第55話 街道にて

 俺たちがモスナ公国からエーハート王国に続く街道に出たのは三日後の昼頃だった。


 街道とはいえ、中世世界文明のムヴァモートである。整備されているわけではなく、道は悪かった。峠を下っているところなのだが、歩くだけで足に負担がかかる。


 すでに太陽は中天高くのぼり、灼熱の光を容赦なく浴びせてきた。風はほとんどない。


 ミカナたちは暑さと疲労で足取りが重くなっていた。玉のような汗が彼女たちの満面に浮かんでいる。平然としているのはベアトリスだけだった。


「もっと暑くなるんでしょうか?」


 恨めしげにミーラが太陽を見上げた。するとポリメシアがじろりとミーラを睨みつけた。


「文句があるならモスナ公国に戻ればいいでしょ」


「ポリメシア、そんなこといわないで」


 ミカナがポリメシアをなだめた。俺はほっと息をついた。


 ミカナがいてくれて助かった。俺だけならポリメシアをどう扱っていいのかわからなかったろう。


「腹が減ったな」


 空腹に鳴る腹を見下ろし、ベアトリスはいった。俺たちの不穏な雰囲気には無頓着で、おまけに暑さはいっこうに気にならないようだ。


「エーハート王国は動くのかな?」


 ふと思いついたようにミカナがいった。俺は、しかしすぐにはこたえられはしない。


「エーハート王国にたすけを求めたなら動いてくるれとは思うのですが」


「そうだといいけど」


 そう簡単にはいかないたろう。俺は思った。


 モスナ公国の叛乱だけならなんとかなる。が、キラピカがかかわっているとなると、どうなるかわからない。


 エーハート王国の兵はおそらく強力だろう。俺たちのことでもわかるように、異世界からきた者を取りこむことにも積極的だ。


 が、キラピカにはダークエルフがいる。戦った俺にはわかるんだ。ダークエルフの強さが。


 あのダークエルフが大勢いた場合、キラピカの強さは計り知れないものとなるだろう。もしかすると別の怪物的な存在もいるかもしれない。


 そんなキラピカ相手に、本当にエーハート王国は本気で動くだろうか。同盟でもしていれば別だが。


 モスナ公国とミーラの明日を思い、俺は背筋が寒くなった。



「おい」


 声をかけられ、男は足をとめた。振り返ると男が立っていた。奇妙なことに二人とも身形が似通っている。旅商人のいでたちだ。


「ふふん。そっちから声をかけてきたか。どこの間者だ? エーハート王国の間者か?」


「気づいていたかよ」


 声をかけた男がふふんと鼻を鳴らした。


「そういうおまえはどこの間者だ? グネヴァン帝国か?」


 エーハート王国の間者が問うた。が、無論、男──グネヴァン帝国の間者はこたえない。逆に問い返した。


「何故、彼らを尾行している?」


「彼ら?」


「とぼけるな。ずっと尾行していただろうが。目的はなんだ?」


「こたえると思うか。おまえも間者ならわかるだろう」


「そういうことだな」


 瞬間、グネヴァン帝国の間者の手から銀光が噴出した。掌に隠れる大きさの投げナイフである。


 エーハート王国の間者の目がかっと見開かれた。彼の喉にナイフが突き刺さっている。


 ばたりとエーハート王国の間者が倒れた。ニヤリとし、グネヴァン帝国の間者が歩み寄る。喉に刺さったナイフを抜き取ろうと手をのばし──今度はグネヴァン帝国の間者の顔がゆがんだ。彼の胸に短剣が突き刺さっている。


 ニンマリとエーハート王国の間者の顔に死微笑が刻まれた。



 翌日には道の様子が変わった。それまでは小石が転がり、非常に歩き辛かったのだが、それがなくなった。整備されだしたのだ。


 とはいえ、俺たちの歩みが早まったかというと、違う。灼熱の陽光が相変わらず俺たちをじりじりとあぶっていたからだ。


 ミーラたちは荒い息をはき、必死に足を運んでいた。通常の冒険行とは違い、精神的に打ちのめされているのだろう。


 左右に田畑が現れた。田園地帯のようだ。


 大きさは様々だが、家屋も見られた。人の姿はなかったが。


「もしかするとエーハート王国が参戦すると思っていて、用心しているのかもな」


 俺は家屋を眺めた。外出している人の姿がないのはそれが原因かもしれない。


「そうだと嬉しいのですが」


 ミーラの目に期待の光が灯ったようだ。けれど俺は違う可能性に思い至って暗然とした。


 エーハート王国が参戦した場合、果たしてどちらにつくのだろうか。モスナ公国に味方すればいい。が、キラピカと同じくモスナ公国に攻め入る可能性もあった。


 政治は冷酷である。目の前でパイに手を突っ込んだ者がいた場合、己もパイを確保しようとはしないだろうか。


 期待を胸にするミーラを、俺は憐れみの目で見つめた。キラピカとエーハート王国に攻められたら場合、とてもモスナ公国だけではもちこたえられないだろう。


「うん?」


 道の彼方を見つめ、ベアトリスが目をすがめた。俺には見えないが、ベアトリスには何かが見えているようだ。きっとフォシアと同じように常人にはない能力を備えているのだろう。


 やがて砂埃が見えてきた。何かがこちらに向かってきているようだ。


 反射的に俺は身構えた。追われる者の習いであるのかもしれない。


 それからほどなくして砂埃の正体がわかった。馬と馬車だ。まだ距離が遠いので商人の商隊であるのか兵士の隊であるのかよくわからない。


「正体がわからない。注意した方がいい」


 俺は皆に警告した。

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ムヴァモート戦記 ~神獣王になるまでの俺の日々~ @gankata

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