えると言うのです」



 春見さんの言葉を聞いた教室は、一気にヒートアップした。興奮気味に声を上げる人もいれば、悲鳴を上げている女の子まで出てくる始末だった。

 このままだとまずいと思った俺は、「春見さん何を言ってるんだ? 似たようなことは言ったけど、そんなニュアンスじゃなかったはずだよ」と言う。

 すると春見さんがスマホを持ち出して、何かの操作をするとスマホからは俺の声が流れてきた。



『春見さんにさ、男の喜ぶところを教えたいんだけど、ここだと難しいんだ。春見さんが良ければこれから移動しないかい?』


『喜ぶことって例えばどんなことなの?』


『失礼なことを聞くかもだけど、キスって言っても軽くするくらいの可愛いのしかしてないんじゃない』


『うん。いつもそんな感じ』


『けど、それだと男は喜ばないし、興奮もしないんだよ。そのキスのやり方を教えてあげるし、もし彼氏とエッチをする時に処女だと失敗して男としての自信を喪失させちゃうかも知れない。だから女の子がリードしてあげると男は喜ぶんだ。昔から言うだろ? 女は男を立てて自信を持たせるものだってさ。だから俺で練習してみないか?』



 春見さんは昨日の会話を録音していたのだ。

 流石に俺だって、彼氏持ちの女の子にこんな発言してたってバレるのがヤバイってことくらい理解できる。

 やばい。どうする? このままじゃ俺の好感度が……。



「豪徳くんは、何を思って彼氏以外の人に処女を捧げることが彼氏のためになると思ったのでしょうか? 本当に豪徳くんは私の力になるために言ってくれたのでしょうか?」そう言って俺の方を見つめてくる。周りからも「豪徳なんか言えよ」と煽るような声が聞こえてきた。



「あっ、当たり前じゃないか。全て春見さんのことと花山くんのことを思っての発言だよ」



 俺は苦しいと思いながらも、あくまでも2人のためだということを強調した。



「だとしたら、豪徳くんはかなりの悪党ですね。だって、彼女の初めてを他人に捧げて喜ぶ彼氏なんてどこにもいないのですから」



 そう言うと春見さんは花山くんの方を向いて「もし本当に私が豪徳くんに初めてを捧げていたら、瑠夏くんは喜んでくれましたか?」と尋ねた。


 突然話を振られた花山くんだったが、「いや。そんなことされて喜べるわけがない。むしろ悲しんだと思うし、二人のことを恨んだと思うよ」と言ってきた。



「小山さんと森戸くんも最初からグルだったのでしょう。彼らは所謂カーストトップって言われるようなグループでしたし、そんな彼らの誘いを断ったらどんな目に遭うか怖くて従ってしまう人もいると思います。私が今日ここでこの話をさせて頂いたのは、豪徳くんの口車に乗せられて、大切な処女を奪われる女の子を一人でも減らしたいと思ったからなんです」



 春見さんは「以上です」と言うと、頭を軽く下げて自分の席まで戻ると静かに席に座った。

 すると途中から静かに春見さんの話を聞いていたクラスメイトたちが、「豪徳どう言うことだよ!」「豪徳くんたち最低すぎるんだけど」と一斉に俺たちを責めてきた。先生はこの騒動を何とか収拾しようとするが、場の空気は治る気配がなかった。


 クラスメイトからの怒りや蔑みなどが込められた眼差しと、容赦のない詰問に俺はどうすることも出来ずに、荷物を抱えて教室から走って逃げ出してしまった。

 その夜俺は自問自答をした。なぜこんなことになったんだ?

 抱いてしまえば簡単に堕ちると思っていた。

 しかし、実際には抱くどころかその前に俺がしたことが白日の元に晒されてしまったのだ。

 正直学校から連絡が来るかも知れないと怯えていたのだが、別に校則違反をしたことにはなっていなかったようなので、特別連絡が来るということはなかった。




 ―




 翌日勇気を出して教室に入ると、今までとは空気が一変していた。

 俺が教室へ入ると、全員が俺の方を一瞬だけ見てすぐに逸らしてしまうのだ。

 荷物を置いて仲良かった友人の元へ行くと、「お前最低だな」とだけ言って立ち去ってしまう。

 その後すぐに莉子と聡が教室に入ってきたので、2人のところへ行くと「もう関わらないでくれ」「あなたの言ったことで何で私たちまで責められなきゃいけないのよ」と言って他の友人たちのように去ってしまった。


 確かに俺が自分で言った行動だった。だが、こいつらだって全てを知っていたのに、俺の行動を容認していた。それどころか『お前ならできる』『テクで堕としちゃえ』と煽ってきていたのだ。

 それなのに都合が悪くなるとトカゲの尻尾切りときた。

 俺はムカついたので、グループRINEのスクショをクラスのグループに投稿してやった。

 その結果、『何も知らなかった』『あいつが勝手にやっただけ』『私たちは協力してくれと言われただけ』と言っていた、あいつらの嘘も明るみになって2人もクラスで居場所を失った。




 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



「ごめんなさい」私は下校中に隣を歩いている瑠夏くんに謝罪をした。



 私の独白の後、教室は大変な騒ぎとなった。

 まさか学校でも有名人の豪徳くんが、彼氏がいる女の子にあんな下衆な提案をしていたのだから仕方ないことだろう。

 豪徳くんが教室から逃げた後、話題の矛先は小山さんと森戸くんへと移っていた。

 彼らは「内容は知らなかった」「好きだと言うから協力した」と言って何とかその場を切り抜けたようだが、以前のようなカーストトップに位置することは難しいだろう。


 私たちはと言うと、その騒動から逃げ出すようにして教室から出ることに成功した。

 そして、2人で下校している途中で謝罪をしたのだ。



「驚いたよ。だけど、雛菊が俺のことを裏切らなくて安心したし、雛菊の思いを聞けて嬉しかったかな」



 私は瑠夏くんに呆れられると思っていた。

 ひょっとしたら私と一緒にいたくないと思って捨てられるのではないかって心のどこかでは怖かった。

 だけど、瑠夏くんは嬉しかったと言ってくれたのだ。



「本当に?」


「あぁ、本当だよ。雛菊は可愛いからな。実際にたくさんの人に想いを寄せられてたし。――だから、冴えない俺なんていつか捨てられちゃうんだろうなって、心の奥底では思っててそれが怖かったんだ」


「私は瑠夏くん以外の男の人と一緒になることはないよ」


「あぁ、それは今日の話を聞いて痛感したよ。――俺も雛菊以外の女の人なんて有り得ない。お前が世界で一番好きなんだから」



 私はその言葉を聞いて、もうどうすることも出来なくなって瑠夏くんを抱きしめてしまった。

 そして、「絶対に瑠夏くんを離さないんだから」と言って力を込めると、「俺もだよ」と言いながら顎を持ち上げられてキスされてしまう。

 そのキスは今までよりも情熱的で、瑠夏くんの想いが私の中に入り込んでくるようだった。



「瑠夏くん。こんなキスされたら私、もう我慢できなくなっちゃうよ」


「俺もだよ。――なぁ、誕生日にしようって話してたけどさ、今から俺の家に来て……どうかな?」


「瑠夏くんズルイよ。そんなこと言われて嫌って言えるわけがないじゃん」



 そう言って見つめ合うと、どちらともなく「フフッ」と笑声が聞こえてきて、気付いたら二人で声を出して笑っていた。

 そして、二人で手を繋いで仲良く瑠夏くんの家に行って、私はこの世で一番大切な人に私の初めてを捧げることができた。


 それにしても、豪徳くんは「処女だと彼氏は嫌がる。だから練習しよう」なんて言葉で女の子を騙せると思っていたのだろうか?

 彼はこの学校に入れるくらいだから勉強はできるはずなのだ。それなのに、こんなバカみたいなことをしてしまう。

 こんなことで女の子を騙して処女をもらうなんて、創作物でしか有り得ないのに本当に頭が緩いお馬鹿さんなんだろうなぁ。




***後書き***


何となく思いついた小説を一気に書きました。

プロットなんてもちろんないです。

なのでかなり雑な感じになっているかも。


このお話は、「失敗すると嫌われるから練習しよう」という訳の分からない堕とし文句で、幼馴染が間男に簡単に処女を捧げるの不思議だなぁと思って書いてみました。

本当にいるんですかね、こんな言葉に騙されて処女をあげちゃう女の子って??

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大人しくて可愛い幼馴染の彼女が俺以外の男とラブホ街を歩いてる 音の中 @otononaka

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